10 いつも二人で 【サイドカー】 ④

10-③


「ハンバーグ?」

「そう……一度立ち寄って食べたら、ものすごく美味しかったんだ」


店内は15人も座れば精一杯という小さな店だった。

啓太は『こんばんは』と厨房に立つ男性に挨拶をすると、そのまま奥に入る。


「どうぞ、こちらに」


一人の女性が私たちを席へと案内してくれた。

ご夫婦で切り盛りしている店だろうか、カントリー風の装飾品で、

店内が統一されている。


「2つ」

「はい」


啓太はメニューを見ることなく、そう注文した。


「ねぇ……」

「メニューは一つしかないんだ。焼き方は選べるけれど、まぁ、普通でいいかなと」

「あ、そうなんだ」


肉料理に合うワインが数種類用意されていて、私たちはお勧めを聞くと、

それを注文する。とりあえず乾杯だと、軽くグラスを傾けた。



テーブルの上には、確かに紙のナフキンがあるだけで、余計なものは何もない。

壁にも、何も書かれていない……


「未央」

「何?」

「どうした。なんだか視線が落ち着かないけれど」


私はそうだろうという意味を込めて、小さく頷いた。

思いがけない外食と、思いがけない場所。

どうして今日、ここに来たのか、全てがストンと腑に落ちない。


「今まで、あまりこういうことをしたことがないでしょう」

「うん」

「だから何かあるのかなと……」


普通の恋人同士なら、当然の時間なのだろうが、

『らしい』ことを好まなかった啓太からすると、何かあるのではと、

気になってしまう。


「なんだよそれ、まぁ、確かにこういうことをしたことはないけどね」


啓太は、何も悪いことはないよと、笑ってくれる。


「そうだな、それならこの間、具合が悪くなって面倒をかけたから。
そのお返しってことにするよ」


啓太はそういうと、まっすぐに前を見た。

お返し? あの日は散々、『役目ではない』とか、人に帰れとか、

失礼な言葉を連発していたくせに。

今は、当たり前の看病だったとでも思っているのだろうか。

少し腹も立つけれど、まぁ、熱のせいということにして。


「そうですか、それならありがたく味わいます」


私はテーブルに両手の指先だけをちょこんとついて、頭を下げた。


「あさってからだっけ? 湯布院」

「うん……2泊」

「そうか、よく取れたね」


啓太は8月も終わりに近いとはいえ、予約が取りにくかったのではないかと、

そう聞いてくる。


「そもそもは、ご主人と行くつもりだったみたいなの。
でも、ほらこの間、『リコール』があったでしょ」


ひとみのご主人が勤める自動車メーカーでは、

今月の初めに、『リコール』が起こった。生産台数も多いため、一気に広がり、

その影響で、新車販売も急に勢いがなくなったと先日、ぼやきを聞かされた。


「あぁ……ニュースになったあれか」

「そう、それで長い休みが取れなくなったの。その穴埋め?」


私と行こうとしていたというよりは、ご主人の身代わりと言った方がピッタリくる。


「でも、誘われたら楽しみになった。近頃、仕事以外で旅行なんて、
全然縁がなくて……」



今の、嫌みに聞こえただろうか。



「そうか、楽しんでくるといいよ」


啓太は気にしている素振りもないまま、そう言った。


「うん……」


気心のしれているひとみとの旅行なのだから、

『楽しい』と思うことは間違いないけれど、

出来たら啓太と一緒に行きたいという願いは、

また今日も口に出さないまま、奥に押し込んでいく。


「お土産、何がいい?」

「いらないよ、何も」


啓太はそういうと、お冷に口をつける。


「そう? それなら温泉まんじゅうでも」

「あ……あんこは」


啓太は、観光地の和菓子土産はあまり得意ではないと、言ってくる。


「ほら、希望があるでしょう。ちゃんと言わないと、
あんこぎっしりのお饅頭、買ってくるから」


私がそんなことを言っていると、二人の前に『ハンバーグ』が届けられた。



確かにメニューは一つだけれど、その日によってサラダの野菜の種類が変わったり、

ついてくるスープやデザートにも変化があるため、

お客様はリピーターが多いのだと、奥さんに教えてもらった。

毎日食べる人は確かにいないだろうが、数日経つと、お肉のうまみを思い出し、

確かにまたと思うくらい、美味しいものだった。


「大きな駅のある場所にいかないと、
美味しいものが食べられないということはないのね」

「そう……場所がどこでも、美味しいものを出せば、
客はそこまで足を運んでくるから」


行きと同様、帰りも歩く。

月明かりと住宅から漏れてくる明かり、そしてポツポツと並ぶ街灯。

美味しいものを食べて、栄養を取りすぎたかもしれないので、この運動は大事。

心地よいワインの酔いもあり、そこまでお店のこととかを語っていたのに、

互いに言葉がなくなった。

だからといって、気まずいのではなくて、どちらも余韻に浸っている気分。

横からスッと啓太の手が動き、私の右手をつかむ。

カツカツと自分のヒールの音が聞こえ、時々、車が私たちを追い抜いていく。

なんてことのない1日が、今日も終わっていくのだなと思いながら、

私は少し啓太に腕を引いてもらい、マンションを目指した。

鍵でオートロックを開け、中に入る。

お帰りと待っていてくれたエレベーターに二人で乗り込むと、扉はすぐに閉まった。

引き寄せられる手。

顔をあげると、当然のように啓太とキスを交わす。


「帰り道の方が、長い気がしたね」


私は啓太に寄りかかりながら、そう言った。



10-⑤




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