34-①
新潟の中谷家。
母は、父に『私がお付き合いをしている人を連れて行く』と話してくれていた。
何も言わずに、いきなり登場というのは、確かにおかしな気がしたので、
それはそれでよかったのかもと思えてくる。
それを聞いた父は、驚きもあったようだが、年齢のこともあるし、
それほど拒絶をしている雰囲気ではなかったことも教えてもらう。
問題は、『妊娠』という事実が、そこにあること。
私たちにとって、それがどれほどかけがえのないことなのか、
それをうまく伝えることができるのか、そこが勝負になる。
「あぁ……緊張してきた」
そう、緊張してきたのは私。
啓太の良さを伝えられるだろうか、
許さないと日本刀でも持ち出されたら、逃げ切れるだろうかと、
いろいろな想像が、思考回路を妙な動きにしてしまう。
あの厳格な父が、何を言っても、どう反対しても、私の気持ちは変わらない。
私にとって、啓太は……
生きていく上で、絶対に必要な人なのだから。
駅を降り、タクシーを拾う。
後部座席に並んで座りながら、自然と手を握り合う。
啓太と赤ちゃんのことは私が守る。
そう思いながら、啓太の横顔を見ると、
『未央と子供は俺が守る』と、決意したように見える表情がそこにあった。
目の前には父と母が座り、私と啓太が横に並んだ。
啓太は自分の名前を名乗り、それからここまでのいきさつを軽く語ってくれる。
といっても、酔っ払ったままどうなったとか、そんな話ではなく、
あくまでも自分がどう生きてきたのか、体のこと、家族のこと、
今までではありえないくらい、さらけ出してくれた。
昔から、愛想のない人だから仕方がないけれど、父の表情はピクリとも動かず、
黙ったままで。
「私も啓太も、いい加減な気持ちで付き合っていたわけではないから。
だから、順番は違うように言われるかもしれないけれど、でも……これでよかったと、
心から思っているの」
望まないと決めていたけれど、心の奥底にあった思い。
お互いが気を遣うことなく、過ごせる日々が待っている。
「お父さん……」
何も言葉を発しない父に対して、さすがに横にいた母が声を出してくれる。
「未央ももう今年30です。仕事もしながら、きちんとお付き合いをしてきたと……」
「岡野君」
父が母の言葉の上に、声をかぶせてしまう。
「はい」
「今の世の中は、私には理解できないことも多いし、それが時代だと言われたら、
仕方がないことかもしれない」
父の目は、啓太だけを見ている。
「それでも、私自身、君と同じ男として、やはり不満足なことも多いのが、
正直なところだ」
「はい」
「全てを決めて、ここへ来たのだろう」
『結婚の許し』をもらうために、確かにここへ来たが、
私たちの気持ちは、その結果に左右されないところにあるのは確か。
「反対はしない。ただ……」
ただ……
「私がこうして初めて会った君を認めるには、まだ早いと思うだけだ」
父はそういうと、夕食の時間までには戻ると母に話し、家を出てしまった。
『反対はしない』という、微妙なニュアンスだけが残される。
「お父さんらしいといえば、らしいけれど」
「未央」
「あんな言い方しなくてもと思わない? 私たちは……」
「未央」
啓太が、それ以上言うなという意味なのか、首を横に振る。
「でも……」
「お父さん、未央のことをかわいがっていたから」
母はそういうと、今日は泊まっていきなさいと啓太に声をかける。
買い物に行ってくると言い、父と同じように家を出て行った。
緊張した時間を終えた午後3時。
私はあらためてお茶を入れ、啓太の前に出す。
「予想はしていたけれど……。ごめんね、啓太」
「謝るようなことではないよ。お義父さんの言うとおりだと思う。
事情があれこれあるとは言っても、こういう状態で慌てて挨拶に来ていることは、
言い訳できないし。今日、初めて会って、全てこちらの思い通りにと言うのはさ」
啓太は正座の足を崩し、しびれてしまったのか顔をゆがめる。
「しびれたの?」
「うん」
私はそれなら触ってあげようかと、指で攻撃に向かう。
「よせよ」
「だって……」
それでも本当に啓太がつらそうなので、ふざけるのはやめにする。
「父親って、ああいうものなのだな」
啓太から出てきた言葉に、私は『あの人は特別よ』と憎まれ口を乗せていく。
啓太はお茶を一口飲むと、少しだけ微笑んだ。
新潟から戻った後、啓太は役所でもらってきた『婚姻届』を渡してくれた。
それにはすでに啓太の名前は記入されていて、あとは私が書き込み、
役所に届ければいいものとなっている。
啓太はすぐに大阪へ戻り、次の休みの前に『東京』へ来ると約束をしてくれたため、
提出はそのときに一緒に出そうと決めた。
『反対はしない』
結局、父はあれから普通に食事をしたり、啓太とも話をしていたが、
『結婚』についても、『妊娠』についても、
おめでとうという言葉を出してくれることはなかった。
母は、父が私をかわいがっていたからと、どこか不機嫌な様子をそう結論づけたが、
そう思うのなら、素直に喜んでくれたらよかったのにと、
東京に戻ってきてから、少しずつそんな不満が膨らんでいく。
それでも、新しい命は、一日ずつ成長し、しっかりと世の中を見られる日が来るのを、
両手を握りしめながら待っているのだからと、『母親』としての気持ちを奮い立たせ、
今日も1日、一緒に頑張った。
34-②
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