16 言葉の本質 【クラシック】 ②

16-②


「今年の桜は、今日で見納めかもしれませんね」

「そうですね」


上村さんと会った日。

天気予報では、次の日から雨予報が続いている。

満開を迎えた桜も、春の雨に散らされてしまうだろう。


「今まで、あまり桜を注目したことなどなかったのに、
今年は未央さんと話題にあげたからなのかな。つぼみから花が咲いていく時間も、
こうして少しずつ散っていく時間も、常に眺めていた気がする」

「私も、そうかも」


春になれば、咲いていると見ることはあっても、少しずつ変わっていく姿に、

自分を重ねていた気がする。


「待っていたのに、あっという間に散りますね……」


楽しみにしていた時間は、あっという間に去って行くもの。


「でも、散ってくれるからこそ、また来年も咲くのでしょう」


生の花だから、命があるからこその繰り返し。


「そうか……」


上村さんから自然と伸びてきた手。

私はその思いを受け止める。


もう、大丈夫……

そんな気持ちを込めて。


「終わるからこそ、また、始まると言うこと」


つながれた手。私たちは、お互いにわかっている。

こんな時間も素敵だけれど、もっと深く知り合いたいと思い始めている。

でも、きっと、上村さんは、その先へすぐには踏み入れようとしないだろう。

こうして手をつないでも、唇を重ねても、

私の気持ちがどれくらい向いているのかと、考えてしまって……



間の取れない男だと、彼は言っていたけれど、そこが彼の優しさ。

だから私は、気持ちを決めた。



いつものようにお別れが近づく、駅の改札前。


「また、連絡します」

「上村さん」

「はい」

「今度は、食事、私が作ってもいいですか」


この台詞を、ただのクッキングだと取る男性は、さすがにいないだろう。

私の部屋でも、彼の部屋でも構わない。

店を閉められることもないし、会話をオーダーで邪魔されることもない。



その空間には、私たちだけしか……いないのだから。



「本当に?」

「はい……」


この2ヶ月で、上村さんに対する妙な遠慮や、気遣いはなくなっていた。

一緒にいることが、自然になっている。

だからきっと……



その時も、自然に迎えられる。


「それなら、僕の部屋に来てもらってもいいかな」


どこか伺っているような、遠慮がちな言葉が運ばれてくる。


「はい……それほどたいしたものは作れないけれど」


ハードルは少し下げておかないと。

期待ばかりが膨らんでしまうと、プレッシャーになってしまうから。


「そんなこと……僕は、あなたと向かい合えたら、それで十分です」


まっすぐに届く言葉。

私たちは、あらためてその日を決めることにした。





「あぁ、緊張します」

「どうしてよ、会ったこともあるのに」

「それはそうですが」


早川先生の担当になった私と、次に担当になった二宮さんで、

次の日、眉村先生に挨拶へ向かった。

先生は、長い間私と一緒に仕事をしてきたから残念だと言ってくれたが、

すぐに人懐っこい二宮さんとも打ち解けていく。

当たり前のように、いつものデスクには園田さんが座っていた。

私は頭だけを、しっかり下げる。

園田さんの表情、作品が出来なかった頃に比べたら、本当に変わった。

自信というか、女性としての強さのようなものも、にじみ出ている気がする。



啓太と付き合うには、そういう人じゃないと、難しいのかもしれない。

誰が部屋にいても、どんなセリフを向けられても、平気で聞き流せるくらい。



図太さを持っていないと、着いていかれないのかも……



私はもう一度二人に頭を下げ、『別れ』を告げた。





『花菱物産』は、日本でも大手であり、世界的にも有名な企業だ。

社員の3分の1くらいが外国人で、

職場には英語が共通語として、飛び交っているという。

私は、何度か行った海外旅行に使う、短い単語くらいは聞き取れるが、

交渉ごとなど、とても頭が追いつかない。


「何でもいい、とにかく『メイドインジャパン』と書いてあるものをくれないかと、
前に研修に来た南アフリカの人に言われたことがあったよ」

「へぇ……なんでもって?」

「だから、そうだな……結構人気があるのは女性のストッキングとか、
あと、本当になんてことのないビニール袋とか」


買い物をすれば当然袋に入れてくれるというサービスは、

世界中どこでもあるわけではない。


「そうなんだ、ストッキングね」

「あの糸の細さで、破れず何度も履けるなんていうのは、奇跡だって」

「奇跡?」


私は、上村さんのキッチンに立ちながら、思わず自分の脚を見る。

ストッキング、確かにどんどん丈夫になっている。

昔はよく、伝線に気付かないまま歩いていた人がいたと、母から聞いたことがあるけれど、

今はあまり見かけない。


「ふーん……」


私はお鍋の火を止め、食器戸棚を見る。

結構絵柄の揃ったお皿があった。


「これって、上村さんが買ったの?」

「ん? いや、結婚式の引き出物とか、あと、ほら忘年会で当たったり?」

「へぇ……こんなものが景品?」

「幹事がさ、いらないものを持ってきて、勝手に景品にしたこともあったんだ。
いらないかなと思っていたけれど、役に立つならいいか」


上村さんは、私が深めのお皿を取ったので、そう言いながら笑っている。

初めて訪れた上村さんの部屋。

対面のキッチンだけれど、椅子がないため、食事を並んでするのは難しい。

その奥にはテレビとオーディオがあった。

3人くらいが座れるソファーには、小さなクッションが一つ置いてある。


「料理はここでいいよ」


上村さんはソファーの前にある楕円形のテーブルを示し、

私と一緒に、料理を運んでくれる。


「あぁ……いい匂い」

「食べてみて、ガッカリしないでね」

「それって、どういうこと」


二人で笑いながら準備をして、一緒に食べ始める。

でも、私は上村さんの反応が見たくて、箸を止めて視線だけ横を向けた。



16-③




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