11 わかり合いたくて 【アメール・ピコン・ハイボール】 ②

11-②


『トラウマ』

千波ちゃんが言っていたっけ。

嫌なことが強い思い出を残すと、自分から拒絶するようになるということ。



啓太には……

あの日……





『ダメですよ、あきらめたら……』





私……


その瞬間、ひとみに両肩を叩かれた。

思い出の中を彷徨っていた私の気持ちは、一気に現実へ戻る。


「ごめんね」

「ううん……ご主人なんだって?」

「無事に着いたのか、どうなのかって確認」

「そう」


ひとみはカウンターの隣に座り、日本酒の香りを感じながら、口に含む。

私は、かすかに蘇ったあの日の記憶を探そうと、

また視線をテーブル席にいる男女に向ける。

女性が広げたアルバムに、男性が嬉しそうに何かコメントをつけ始めている。

見えている景色は、あのときとは全く違うものになった。


「未央」

「何?」

「どうしたの、なんだかボーッとしているように見えるけれど」


ひとみは長い旅になったので、疲れたのかと私を心配してくれる。

いけない、せっかくひとみが旅行を計画してくれたのに、

これでは余計な気を使わせてしまうだけで、楽しくないはず。


「疲れていたわけではないの、ごめんね、ボーッとしていた」


私は姿勢を元に戻す。

カウンターの中にいる男性は、ホテルの従業員だろうか、

あの日、『ブルーストーン』でお酒を作ってくれたバーテンダーよりも、

どこか動きがぎこちない。

あの人はもっと……


「未央」

「ん?」

「別に怒っているわけではないんだよ。悩みがあるのなら、私に言いなさいってこと。
今まで色々と相談に乗ってもらって、未央の励ましに、本当に助けられたから」


ひとみは、こういう旅行こそ、そういう悩みを打ち明ける場だと、

私のグラスに、自分のグラスを軽く当てる。

『なんでもない』と言おうとして、確かにひとみの言うとおりだなと、そう思った。

自分がボーッとしている姿を、これ以上誤魔化すのは、逆に誠意がない。


「悩みというかね、このお店に入ったとき、思い出したことがあったの」

「思い出した? 何を」

「うん……」


私は、この店が『ブルーストーン』という店に似ているなと思ったこと、

その日、店の中で過ごしていた時間のことを、

なんとなく振り返っていたとそのまま話した。

カウンターとテーブル席が3つ。

机の配置や、壁のイメージも、記憶の中にあるものと照らし合わせると、

似ている気がしたから。


「『ブルーストーン』……ふーん、知らないな」

「でしょうね、個人のお店みたいだったし。
大通りにあるような目立つ店でもなかったし」


陽平に振られ、腹を立てながら歩いた道。

駅に向かっていたはずが、迷い込んだところにあったのが、『ブルーストーン』だった。


「それで、何かあったっていうことなの? その店で」

「ん? うん……」


私は、名前を告げる前に、お酒を一口飲んだ。

ひとみはこちらを見たまま、一言を待っている。


「啓太にね……出会った店なの」

「啓太? あ、何? それが未央の彼の名前?」

「うん……」


3年間付き合っていた男に、とんでもない理由で振られ、

腹を立てながら入った店で、私は啓太と出会った。


「陽平に振られて、私、頭にきて。『ブルーストーン』という店でひどく酔っ払って、
途中から自分の記憶がハッキリしていないのよ。
だから、どんな時間だったのかなと、なんとなく考えていて」

「酔っていて覚えていないの」

「……うん」


ひとみは、それは危ないよと、私に忠告する。

さすがに記憶のないまま、啓太と二人ホテルに向かい、

そこから関係が始まったとは、話せなくなる。


「そんなこと簡単なことじゃない。彼に聞けばいいでしょう。
私たちって、どんな風にあの店で話をしたのって」


ひとみの言い分はもっともだ。

普通なら、啓太にその日のことを話し、そうだったのかと納得すれば済むことだけれど、

相手はそれを望まないのか、いつもはぐらかされている気がする。


「もう過去だしね、振り返る必要もないんだけど……」

「まぁ、そうだよね。でも、気になるのならその店に行ってみたら?
似ている店で少し思い出すことがあるのなら、本当の店に行けば、
もっと記憶が鮮明に戻るかもしれないし」


ひとみの一言は、何気ないトーンだった。

当たり前のことを、当たり前に語っただけ。

それでも私は、その手があったかと閉めかけた扉を、もう一度開いていく。


「そうか……」

「そうだよ。営業しているでしょう、未央が行ったのは、どれくらい前なの?」

「去年の12月」

「だったら……」


ひとみは、『思い出さなければよかった』ってことも、たまにあるけどねと、

笑ってみせる。


「まぁ、そういうこともあるけれど」

「でも、未央がそう考えていると言う事は、心が知りたかっているんだよ。
それはちゃんとクリアした方がいい。もやもやは体にも心にもよくないし」


ひとみの話を聞きながら、妙に納得がいった。

『知りたい』と思っているのだから、『知るべき』なのだ。

私は『ありがとう』と言いながら、軽くグラスをあわせた。





ひとみとの湯布院旅行は、よく食べ、よく笑い、そしてよく眠った。

1日目は地元の日本酒で、2日目はオプションでお願いした焼酎。

結婚したご主人は優しいけれど、姑さんは結構厳しいこと、

料理を教えてくれるレシピが細かすぎて、作るのが嫌になることなど、

愚痴もスパイスとして入れながらだったが、それでも『幸せ』なのだということは、

体中からわかるような気がした。

『結婚』も悪くないよなと思えるような、そんな2泊3日の時間だった。



11-③




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