14 予期せぬ出来事 【ハンター】 ③

14-③


会計を済ませ、日常生活に戻る。

それにしても、妊婦さんたちの会話の中で、またあの日のことを思い出した。

啓太を責めるように話し続けていた女性は、啓太の彼女だったこと、

私は自分の恋愛話を必死に語り、そこから啓太に文句を言っていたこと、

途切れ途切れの情報が、パズルのように少しずつ面を埋めていくけれど、

一番大事な部分は、いまだに雲がかかったままになっている。

もう、考えるのはやめよう。

私はストレスを溜めないようにといった医師の言葉を思い出し、

仕事に戻るため、駅に向かうことにした。





それから3日後、陽平と食事をする日が来た。

待ち合わせ場所は、互いに利用することがわかった駅前になる。

私が5分前に行くと、陽平はそこに立っていた。


「こんばんは」

「おぉ、未央」


陽平は早速行こうと、すぐに歩き出す。

ふと見た左手には、結婚したとわかる指輪が光っていた。

あの時、責任を取ると言っていた人と、ちゃんと家庭を築いているのだろう。

店は繁盛していたが、なんとか最後のテーブル席に座ることが出来た。

メニューを見た陽平が、注文を済ませてくれる。

まずはと運ばれてきたビール。互いに会釈しながら乾杯の代わりにする。


「あぁ……うまいね」

「何それ」


なんだか暢気そうに思え、ついそう言ってしまう。

陽平は、サラリーマンは大変なんだよと笑ってみせた。


「今回は本当に未央のおかげで助かったよ。上司から提案されて、
イラストを描く人を探せとなったときに、未央の顔が浮かんだけどさ、
さすがに連絡していいと、思えなかったし」


あの陽平にも、少しは人としてまっとうな気持ちがあるのだと、

私は思いながらビールのグラスに口をつける。


「そうだよね……」


走っていって、啓太ではなかったこともプラスされ、正直力が抜けた。


「まぁ、そうなんだけど。でも、思えば思うほど、考えれば考えるほど、
未央のことばかり浮かんで。これはダメで元々、お願いするしかないとそう考えた」

「うん」


顔を見たときには、一瞬『何をしに来たのだ』と思ったことは確か。

でも、それとこれとは別。


「アシスタントの子も、仕事をもらえるわけだからさ、
それは悪いことではないしね」


みんな、世に出られるタイミングを狙っている。


「うん……」


陽平は、自分の薬指にある指輪に触れた。

私の手には、何もない。


「未央にはさ、本当に悪いことばかりで……あの日別れてからも、
もっと、言い方があったかなとか、あれこれ考えたんだ」


3年という月日。

確かに、一瞬で切り捨てられないくらい、長い。


「もういいよ。だって指輪しているじゃない」


結婚しておいてと、私は軽めに言い返す。


「うん……そう。あいつ、子供が最後かもしれないと泣いたからさ」



最後……



「最後?」

「うん……昔、もっと若い頃にね、おろしたことがあったらしいんだ。
で、それから筋腫が見つかって。で、医者にもう最後のチャンスだって」


陽平が、私以外に付き合っていた女性は、

最後の妊娠だからどうしても産みたいと泣いた。


「そうだったの」


初めて知った。


「うん……子供が持ちたくて持てないのは、辛いだろ」



子供……

この間の産婦人科でも、子供に関する話が出ていたっけ。

まだ結婚もしていない私でさえ、『子供』という響きに、数日間、

オロオロしていたことも確か。



違いますといわれて、少しだけれどがっかりしたことも、そう、確かだ。



「そう……」


もう終わったことだ。今更恨み辛みを言うつもりもない。

陽平がこれからきちんと家族を守り、家庭を築いていってくれたら、

傷つけられたことを全て忘れてしまうわけではないが、

私の人生の中の、どうでもいい部屋の奥には押し込める気がする。


「未央は、それからどう?」


自分と別れてから、幸せになって欲しいとそういうことだろうか。

私は両手を陽平の前に出す。


「はい、この通り、何もありません」


でも、送って来た時間は、それほど不幸でもなかった気がする。

この1ヶ月を除いては。

陽平の顔が、少しだけひきつった気がしてしまう。


「何よ、そんな顔をして。それなりには過ごしているから、もう気にしないで」


『子供が出来たと言うこと』

あの時にはただ、腹が立ったけれど、

奥さんの思いを聞き、なんだか気持ちが変わった。

この先、子供を持てなくなると思い、全てをかけた女と、

ただ、日々を積み重ねていただけの女では、男の気持ちを動かす力が違うのも、

当たり前だ。


「赤ちゃん、無事に生まれたの?」

「うん……3ヶ月前に」


陽平は、『かわいいよ』と照れくさそうに一言言ったが、

私の顔を見て、すぐに『ごめん』と謝ってくる。


「もういいって」


私は、今日は思い切りおごってもらうからねと念を押し、ビールを飲み干し、

すぐに日本酒をオーダーした。





なんだか、ここのところ色々とあって、電車に乗ると、ため息ばかりが出てくる。

妊娠の勘違い、陽平のこと、そして最低な啓太のこと……



『俺は逆だな』



そう、前に思い出したのだ、啓太はあの日、私に『逆だ』という言葉を使った。

話しは、お酒を飲まないことを責めたことと、前に座っていた人が彼女とわかり、

自分がされたように、あなたも別の人に子供を作ったのかという、

とんでもないセリフだったことも、思い出された。

バーテンさんの話だと、私は泣いていたという。

自分の振られた話で泣いたのか、それとも啓太の話で泣いたのか。

それに、『大丈夫』という言葉を、言っていたこともわかっている。

自分の恋愛話で泣いたのなら、『大丈夫だ』と啓太に言う事はないだろう。

タクシーに引きずり込んだときも、『一人になってはダメだ』とそう言ったのだから、

状況的に、啓太の話に、涙が出たと思うほうが正しい気がする。



何を真剣に考えているんだろう。

もう、『終わった』と言われ、最低な言葉まで浴びせられた。

しかも、園田さんは……



今も、啓太とあの部屋にいるかもしれない。



私は自分で首を振り、考えていることを全て断ち切ろうとする。

携帯を取り出し、読みたくもないニュースのページを開き、

ただ文字を追いかけた。



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