11 わかり合いたくて 【アメール・ピコン・ハイボール】 ⑤

11-⑤


「あの日は、12月のクリスマス少し前でしたね。
お客様はこの店におひとりで入ってこられて、そのまま今と同じ場所に座ると、
そう……今と同じロックを注文された」

「はい。ちょっと嫌なことがあって、その出来事を忘れてしまいたくて、
ただ、ここで酔いつぶれるつもりでした」


このあたりの記憶は、今でもしっかり残っている。


「あのテーブル席の真ん中に、男女のお客様がいて、私、
その男性が、全くお酒に口をつけないことが、とにかく気になってしまって。
自分には関係がない人なのに、彼がお酒を飲んだら、
自分もまた前向きに生きていくことが出来ると、そう……」


今思えば、身勝手な話だ。

啓太は、関係ない私の賭け事に、巻き込まれていたのだから。


「はい……この席でも、どうして飲まないのかと、
お客様が何度もつぶやかれていたこと、覚えていますよ」


やはりそうだった。

私は、すみませんと照れくささに笑みを浮かべる。


「あの席にいらっしゃった男女のお客様が、どんな話をされていたのかは、
私にはわかりません。距離も離れていましたしね」

「はい」


それは確かにそうだろう。仕事をしながら、他の客の様子を見ながらなのだから。

啓太が何を言われていたのかなど、わかるわけがない。

しかも、笑い声の出るような、明るい内容ではなかったはず。

私が覚えている啓太の表情も、真剣なものだった。


「どれくらい経ってからでしたかね。そのお客様の女性の方が、
先にお店を出られて。それから、お客様がこの席を立ち、男性の前に座っていました」

「エ……私がですか」


啓太の前に自分が座った記憶など、まるでなかった。

バーテンさんは、『はい』と頷いていく。


「男性のお客様は驚かれていましたよ。『何か用ですか』と」


それは確かにそうだろう。全く知らない、酔っ払い女が、いきなり前に座ったら、

身構えない方がおかしい。


「お客様は、名前を言っていたような気がしますね。
その後、他のお客様の相手をして、ふと見ると、お客様は泣いていました」

「泣いた……エ? 男の客がですか」

「いえ、お客様が泣いていました」


バーテンさんは、私だと手を添えて教えてくれる。




私が泣いていた。

どうして泣かなければならなかったのだろう。




「泣いた理由なんて、わかりませんよね、ここからだと」

「はい、先ほども言いましたが、距離もありますし」


私はそうだなと思いながら、数回頷いていく。

自分の愚かな恋愛を、啓太に語りながら泣いたのだろうか。

それとも、啓太と女性の話を知り、泣いたのだろうか。


「はぁ……全然、記憶にありません」

「そうですか……」


下に向けた頭が、上にあげられない。

本当に、自分の酒癖の悪さが、嫌になる。

自分ではしっかりしていたと思っていたのに、

どういうことになっていたのか……情けないと同時に、

どうして泣いていたのかが気になって仕方がない。


「あ……そうです。確か、『私が飲むから』と、そんなセリフを」



『私が、飲み乾してあげるから……だから、大丈夫』



「あ……」



また記憶の1ピース。

そう、啓太のお酒。細長いグラスに入っていた。

色は黄色かオレンジ…………そんな気がする。

そう、私、お酒の色を見て、これなら自分にも飲めると思って、

ほとんど一気に近い形で……。

この人が、お酒を飲むまで帰らないと決めていたことを思うと、

おそらくそれは間違いないだろう。

でも、『だから……大丈夫』というのは、どこから出てきた言葉なのか。


「そうでした。なんとなく今、思い出しました」

「そうですか……」


啓太が私に何かを話してくれた。

きっと、そうなのだろう。

その話しは、私が大泣きするほど、哀しいものだったのか。


「お酒を飲んで、お客様が立ち上がってふらつかれるので、
前に座っていた男性のお客様がタクシーを呼びますと、私に」


記憶がなくなるくらい酔った私を心配し、啓太はタクシーを呼んでくれた。


「店の前の道路は狭いですから、その1本前の道に車を止めてもらって。
その男性のお客様が肩を支えて、私がその後を、バッグを持って追いました」


私は啓太に体を支えられ、バーテンさんに荷物を運ばせていた。


「……本当にすみませんでした」


恥ずかしさで逃げ出したいくらいだが、今は謝ることしかできない。


「いえいえ、時々、そういうお客様もいるのですよ」


タクシーが到着し、啓太は私に住所を聞いていたという。


「住所……」

「はい。その住所へ連れて行って欲しいと、頼むつもりだったようですが、
先に後部座席に入ったお客様が、その男性のお客様を車内に引っ張っていました」



私が啓太を引っ張った。



「そうですか……」

「はい」


たった一度しか店に来ていない客のことを、よく覚えているなと思っていたけれど、

これだけのことをしでかしていたら、忘れるわけがないと恥ずかしくなる。


「はぁ……」

「すみません、色々と話しましたね」

「いえ、ありがとうございました。本当にお恥ずかしいのですが、
テーブル席に移った頃から、記憶が全然なくて」


啓太にもお店にも、迷惑だけをかけたのだと、本当に情けなくなる。


「迷惑をかけて、すみませんでした」


今更だけれど、頭を下げずにはいられない。


「いえ……でも、一緒にいた男性のお客様が、タクシーにお客様を連れて行くとき、
お客様は『大丈夫』だと、何度も男性に語りかけていらっしゃって……」


私を運んでいた啓太に、私が何度も『大丈夫』と声をかけていたという。


「何を言っているんですかね。全然、大丈夫じゃないのに、自分自身が……」

「でも、その時に男性のお客様は、初めて笑っていました。
それはしっかりと覚えています」



啓太の笑顔。

今は当たり前に見ているけれど、そう、あの日の印象は、

無表情、無反応だった。



「きっと、励まされたのだと思いますよ、偶然の出会いに」



偶然の出会い。



私が陽平に振られなかったら、啓太がその女性と話しに来なかったら、

もし、お酒のことなど気にすることがなかったら、色々な偶然がからまり、

そこに時間が生まれた。



「そうですか」


苦しいことがあった啓太の、

あの日、少しでも気持ちを和らげることが出来ていたのかもしれないと思うと、

自分のみっともない酔いっぷりにも、意味があったのかもしれないと考える。



その後、一緒にホテルへ向かい、

抱きしめあっていたのも、なぜか頷ける気がしてしまう。



「ありがとうございました。自分の抜けていた記憶が、
最低なものにならなかったと思えるのは、バーテンさんのおかげです」


私はそういうと、出してもらったグラスに口をつける。


「いえ……」


扉が開き、数名の客が店内に入ってくる。

奇跡にも近い、静かな時間は、そこで終わりになった。



12-①

《プレラブ プチ知識 タイトル写真》

11 【アメール・ピコン・ハイボール】

★カクテル言葉は『わかり合いたくて』

材料は、アメールピコン 45ml、グレナデンシロップ 3dashes、ソーダ 適量





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