15 明日への期待 【カイピロスカ】 ⑤

15-⑤


「そうでした、社員旅行、どうでしたか?」

「あ……はい。今年はなんとか出し物担当から逃れました」


2月の終わり、我が編集部は、同じような体勢を取っている編集部と予定をあわせ、

毎年恒例の社員旅行に出かけた。場所は『伊豆』の『伊東温泉』。


「出し物担当ですか……へぇ……」

「毎年じゃんけんで負けた人たちが、余興を披露しないとならなくて。
私、去年まで5年間で4回も……」


私は指を4本出し、本当に大変だったと愚痴をこぼす。


「ちなみに、何を……」


上村さんは、私が何をしたのかと、興味深そうに聞きだそうとする。

思い返せば、その年に流行ったお笑いネタが一番多く、妙な格好をしたり、

音楽に合わせて踊らされたり、

お酒が入っていなかったら、とても出来ないようなことばかりな気がする。


「『花菱物産』には、そういう旅行ないのですか?」

「そうですね。そもそも仕事であちこちに出かけることが多い部署だからなのかな。
そういえばありません。各プロジェクトで飲み会とかは、ありますけどね」


そうだった。上村さんたちの職場は、旅をすることが当たり前のようなところがある。


「で、中谷さんは、何を……」


上村さんの顔。

何かを期待しているように思えてきて……


「上村さん、私が言いたくないことは、聞かないとそう言ってくれましたよね」

「エ……」

「言ってくれましたよね」


そうでしたよねと、かわいらしく首を傾げて、話を終わらせようとする。


「……そこでそれを言いますか」

「言いますよ、使えるものは何でも使います」


私がそういうと、上村さんは『わかりました』と笑い出す。


「そう、確かに言いましたから、もう追求しません」


上村さんはテーブルに両手を軽くつくと、参りましたとそう言ってくれる。

私は、それならとなぜか上から言い返す。



回数を重ねるごとに、顔を見ていくたびに、この人がとても優しく、

心の広い人なのだということが、どんどん積み重なっていく。

2週間に1度くらいだった食事の会の時間が、どんどん近付いていき、

3月の終わりを迎える頃には、会おうとするために、自分の仕事のスケジュールを、

動かす気持ちにまで変わって行く。

仕事の愚痴も、生活の中で起きた小さな出来事も、頷きながら聞いてくれて、

その答えのようなものも、送り出してくれる人。

駅まで進む中で、私は『そうなんだ』というセリフを、2回使っていた。



「もうすぐ、桜が咲きますね」

「あ……そうですね」


話に夢中になっていたが、ふと上を見ると、街路樹は確かに桜だった。

幹の具合、枝の様子、そして膨らんでいるつぼみ。

あと少ししたら、花になっていくのだろう。

寒さに耐えたつぼみは、ここからいよいよ……



私の手が、一瞬、上村さんの手と触れる。

互いに気付いた瞬間、その手をしっかりと上村さんがつかんでくれた。

あたたかくて、大きい手。



握られた手を、私も握り返す。



ぬくもり……

季節は春になるのだと……


「中谷さん」

「……はい」

「僕と、お付き合いをしていただけますか……」


暖かい時間は、もうすぐそばに来ている。

私は、上村さんと向き合い、しっかりと頷きながら、確かにそう思った。





「中谷、いるか」

「はい」


あと少しで4月という日。私は川口編集長に呼ばれた。

何か仕事でミスをした覚えはないけれど、どういうことだろう。


「あのな、急で悪いのだけれど、お前、4月から『早川先生』の担当になってくれ」

「早川先生ですか」


早川先生は、眉村先生よりもさらにベテランの漫画家だ。

スタートは子供の雑誌だったが、今や社会風刺のきいた作品を描き、

情報誌などで、若者に対する思いをぶつけた連載も持っている。

でも、担当は長い間、斉藤さんだったはず。


「編集長、担当は、斉藤さんですよね」

「そうなんだよ。それがさ実は、
斉藤に、第2の副編集長にまわってもらうことになってね」


斉藤さんは、別雑誌の副編集長になるという。


「向こうは創刊2年。また今度も新人が入るだろ。
色々と大変な中で、副編集長だった川尻さんが倒れてしまったそうなんだ」


川口編集長は、ベテランでもあり、アイデアも豊富に持っている斉藤さんを、

助っ人として送りだすことを決めたと、そう話す。


「両方はな、いささかキツい」

「はい」


こういった担当の急な変更は、あまり例がない。

でも、理由があるのなら仕方がないし、

むしろ、私にとっては、眉村先生から外れることで、

園田さんと会わなくなることがプラスになるとそう思えた。



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《プレラブ プチ知識 タイトル写真》

15 【カイピロスカ】

★カクテル言葉は『明日への期待』

材料は、ウオッカ 45ml、シュガーシロップ 3tsp. ライム 1/2個





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