15 明日への期待 【カイピロスカ】 ②

15-②


『ブルーストーン』で聞いた『病気』という言葉を思いだし、

体の具合を心配した私。しかし、啓太の部屋には香澄ちゃんがいた。

しかも、ベッドの中に……


「あのさ、未央」

「何?」

「今の話なら、すぐに打ち消してやるよ。あの日、お前が泥酔して、
何を話しても一生懸命に聞こうとするから、俺は、自分が病気だとウソをついた」

「ウソ?」

「あぁ……ウソだ。同情してもらうには一番いいだろう。
そうしたら、本気にして涙を流して、ひとりにするのはかわいそうだからと、
ホテルへ行くことを了承したんだ。まんまとはまったわけだ。
その日初めて会った男のウソに騙されて……」



ウソだっただなんて……



「啓太……ねぇ」

「もういいだろう。一生懸命なお前を見ていると、こっちが惨めになるよ。
いい加減に別の男捜せ」


啓太はそういうと、私に顔を近づける。


「たたきたければどうぞ、何度でも……」


啓太は私にウソをついていた。

病気だと言えば同情され、その後、泥酔状態ならどうにでもなると、

全てが計算ずくだったと言うことだろうか。


「本当に……ウソなの?」


ウソが本当なら、私を騙しただけなのかと、そう思いたくない自分が、

すがるように聞き返してしまう。


「ウソだ……これなら最後まで持って行けると、そう思っただけだ」


香澄ちゃんが部屋にいて、啓太となにかしらがあるとわかる状況に、

一気に冷静さを失いそうになったけれど、頂点からこぼれ落ちた怒りは、

大きなため息と一緒に、どこかに消えていく。


「うん……」


元々は、自分が記憶を無くすほど酔っていたことが悪い。

それにしてもと、腹を立てるべきなのだろうが、

『病気』ではないのならよかったと、その思いが怒りに勝っていく。




そうだったのか、あれは作戦。

そうなんだ……ウソでよかった。




私は、自分のバッグから部屋の鍵を出し、テーブルに置く。


「返そうと思っていたのは、これなの。これ……松岡さんのことがあった時、
啓太に貸してもらっていたでしょう。あれから、なんだかんだ持っていて。
でも、返さないとね」


どこかでやり直せるかもしれないと、小さな期待を持った日もあった。

でも、もう、そういう気持ちはなくなった。


「そうか……そうだったんだ」


ひとみに前、言われたとおりだ。

酔っ払って記憶が無いなんて、危ないし、そう、こうしてろくなことがない。


「でも、病気はウソでよかった……」


それが確認できただけだけで、私もきっと、前に進むことが出来るだろう。

奥にいる香澄ちゃんは見ないまま、私は玄関に向かう。

追いかけることも、腕をつかまれて止められることもない、数秒間。


「おやすみなさい……」


『さようなら』は、もう言った気がする。

だから言わない。

扉がバタンとしまり、私は廊下を進む。

ここまできたら、もう吹っ切れるじゃないかと、心の声が私を励ましてくれる。

もっともっと、寒くなったら、きっと……



全て忘れていけるはず。



私はそこから一度も振り返ることなく、ただひたすら前に進んだ。





秋は寂しく過ぎていき、季節は冬になった。

年末年始は、新潟に行った親のところに向かい、ただゴロゴロと過ごす。


「こら、和貴」


千波ちゃんの声。

そうか、昨日、兄夫婦と和貴がこっちへ来たんだ。

だから朝から、ドタバタしている。


「未央ちゃん」

「おはよう、カズ」

「おはよう……ねぇ、ねぇ、怪獣ごっこしようよ」


和貴は遅い目覚めの私の手をひっぱり、起こそうとする。


「コラ……ごめんね、未央ちゃん」

「いいの、いいの。こんな時間まで寝ている私が悪い」


実家だと思うと、朝も昼も夜もなくなるのは、私が悪い。

カズに言われたからというわけではないが、着替えて居間に向かう。


「あれ? カズは」

「今ね、お隣にお義父さんとお義母さんと、奏樹と一緒に出かけたの。
犬がいるんだってね。小さい犬だからって、和貴も見たいって言って」

「あぁ……うん、そうそう。ポメラニアンだったかな。もこもこしていて、
かわいいよ。なんだ、あっという間に予定が変わったね」

「でしょう。未央ちゃんと遊ぶと言っていたのに、『犬』って聞いたら、
もう行く、行くってだだをこねて」


私はこたつに入り、千波ちゃんが出してくれたお茶を飲む。


「いいよそんなこと全然。それよりもすみません、だらしがなくて」

「いいのよ、実家だと私だって気持ちが緩む」


千波ちゃんは、さすがに今は嫁だしと、舌を出してくれる。

こんな気取らずに、本音で話してくれる義姉が、私はとにかく好きだ。


「千波ちゃん」

「何?」

「前に話したでしょう、好きな人のこと」

「あぁ、うん」


お見合いがおかしいことになり、好きな人がいるのかと聞かれた日。


「未来を見ない男だけれど、でも、好きなんだって」

「そうだったね」

「それがさ、秋に少し強気に出たら、あっという間に捨てられちゃった」


私は恥ずかしさと、照れ隠しから、軽く舌を出す。


「捨てられた?」


強気に出たと言うべきか、言いたいことを言ってみたと言うべきか、

とにかく、向こうは新しい出会いを見つけ、楽しい日々なのだから、

捨てられてしまったと言うのが正しいだろう。


「うん」


千波ちゃんからは、言葉が戻らない。

それはそうだろう。私が逆でも、どう言っていいのか、わからなくなる。


「これからをもう少し明るくしたいと思ったのに、向こうは本当に望んでいなくて。
見事にさようならって」


千波ちゃんの前で、私は両手を振る。


「それがさ、私が仕事で会う人とか、職場のバイトの女子大生とか、
結構手短なところで、さっさと次を調達されてね。
返したい物があって部屋に行ったら、その女子大生、ベッドの中だった」


私はあっけらかんと言ったつもりだったが、

真面目な千波ちゃんには刺激が強すぎたのか、言葉どころか、表情も凍ってしまう。


「あ、やだ、そんな顔しないで。さすがに吹っ切れましたって話なのだから」


私は湿った顔を見せるわけにはいかないと、精一杯笑ってみせる。


「未央ちゃん」


千波ちゃんは、私に近づき、なぜか抱きしめてくれる。


「未央ちゃんには、たくさんいいところがあるからね。
うまく行かなくなったのは自分のせいだなんて、絶対に思ったらダメだよ」


千波ちゃんの腕、ぽかぽかしている。

良き妻の、良き嫁の、そして良き母の手。


「うん……ありがとう、千波ちゃん」


私はあらためて兄は幸せ者だと思いながら、千波ちゃんと二人で、

正月のお笑い番組を見ることにした。



15-③




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