13 嫉妬の鼓動 【ジェラシー】 ②

13-②


「よかった。新しくオープンしたお店のココアサブレ。
中谷さんに食べて欲しくて、買ってきたの。先生、お茶にしてもいいですか」

「あ、そうね」


眉村先生は、何も言わない。

となると、私が知らないだけで、こんな園田さんもいたのだろうか。


「ねぇ、中谷さんも思ったでしょう」

「エ?」

「今、園田さんを見て、口が一瞬、開いたもの」


眉村先生は、そういうと、私のマネなのか口を開ける。


「園田さん、メイク変わりましたよね」

「そうなの。今までがナチュラルというより、無に近かったから。
作品が採用されて、自分にも出来るという自信がついたのかな。
年齢が35歳なのに、なんだかかわいらしくてね」


眉村先生は、こんな明るい気持ちになれたら、

プライベートでもいいことがあるといいのにと、嬉しそうに話してくれる。

元々、園田さんの容姿は整っていると思う。

癖がある毛質なので、仕事の時には縛ってしまうことが多い。

あんなふうに遊び心を出したヘアスタイルをしていると、別人に思えてしまった。



たった一つの出来事が、自信という名前の最強メイクを作ってくれる。



私は美味しいココアサブレをごちそうになり、眉村先生の家を出た。





「お先に失礼します」

「おぉ、頼むぞ、明日」

「はい」


そうだった。斉藤さんに声をかけられて、明日の仕事を思い出した。

明日は、長い間、連載を続け、出版社の殿堂入りを果たした先生のインタビュー。

失礼があってはいけないと思い、数日前から内容を紙に書いていたのに、

どうしてもまとまりきれなくて、やり直そうと決めていた。

先生の希望は、若い人たちにやる気を起こしてもらうようなものだと聞いている。

だとすると、苦労した時代のことなど、書いた方がいいのだろうか。

ヒットした漫画の話を聞き過ぎて、自慢のようになってもダメだろうけれど、

自分の作品に誇りがあるからこそ、今までやってこられたわけで……



信号……



やだ……どうしてここに向かって歩いてしまったのだろう。

考え事をしていたからなのか、足が、いつもの癖で、啓太のマンションに向いていた。

この横断歩道を渡ったら……



あの部屋に行ける。



視線を上に向けると、303号室は真っ暗だった。

時間はもうすぐ9時。また、バイトでも来られなくなって、穴埋めだろうか。

それとも、新しいバイトの面接。いや、わがままばかりを言う、女子大生の……



辞めよう。考えても、仕方が無い。



中途半端な時間に、いつか気持ちが保てなくなると思い、

私は自分から、言葉を送りだしたのだ。



あの部屋に、二人で笑い合ったソファーに……

そして、何度も抱きしめ合ったあのベッドに……



もう、私ではない人が、訪れたのだろうか。



横断歩道の信号が変わったが、私は前に進まずに、そこから体を反転させて、

駅へ向かうことにした。





啓太と別れを迎えた日から、1ヶ月になろうとしている。

それまで、思えば涙が出ていた日々だったのに、人はやはり強いのか、

少しずつだけれど、そう、ほんの少しだけれど、下を向く時間が減った。

週に1度、『ブルーストーン』に通い、お酒を飲むことは変えていないけれど、

啓太のことを思い出そうとか、あの日を考えようとか、

あまり思わなくなっている。



新しい恋が始められる日を、また望む気持ちに、なるのだろうか。

このまま、色づいた枯れ葉を、踏みしめながら歩いていたら。

銀杏の葉の色と、紅葉の色と、秋は思っているよりも、温かいのだろうか。



私は印刷所から見本として出してもらった次の号を持ち、

眉村先生のところを目指す。



園田さんが全力で描き上げた、あの作品が世に出て行くのだと、

誰よりも早く、知らせてあげたくて……





「こんにちは」

「あぁ……中谷さん」


眉村先生の代わりに、私を迎えてくれたのは、園田さんだった。

前に来た時も思ったけれど、本当に雰囲気が変わった。


「すみません、いきなり来てしまって」

「いいえ、だって、それ……」


園田さんは、私が見てもいいものですよねと笑ってくれる。

私はもちろんですと、胸を張った。



優しい紅茶の香りに包まれながら、園田さんの声を待つ。

絶対にいい言葉が聞けるのだから、こんな時間も気分はいい。


「ふぅ……」

「どうですか?」

「はい。現実味が出てきました」


園田さんは、嬉しそうに息を吐く。


「眉村先生も、きっと喜んでくれますよ」

「はい……」


私は何気なく、先生はどうしたのかと聞いてみた。

園田さんは、今日は娘さんの授業参観日なのだと、話をしてくれる。


「あぁ……そうなんだ」

「もう高校生だからいいよねなんて言って、結局、飛んでいきました」


園田さんは、一気に走って行ったと、笑いながら説明をしてくれる。


「そうですか」


それなら完成品が出来るまで、待ってもらいましょうねと見本を戻してもらう。


「中谷さん」

「はい」

「今日は、お伝えしておきたいことがあって」


私は、なんですかと無防備のまま、そう言った。

どんな話なのかも、全然検討がつかない。


「私……この間、『コレック』の並木通り店へ行って、啓太さんに声、かけました」



啓太……



「あ……はい」


啓太にも私と同じ、時間が流れているのは当たり前なのに、

知らない場所でのことを話されると、なんだか落ち着かなくなる。


「この作品を完成できたという思いを、どうしても伝えたくて」


園田さんは、『ごめんなさい』と私に頭を下げた。



13-③




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント