12 あなたの心は 【セプテンバー・モーン】 ③

12-③


「普通……か」


啓太の表情。

あの時と同じ気がする。

哀しくて、苦しくて、打ちのめされているような、切ない顔。



『……俺は逆だな』



また、どこかから聞こえてくる声。

『逆』

逆ってなんだろう。


「わかった……未央の気持ちは」

「啓太……」

「俺は、未央を傷つけるつもりはない。こうして会っていることが、
互いにとっていいことだと思っていたから、そうしてきた。
でも、苦しいのなら、辛いのなら、もう……終わりでいい」

「エ……」

「俺は、未央の思いに、応えられない」


啓太はそういうと私の顔をしっかりと見る。


「啓太……」

「君は、恋愛なんてもう嫌だとそう言っていた。これからは自分の気持ちだけで、
人生を生きていきたいって。俺はそれに賛同した。男と女、互いに求め合う時間を共有し、
それで日々が積み重ねられたらと。でも、未央の気持ちが今、違うというのなら、
それは続けていくことが無理だ」


少し待ってという言葉が、口から出て行かない。

進むことも戻ることも出来ないがけっぷちに、追いやられていく。


「薄々、未央の気持ちが変わっていることに気付いていて、見ないふりをしていた。
それは申し訳ないと思うけれど、でも、出来ないものは出来ない」


終電を見送った私を、呆れたように受け入れてくれる啓太が好きだった。

くだらない話に、笑ってくれる顔も、ダメなときはダメだと、怒ってくれる顔も、

みんな好きだった。


「俺たちは、終わりにした方がいい……ここのところ、思っていたのに、
なかなか言い出せなかった。それは俺の責任だ」

「啓太」

「未央の望むような男ではないから、俺は」

「ちょっと……」


啓太は、私が置いたバッグを持つ。


「帰ったほうがいい」

「……啓太」

「いたらまた、出口のない場所に入ることになるから」


この場所にいれば、当然のように互いを求めてしまう。

啓太は動けない私の前に、バッグを押し出してくる。



『パンドラの箱』

私はそれを、自ら開けてしまった。



触れてほしくない場所に、触れてしまった。

嫌だとすがりつきたい気持ちはあるのに、どこか冷静になっている自分もいる。

この9ヶ月。色々なことを見て、聞いて、感じてきたから。



私が過去を思い出したいと願い、必死に探ってきたのは、

どうしようもない時間を、なんとか進めたかったから。



私は啓太の手にあるバッグを受け取っていく。


「こんなにあっさりと……言えるんだ、さよならって」


愚痴のような、悔し紛れのセリフが、唇から勝手に飛び出した。

話しをして数分しか経っていない。それでも、啓太はいつものように、

迷いなく私を切ろうとしている。


「これが、啓太の答えということだよね」


私との関係は、あくまでもそういうものだったということ。


「あぁ……」


冷たくて、重い言葉が、床に落ちる。


「うん……」


悔しいけれど、『賭けに負けた』のだから、仕方がない。

『恋愛』に負けたのは私。ここまで言葉を押し出しておいて、

なかったことには、出来ない。


「啓太……」


視線の隅で、啓太が動いたのがわかる。


「バカだと思うだろうけれど、私ね……。心のどこかで、奥の底の方で、
俺も未央が好きだと、そう言ってもらえると……信じていたんだ」


出会いはおかしかったけれど、この数ヶ月の中で、心も体もつながっていたと、

そう思ってきたから。


「……ごめん」


聞きたかったのは、謝罪の言葉ではない。

私は何度か頷いた後、今度は首を横に振る。


「こっちこそごめんなさい。責め立ててしまって……」


人の気持ちなど、その人にしかわからない。

啓太の顔を見ることなく、私は靴を履く。

この扉を出てしまったら、もう二度と……



ここには来ることが出来なくなる。



「啓太……」

「ん?」

「キス……したらダメ?」


未来は築けなかったけれど、啓太との出会いに、陽平との3年は忘れることが出来た。

それは間違いのない事実。

最後に……


「やめよう」


啓太の言葉に、私も『そうだよね』と返事をする。

もう帰れと言われているのに、何を言っているのだろう。


「ごめんね」


私は考えることをやめて、そのまま玄関を出る。

そして、振り返ってはダメだと自分自身に言い聞かせ、そこから必死に走り出す。

駅まで頑張って走れば、髪を振り乱して走りきれば、

啓太とのことを忘れようと、心がそう思ってくれる……



……と、気合だけはあるのに。



私の足は、マンションを出たところで、止まってしまう。

今、自分で言葉を送り出したのに、足はまた戻り始めてしまう。

遠い先に、啓太の部屋がある。

その明かりの中に、入っていきたいとプライドもなく、考えてしまう。

携帯を取り出し、啓太の番号を鳴らす。

1分鳴らしても、それからも諦めずに立っていても……



啓太の声は聞こえてこない。



『もう何も言わないから。どんな関係でもいいから、そばにいたい。
もう一度……』



メールを必死に打ち込み、その途中で、初めて涙が出た。

私は『愛されていない』のだ。

その事実を受け入れないとならないのに、心が哀しくて動けない。


「啓太……啓太……」


道路の端に立ち、知らない人の家の壁に寄りかかり、

道路を走っていく車の音にかき消されながらも、何度も名前を呼ぶ。


「啓太!」


何度叫んでみても、啓太には届かないままで、

どうしようもない日は、息をしているだけの女を哀れむように、

ゆっくりと落ちていった。



12-④




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