12 あなたの心は 【セプテンバー・モーン】 ④

12-④


『体調不良のため、お休みをさせてください』


出版社に勤めて6年弱。

こんな休みの取り方は初めてだった。

部屋から出て行くことも出来ないし、ベッドから起き上がることさえ、ままならない。


どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。

啓太にはずっと、アクションを起こされていた。

未来を期待するようなことを言えば、こうしてシャッターを閉じられることも、

予想がついていたはずなのに。

『ブルーストーン』に行き、私が酔っ払いながらも啓太を励ましていたという、

バーテンさんの言葉に、そこから何かを呼び込めるかもしれないと、

そう思ってしまった。

啓太の腕に抱かれている時間は、誰になんと言われようと、幸せだった。

くだらない会話があれば、旅行なんかに行かなくたって、楽しかったのに。



もう、取り返しがつかない……のだろうか。



「はぁ……」


ただ涙があふれてくる。

体中の水分が、きっと流れてしまう。

そのまま干からびていくのなら、それもいいかもしれないと、

私はまた、布団を被った。





1日は体調不良で休みが取れたが、さすがにそれ以上、布団に入っていることも出来ず、

次の日、私は編集部を目指した。

朝起きてから、何をするにも携帯が気になった。食事をしては見て、

歯を磨きながらも、新着のメールがないかを確かめた。

啓太の性格は、とにかく潔い。

決めたことを無理に変えたり、人の意見に流されたりすることもない。



となると、確認しなくてもわかっていることなのに。

今回だけは、違うのかもしれないと、諦めの悪い心を引きずりながら、

うなだれながら仕事場に到着する。


「おはようございます。大丈夫ですか? 体調不良だなんて。夏の疲れですよ、きっと」


到着するとすぐに、二宮さんが声をかけてくれた。

私は、年齢が重なると、立ち直りが遅いのだと、返事をする。


「またまた」


二宮さんは、特集ページが出来上がるので、チェックをお願いしますと言うと、

担当の先生に会うため、部屋を出て行った。

元気な後輩を送り出し、バッグを置いたあと、窓から外を見る。

玄関を出て、まっすぐに歩いて行くと、横断歩道には大きな注意の看板があり、

そこを曲がり進んでいけば、啓太のマンション。



もう、歩くことのない道。

私は、またため息をついてしまうので、窓から離れることにする。

デスクの上にある、数枚の葉書と封筒。

眉村先生あてのファンレターと、以前取材をした、ブティックのオーナーからのお礼状。

さすがに社長。挨拶の中に、しっかりと商品の宣伝も盛り込んでいる。

思えば季節は秋。

ここのところ、忙しくて新しい靴も、バッグも買っていない。

そう……もうすぐ28歳の誕生日。



あぁ……よりにもよって、こんな時にこんなことになるなんて。



ぶらっと買い物でもすれば、気分も変わるだろうか。

その日の予定を見るため、ホワイトボード前に立つと、編集長が有休を取っていた。



となると、会議はないな。



私は、二宮さんに言われた原稿チェックを済ませ、

沈みっぱなしの気持ちを、少しでも上向きにしようと思いながら、駅に向かった。





並んでいるマネキン。

流行色を身につけた、ファッション。

ふらりと歩いている中で、配色の素敵なスカーフを買う。

これをつけるときに着るスーツは、どうしようかとクローゼットを思い浮かべ、

足を靴売り場へ向けた。


「どうですか?」

「軽いですね、思っているより」

「そうですね。今は、みなさん機能性を考えますから。動きやすさですとか……」


ヒールは少しある方が、私は歩きやすい。

でも、その基準は自分なりにあって、少しでも無理して高い物を買うと、

疲ればかりが残ってしまう。

編集者は、意外に外回りも多い。

だからこそ、歩きやすさは重要。


「これ、お願いします」

「ありがとうございます」


スカーフに靴、そしてバッグ。

ボーナスもまだだというのに、カードをポンと出して、支払いのことなど考えず、

心のままに買い物をしていく。

気付くと、両手に袋を持っていた。

さすがにこのまま編集部に戻るわけにはいかないので、

私は駅の中にあるロッカーに、買い物袋を押し込んだ。





仕事を終えて、買い物袋をロッカーから救い出すと、寄り道をしないで部屋に戻る。

鏡の前に立ち、あらためてバッグを肩にかけてみた。

今持っているものより、少しだけ小さめだけれど、

内側に細かいポケットがあるのが気に入った。

私は、今日まで使っていたバッグの中身をひっくり返して全て出し、

入れ替えようとする。化粧ポーチ。小さな裁縫道具。

コンビニで買った一口サイズのチョコレート。

ハンカチにちり紙。



……鍵



啓太の部屋の鍵。

そういえば、松岡さんの騒ぎの時に、借りておいて、その後も持っていた。

啓太が体調不良の時には、これがあったから、なんとか中に入れて……



まだ、返していない。



12-⑤




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