16 言葉の本質 【クラシック】 ①

16 言葉の本質

16-①


先月も、先々月も、なんとか眉村先生のところに原稿を取りに向かい、

園田さんと、顔をあわせた後に挨拶はした。

しかし、忘れたと思っていた出来事を、彼女の顔を見るだけで思い出してしまうのは、

どうにも逃げようがない。



啓太のことを……

いや、園田さんと一緒に過ごす、啓太の姿を考えてしまう。



「わかりました、大丈夫です。早川先生には新人の頃、お世話になりましたし」

「あぁ……早川先生も、斉藤君が抜けるのなら、後任はぜひ中谷にと、
そう言われてね」

「あら……」


その代わり、私が担当していた眉村先生は、二宮さんが引き継いでくれることになる。

その日、二宮さんが外出から戻った後に、私は眉村先生の好みや、

アシスタントさんたちのことなど、引き継がないとならないことをメモにまとめ、

それを渡した。


「はい、確かに」

「うん……眉村先生は、特に頑固でもないし、変な要求もしてこないから、
比較的楽だと思うよ」

「何度かお会いしたこともありますし、大丈夫だと思います」


二宮さんは、新人が4月から1人入ってくるので、その子が慣れたら、

『原田先生』か『眉村先生』を担当してもらおうと考えているようだった。

私もそうだねと返事をする。

その次の日、異動が決まった斉藤さんに連れられ、私は早川先生のところに向かう。

先生は、ずいぶん白髪は増えたけれど、以前と同じように、豪快な笑い声で、

出迎えてくれた。



「『早川源治』かぁ……」

「そう。久しぶりに男の先生を担当することになった」


私は担当が変わったことを、上村さんに話す。


「だとすると、しばらく忙しいの?」


上村さんは、ナイフとフォークを動かしながら聞き返してきた。


「うーん……どうだろう。
早川先生には漫画の連載を今、持ってもらっているわけではないから。
むしろ、うちの『新人賞』などの選考をお願いしているの。
頼みごとをしに行くことが多いのかな」

「へぇ……」


上村さんにとっては、知らない世界のことだろう。

それでも、興味深そうに耳を傾けてくれる。


「写真とかのイメージだと、なんだか頑固そうだけれど」

「うん……でも、常識はしっかりと持っている人なの。
闇雲にガミガミ言う人じゃないから、私は嫌いじゃない」


私の前向きな言葉に、上村さんは『それならしっかり』とエールをくれる。

私は『ありがとうございます』とワイングラスを少しあげた。

上村さんも同じように、グラスをあげてくれる。

東京の夜景、キラキラとグラスに映って……。


「ねぇ……うちの前の川沿いの桜、昨日少しずつ咲き始めた」

「そうか……僕はまだ、見ていない気がするな」


私たちはその日も、日々のことを楽しく語り食事を終えると、

最上階のお店から、エレベーターに乗り下に降りることにする。

そのビルは、最上階にお店が数件あるけれど、

そこから電車の改札がある3階までは全てオフィスのため、

一度閉まった扉は、下まで開くことがない。

一緒に乗ろうとした男性2人が、何かを思い出したのか、やめてしまったため、

私と上村さん、二人だけで扉が閉まっていく。



がっちりと閉まった扉。

二人だけの空間。



「未央さん……」


その声に顔を横に向けると、上村さんの顔が近付くのがわかる。

私はすぐに目を閉じ、その唇を受け入れた。



きっとそうなる……

いや、そうなってほしいと願っていたから……



軽めのキスで、唇は一度離れたが、まだ時間があると互いに思い、

さらに深く触れ合おうとする。私は体もしっかり上村さんの方へ向け、

『一歩前に進める』と、思いを重ねていく。

少し行き過ぎただろうか。唇を離して目があったら、妙に恥ずかしい。


「ありがとう……」


上村さんは、エレベーターが止まる少し前にそう言った後、

私のおでこにもう一度キスをしてくれる。

唇が触れたものより、なんだか心に響く。



この先へ……

次に会うときには、進むのかもしれない。



私は、春を感じる風に、少しだけほてった頬を差し出した。





桜はそれから5日後くらいに、満開となった。

仕事に向かう道で、誇らしく咲く花たちに、新しい日々を後押ししてもらう。



『次の食事会は……』



その約束メールが届く。

エレベーターの数秒しかない時間に、キスをしてきた上村さん。

私は、その行為を自然に受け止められた。

いや、むしろ、そうなって欲しいと願っていたところもあった。



この先へ……



自然と、そう思えるように、なってきた。



『桜が綺麗なうちに、会いましょう』



私はそう返信をした。

次に会った時も、彼はきっと、ここちよい時間を私にくれるだろう。

つないだ手、そして優しいキス。

その別れに、物足りなさを感じるのなら、それは……



『あさって……は、早いかな』



早くはない。私はそう思いながら返信をする。

互いに気持ちを決めるために、また一歩近づいた。



16-②




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント