15 明日への期待 【カイピロスカ】 ④

15-④


「ごめんなさい、今」

『いえ、あ、切れたと思って』


上村さんは私の慌てぶりを、笑ってくれた。


「すみません、出てくれると思わなくて……って、それもおかしいですけど」


どういっても、失礼でしかない。


『すみません、何も動いていなくて』

「いえ、そういう意味ではないです」


上村さんは、すぐに『でも、嬉しいです』と、

またストレートに言葉を送りだしてくれる。


「本当ですか?」

『本当ですよ、疑い深いな、中谷さん』


彼の普通っぽい、その表現に、言葉をつなげていることが、楽しくなる。


「今日は、いささかお休みですよね」

『今……実は、カナダなんです』

「エ!」


私が驚くと上村さんは冗談ですよと、また笑い出した。

私は、驚かさないでくださいよと、こちらもつられて笑う。



そう、少し笑うことが出来た。



色々あって、なかなか出来なかったのに。



お正月はどんなふうに過ごしていたのかなど、世間話的なことになる。

そして上村さんの方から、食事に行きませんかと、誘ってくれた。

私は、素直に『はい』と返事をする。



私たちは、数ヶ月ぶりに、会うことになった。





待ち合わせた店の前に、私が立っていると、上村さんが近づいてくるのがわかった。

髪の毛、前よりも短くなっている。


「こんばんは」

「こんばんは、すみません、僕が先にと思っていたのに」


上村さんは、前と同じように誠実な態度を見せてくれた。

そこから目の前にあるビルに入る。

今日、選んだのは、小皿を色々と注文出来る小籠包が美味しいお店。

メニューには全て写真がついていたので、興味が出たものを、イメージで注文できた。

食べ物が来るたびに、二人で『あたり』や『ハズレ』を言い合っていく。


「あ、今の、私には、まぁまぁでした」

「エ? そうですか。僕は苦手かも」


写真で見ると辛そうなのに、食べてみたら甘かったという、ソースの味。


「上村さん、甘い物は苦手ですか」

「あまり得意ではないです」


構えない人だからなのか、数ヶ月ぶりなのに、それほど会話が難しく感じなかった。

私は、思い出した話を振っていく。


「そう、二宮さんに会いましたよね、前に」

「あぁ、はい。駅で会いました。中谷さんはお元気ですかと聞いたら、
元気ですよと教えてくれて」


上村さんは、そのときのことを思い出したのか、少し笑顔になる。


「そうそう……二宮さんに、あの日、一緒に飲み会に出た仲間のことを聞かれて、
そいつ、その少し前に同級会で再会した元彼女とよりを戻したんですよ。
その話をしたら、少しがっかりしていたなと」

「そんな話、していませんでしたよ」


私は、都合が悪いことは、言わないのですねと笑う。


「人は誰でもそうですよ」


上村さんはそういうと、美味しそうにシューマイを食べ始める。


「中谷さんたちと飲み会をした後、じつは次があったんです」

「次?」

「はい。9月の頭くらいだったかな。飲み会は百貨店のOLさんたちとで」


上村さんは、みなさんモデルのような感じだったと、振り返る。


「でも、とにかくグイグイ来られて、僕は戸惑ってしまって」


百貨店のOLさんたちは、『花菱物産』と聞いていたため、

めいっぱい売り込むつもりだったのだろう。

席を動かそうと声をかけ、男女が入り交じって、会話をするような状態だったという。


「そうしたら、疲れてしまいました。次の日、熱を出して」

「本当ですか」

「本当です。自分でも驚きましたから」


上村さんは、それからそういう会に参加をするのは辞めているらしく、

だから、こうなりましたと笑っている。


「間の取り方が下手なんですよ、本当に」

「そんな……」


私はお世辞では無く、本当にそう思った。

上村さんは、不快なところがない人だ。

ただ、その場所にいるだけで、温かい空気にきちんと包んでくれる。


「自分で電話をしておいて、本当にごめんなさい、私……自分のことは何も言わず」


好きな人がいるからと、関係を断ち切ったのに、電話をかけてしまった。

それなのに私は、自分の恋がどうなったのか、何も話していない。


「いいですよ、そんなこと。電話がかかってきたことが、僕は嬉しかったので。
中谷さんの話したくないことは、僕も、知りたくないです」


上村さんは、まだお腹に入りますかと私に聞いてくれる。

私は、『はい』と返事をすると、互いにメニューを見ることにした。





楽しい食事をして、お酒を飲んで、駅で上村さんとお別れした。

当然のように、また『食事をしませんか』と言われ、私は『はい』と答えた。

無理やりではなく、本当にそうしたいと思えたから。

『楽しかった』と、心から思えたのは、久しぶりかもしれない。

仕事をして、時々首を回す。

コーヒーでも飲みたい気分になって、近くのコンビニに行くと、

メールの音が鳴った。



『上村悠』



私はその場に立ち止まり、すぐに開く。



『美味しい店情報、手に入れました』



こんなふうに提供される情報があって、

上村さんはいつ頃なら仕事に余裕があるのかと、そう聞いてくれた。

私は締め切り前の3、4日は動けないとわかっていたので、今週ならいつでもと返信する。

上村さんはそれならと、互いに時間の合う、『最短日』を選んでくれた。





「今まで、どうでもいいと思っていた情報に、耳を傾けています」

「どういうことですか」

「人には、得意分野があるのだなと」


上村さんは、情報雑誌を片手に出社してくる同僚から、

こうしたお店のネタをもらっているという。

そう言われてみると、中華にイタリアン、さらに創作料理の店まで、

色々なパターンがあった。

だからといって、あまり金額が高いところではないので、

私がお願いして、会計は交互に支払っている。


「海外には、出かけないのですか」

「あぁ……今はそうですね。前は乗り込んでいましたが、今は逆に、
日本へ勉強するために来た人たちと一緒に、仕事をしています」


世界には、まだまだこれからという国がたくさんある。

資源をもらう代わりに、日本は技術を提供し、開発を進める手助けをしているのだと、

上村さんから教えてもらった。


「私、海外をほとんど知らないので、すごいなと思っていて。パスポートとか、
よく、こう……入管のはんこ? いっぱいの人とか聞きますよね」

「あぁ……はい、そうそう、飛行機会社のマイルも溜まりますしね」


上村さんは、それでも日本が一番いいですよと、教えてくれる。


「治安もいいし、食べ物も安心だし……。時々、あぁ、飛び出したいと思いますが、
でも、行けば帰りたいと思いますし」


自分の恋がうまくいかなくなったら、自分を思い出したら電話をしてほしいと、

上村さんには、そう言われていた。

申し訳ないという気持ちが、心のどこかにあったのは、再会してから1、2回で、

こうして定期的に会っていると、『会いたい』と自然に思えるようになってくる。

上村さんが言っていたように、私自身も、ネットで美味しいお店を探してみたり、

『花菱物産』がどんな仕事をしているのかと、興味を持ってみたり。



そう、上村さんに会いたいと……

私の心が、素直に思えるようになっていて……



冬の寒い季節に、こごえた手を温めながら会っていた日から、

カレンダーは3月へと動き、少しずつ春の色を街が見せ始めた。



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