episode2 『ジャージ男の悩める事情』 

episode2 『ジャージ男の悩める事情』

音楽教師の百合が、『お泊まり』をしてくれるのは、金曜日に限られている。

それは次の日授業がないから……。そう、彼女と俺は、同じ高校の先生同士。

だから月曜日の朝は、ちょっと寂しく一人で起きる。


「ん?」


いきなりの『ダースベーダー』。目覚まし代わりに受話器をあげる俺。


「何?」

「ねぇ、あんた年末、いつ戻る? 準備があるんだよね、準備!」

「……予定が決まったら連絡入れるって言っただろ! 
授業終わっても、会議とか、研修とかあるんだよ」

「準備がねぇ……早く頼むよ!」


はい、はい……と適当に返事をし、電話を切る俺。息子を迎える準備をする母。

そう言うと聞こえはいいがうちの実家は『そば屋』、

ただ単に臨時バイトが欲しいだけ……。


ふん……。息子がただで、いつまでも動くと思ったら、大間違いだぞ、おふくろめ!

さっさと着替えて、百合のかわいい顔でも見に行こう……っと。





「杉原先生、おはようございます。出席簿いいですか?」

「……あ、うん……」


朝の挨拶を終えた1年3組の出席簿を、授業に向かう彼女に手渡す。


「ありがとうございます……」


絶対に学校や生徒にバレるのはイヤ! という彼女は、どんな時でも俺のことを

『杉原先生』と呼ぶ。

そう、どんな時でも……絶対に……。


「杉原先生! 用意出来ました!」

「あ、悪い、すぐに行く」


沢村加奈子さん。今年、初めて教育実習生を世話することになった。

同じ大学の後輩で、サバサバしている結構おもしろい女の子だ。


「この学校って、自由ですね。さっき3年生の授業に入っていたら、
男の子に投げキッスされましたよ」

「……3年?」


北村だ……。あいつ、百合だけでなく彼女にまで。

全く、今時の高校生は何を考えているのか分からない。

10才年上だった姉さんは、伝説になったと言われたくらいの

優秀な生徒会長だったらしいけど……。


「まぁ、いちいち気にしないで、軽く受け流して。
もし、あんまりにもイラつくようだったら言ってくれればどうにかします」

「……どうにか……ですか?」

「体育館裏にでも呼びだしますよ」

「あはは……杉原先生、おもしろい!」


よく笑うね、君は……。まぁ、ウケてくれたらこっちも嬉しいけど。





……てな、ことで廊下であった北村に声をかける。


「北村!」

「……ん? なに? 杉っぺ」

「お前、実習生の沢村先生に、授業中投げキッスしてたんだって? いい加減にしとけよ」

「怒ってます?」

「笑ってたけど、調子に乗るなよ。遠藤先生だの、沢村先生だの……」


沢村さんに投げキッスするなら、百合にするなって! 


「百合先生、松居先生がタイプみたいなんだよね」


「……」


は? 何? 松居って、あのインテリボンボンの英語教師松居のこと? 

百合は松居なんて好きじゃないんだって……。


「あはは……松居先生? そりゃないよ、北村……」


まずい! つい……本音が……。


「だから杉っぺはいつまでも彼女が出来ないんだよ。
あの百合ちゃんのタイプが松居だと思ったら、なんだかさ、ちょっとがっかりで、
沢村先生に乗り換えようかなぁと……」


乗り換える? 百合に乗ったこともないくせに、勝手なことを言うな! 

お前に百合の乗り心地のよさなんて、わかるはずないだろう、北村! この大バカ者!


「なぁ、杉っぺ。この間、音楽室で二人っきりだったんだぜ。すごく深刻そうに。
怪しくねぇ? あの二人……」


ん? 二人っきり? また、二人っきり=出来ちゃってる公式か。

ちょっと待て。本物の彼氏の俺でさえ、入室禁止なのに……どういうことなんだ?


「二人っきりって、俺だってそうだったことあるだろうが。勝手な噂を流したりするなよ。
遠藤先生も松居先生も迷惑だろう」


いや、俺が一番迷惑だ。よりによって、あのボンボン松居なんて……。


「杉っぺは百合先生のタイプから思いきり外れてるよ。知らないの?」

「……」

「百合先生、韓流スターのカン・ギフンのファンなんだって。
この間、女の子達が聞いてたよ。ほら、ちょっと冷たい役をする……」

「カン・ギフン? 誰だ、それ」

「うちの姉ちゃんもファンだった。スーツとかビシッと着こなす背の高いいい男だよ。
杉っぺみたいにジャージでウロウロなんてしない人!」


俺だって年中無休でジャージじゃないんだよ、北村!


「北村……ところでさ、お前松居先生は先生で、どうして俺は杉っぺなの? 
友達じゃないだろうが……」

「英語教師だからね。受験に響くと困るっしょ……。
体育を教えている杉っぺとは、そこらへん難しいんだよね」


現代ッ子だね、北村君! まぁ、いいよ。

お前に百合の乗り心地の良さは、一生わからないんだから!





……なんかくどくない? 俺。





そんな学生の戯言。百合の好みの男がスーツ男だろうが、現実は現実。

ジャージ男といい関係にあるわけで。


「やっぱり……」

「気にする必要はないよ、遠藤先生」

「……」


なんだ? 二人っきりで、音楽室じゃないか。しかも、椅子まで出して……百合! 

どういうこと? これ……。


「松居先生、これからも相談にのっていただけますか?」

「もちろん、いつでも僕に声をかけてくれれば、それくらいのことは……」



『杉っぺは百合先生のタイプから思いきり外れてるよ。知らないの?』



まさかとは思うけど、二股なんてかけてないよね。百合に限って、そんな……。


「杉原先生!」

「……は……」


目の前にはボンボン松居の顔があった。


「どいてくれるかな、外へ出たいんだけど」


扉の前にちょうど立ち止まっていたようで、慌てて俺はそこから離れる。


「遠藤先生に何か用でもあるのか?」

「……いや……」


なんでお前にそんなこと言われないとならないんだよ。

こっちは、用があろうがなかろうが、いつでも近寄っていける関係なんだぞ!


「松居先生……」

「わかってますよ……」


なんだ、この疎外感。どういうことなのかな? 百合。





2週間ぶりのお泊まりデー。

疎外感でイライラしているのも嫌な俺は、この間の出来事を百合に問いただす。


「なぁ、この間、松居先生と何話してたんだよ」

「……エ?」


台所に立つ彼女が、びっくりしたように俺を見る。何? 

そんなに聞かれてドキッとするようなことなんだろうか。

ますます心配になるじゃないか。


「もう、いいのよ。済んだことだし……」


怪しい…。怪しすぎる。

だいたいドラマでも済んだことっていうのは、済んでないことが多いんだって。


「済んだことなら余計に聞いてみたいけどな。何だよ……」


ほらほら、軽いノリのうちに、白状しようね、百合ちゃん。


「いいの、松居先生が解決してくれた……」

「あのさ、百合。同じ学校の教師なんだから、
松居先生じゃなくて、俺に相談してくれたっていいんじゃないの? 
なんだよ、そんなに頼りにならないのかな、俺」

「……」

「……」


なんとなく、納得いかなくて、ベッドに寝転がる。


「杉原先生、焼きもちでも妬いてるの?」

「……は? そんなんじゃないよ!」


いえいえ、その通り焼きもちですよ。

俺より松居を頼るなんて、黙っていられるはずないだろうが!


「だって……」

「……」

「杉原先生に言うと、野中君、体育館の裏にでも呼び出されて、
竹刀で叩かれちゃうんじゃないかって」

「は?」


あのねぇ、百合。世の中の体育教師がすべて、

学園ドラマのように、竹刀を持ち歩いていないことくらい、知ってるでしょう。


「2年2組の野中君が、先月私にラブレターをくれたの」

「ラブレター?」


百合は俺の顔を見て、一度だけ頷く。


「そんなもの、高校生くらいなら結構よこすだろ」

「うん、それはそうなんだけど……」

「……」


エ? そんなにもらってるの? 百合。


「最初はね、先生が好きですよって軽い感じだったの。だから私もありがとう……って
返事を渡したら。文通でも出来ると勘違いされたみたいで、
だんだん内容が過激になってきてしまって……」

「……例えば?」

「先生が授業中に僕を見ているのがわかる……とか。その……」

「その?」

「かわいい唇にキスしたい……とか……」

「……とか?」

「抱きしめたい……とか……」


思わずその場で立ち上がる俺。百合は驚いた顔でこっちを見る。

立ち上がる理由がなかったことに気付き、とりあえず元の位置に座る。


「それ、ストーカーだぞ」

「そんなふうに言ったら野中君がかわいそうだけど、
でも、ちょっと怖くなってしまったから、担任の松居先生に相談したの」

「担任……か……」


たしかに2年2組の担任は、あのボンボン松居だった。

それなら二人で音楽室も、ひそひそ話も理解できる。


「杉原先生に、こんなこと話したら心配するんじゃないかって……。
そう思って言えなかった。でも結局心配かけてるよね、ごめんなさい……」


素直に謝る百合。そう、こういうところで、意地を張ったりせずに、

すぐ謝れるところはキミのすごく好きなところ。


「いいよ……わかったから……」


そんな百合を、愛しいと思う俺は、すぐに何でも許してしまうのだ。


「北村がさ、百合先生の好みは松居先生だ……なんて、騒いでいたから、
注意しておいたよ。ほら、あいつら、二人っきり=出来ちゃった公式だからさ」

「全くもう。みんなそんなところにばっかり興味あるんだから……」

「仕方ないよ、男はそんなもんだし……」


隣に座る百合の肩を抱き、自分の方へ引き寄せる。

素直にそれに従い、肩に頭を乗せる百合。


「韓流スターの……なんだっけな。なんとかっていうのが百合の好みだって、
スーツとかビシッと着こなして、冷たい役をやるやつだって言っていたけど、そうなの?」

「エ……。あぁ……うん……」


照れくさそうに笑っている……。

俳優といえども、百合が好意を寄せているかと思うと、妬けてしまう単純細胞な俺。


「あのさぁ……」

「目元がね、杉原先生に似ているなって。最初に見た時、そう思ったの。
笑った顔も少し似てたのよ。もちろん、学生にはそんなふうには言わなかったけど……」

「エ……」

「今度、見てみて? 目元……」


目元でも何でも、俺に似ているからという理由が、たまらなく嬉しいんですけど……。

そう、根っからの体育会系、単純細胞ですから……。


「なぁ、百合。俺、野中の気持ち……わかるよ」

「エ……」

「今、その唇にキスしたいから……」


百合は少しだけ照れくさそうに微笑むと、目を閉じ許可をする。

最初は触れただけのキス……。そして、その後へと続いていくための……キス……。


「……」


その瞬間、百合が俺を押し返す。


「ん?」

「大変!」


台所へ急いで戻ると、鍋をのぞく。申し訳なさそうな百合の顔と、ちょっと焦げた臭い。


「ごめん……」


いいって、いいって……。茶色のシチューだって、何だって食べてやるから。

俺は気にするなよと頷いてみせる。

そっと近寄り抱きしめる君。いいよ、百合。この後、君を食べちゃうもんね……。


「ん?」


せっかくの雰囲気の中、鳴り響く『ダースベーダー』のテーマ。

おふくろめ、いい加減にしろよ。俺は受話器をあげ、そのままひと言言ってやる。


「あのなぁ、予定はまだ決まってないんだよ、とにかく待ってろ!」

「……」


ん? あれ? 何かおかしくないか?


「学校長の、加賀山ですが。何を待てばいいんだろうか……」

「……あ!」


……すみません、そちら様も『ダースベーダー』でしたっけ?





杉原、お前の下の名前はなんなんだ!……

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コメント

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韓流スター

>お前に百合の乗り心地の良さは、一生わからないんだから!
フフ・・杉っぺには分かってるのよね~~v-23 乗り心地の良さ♪

韓国スターのカン・ギフンssi、良く似たスターを私は知っているプー!(*≧m≦)=3

校長先生、間が悪いぞ!

彼はいずこ

yonyonさん、おはよう!
昨日、お返事しようとして、寝ちゃいました(笑)


>校長先生、間が悪いぞ!

あはは、この話は、間の悪さで成り立っているようなものだからね。
校長先生も、そのお仲間というわけですよ。

彼は元気ですかねぇ……。いつの間にか芸術家になってしまっているけど。

急に笑う嫁

mamanさん、おはよう!
昨日お返事のつもりが、寝ちゃってました。


>急に私が笑い出すもんだから、旦那が変な顔してた・・・。

あはは……私もよくやります。
旦那は、何をしているのか知らないですけど、
『そういう特技を持った嫁』だと、思っているようです。

まだまだ笑わせる二人を、これからもよろしくね!

楽しい二人

yokanさん、こんばんは!


>同じ学校の先生同士の恋愛って大変なんですね。

実際には大変そうですよね。
この二人に関しては、楽しんじゃっているようにしか、見えてきませんけど(笑)



>杉原先生の名前は出てくるのか?(笑)

……いつかは、出てくるはずです!!

あははは。。。面白い!!!!!

おもしろ~い!!!
北村、いいキャラだな~v-218
百合ちゃんも、episode1のときは描写少なくてわからなかったけど、いい娘なんですねー。
ありがとうございました。

ただいま、休憩中

you01さん、こんばんは

>おもしろ~い!!!

ありがとうございます。
『笑える』を抜いてしまうと、
何も残らないという創作です(笑)

ここのところ少し、離れていますが、
また、復活すると思いますので、
よろしければ、お付き合いください。