1F 『KISE』に関わる人たちのこと ①

1 『KISE』に関わる人たちのこと

1F-①


『木瀬百貨店』

1958年、私鉄として名乗りをあげた『木瀬電鉄』、通称『キセテツ』。

その『キセテツ』を親会社とし、都心に駅を持つ利点を生かした、

家具から電化製品、そして洋服、食料……

そう、なんでも買い物が出来る場所として、1963年『木瀬百貨店』が産声をあげた。

エレベーターの前と中には、売り場案内をするエレベーターガールが立ち、

最上階には、このあたりでは当時、まだ珍しい『展望レストラン』があった。

さらに『キセテツ』は、沿線を住宅地として開発し、人口を増やし、

総合的な一大企業として、大きく成長する。


「あ、えっと……降ります、降りますから」


『キセテツ』は、最初に登場したこげ茶色の車体から、時代に合わせてどんどん進化し、

今やシルバーに光る車体に、設立当時の面影を残す、

ブラウンとクリーム色のラインをつけた、立派な黒字路線となった。

今日も、サラリーマンやOL、そして未来を夢見る学生たちを乗せ、

安全運転を実行する。


「あ……やだ、傘がこない」


『江畑彩希(あき)』は、混雑した車内から、なんとか体を出したものの、

持っていたビニール傘がどこかに引っかかっているようで、出てこない。

つかんでいる持ち手で、強引に引っ張ろうとするが、車内にいる客からは、

何をしているのかという冷たい目で見られてしまう。

さらに、発車音が鳴り出すと、降りる客を待っていた乗り込み客が、

彩希の思いなど無視して車内に入っていった。


「あ……」


その流れに逆らうことは難しく、体ごと車内に戻ることも出来ず、

結局、彩希は持っていたビニール傘を離すしかなかった。

『キセテツ』は、発車時刻になり、目の前で扉を閉めていく。

車掌の声が響き、電車はエンジン音をさせてホームを離れていった。

彩希は去って行く電車を、ただ見送ることしか出来なくて……


「お腹の前に、抱えておいたと思っていたのにな」


彩希は仕方なくホームから離れ、エスカレーターに向かう。

前で手を振る人がいたので顔をあげると、職場仲間の『水原恵那(えな)』だった。


「おはよう、バタちゃん」

「おはよう」


彩希の職場でのあだ名は『バタちゃん』。

本人は江畑『えばた』が名字だからと思っているが、

実は呼ぶ人間によって理由は違っている。

まぁ、それは後々わかるので、ここでは省略。


「月曜の朝から雨だなんて、ついてないよね」


恵那は朝から雨だと憂鬱になると言いながら、エスカレーターに乗った。

彩希もそうだよねと後に続く。


「あれ? バタちゃんちの方は降ってなかったの?」


恵那は、彩希がリュックを背負っているだけで、

手に何も持っていないことに気付き、そう尋ねた。


「ううん、降っていたし、傘も持っていた、ちょっと前まではね」

「ちょっと前?」

「そう……ギューギュー詰めの車内で、何かにひっかかったみたい、
降りたのは私の体だけで、傘が出てこなかったの」


彩希は混雑が少しやわらいだ時、誰にも支えられていない傘が、

今度は邪魔扱いされるだろうと心配する。


「自分だけ出てきて、傘が残ったって、どういう立ち方をしていたらそうなるのよ」


先にエスカレーターへ乗った恵那は、すぐに振り返ると、

自分の後に乗った彩希の顔を、下から覗き込むように見た。


「どういうって、私としては普通に立っていたつもりだったの。でも、こう、
どんどん人が乗り込んできて、グルグル回されてしまって」


彩希はその場に立ったまま、体を左右に動かし、説明をする。

その動きを見ていた恵那は、なんだかおかしいと笑い出す。


「笑い事じゃないってば。朝から目の前で物を失うなんて、憂鬱さが増すよ」


彩希は、前に立つ恵那の肩を軽く握る。


「まぁまぁ、バタちゃん、あなたが今から向かう職場は、駅から直接入れるの。
ここから傘は不要じゃない。帰りは晴れているようにと祈りなさい」


恵那は両手を組み、祈るポーズをとった。


「はぁ……」


彩希と恵那はそんな話をしながらエスカレーターを降り、改札を出ると、右に曲がった。



『キセテツ』は、鉄道から『木瀬百貨店』を生み出し、

人々に『足』と『買い物先』を提供してきたが、

時は更なる要求を企業につきつけながら、どんどん変化を遂げ、

今や、ネーミングひとつでも客足が変わる時代が訪れた。


数年前に、『木瀬百貨店』は若い世代に受け入れやすいよう、

看板を『KISE』というローマ字表記に変え、包装紙からロゴまでを一変させた。

さらに、開店当時は、『久山坂店』しかなかった店舗も、

20年前、同じ都内に『新原店』が増え、近県に出したものも含めると、

現在は、4店舗にまで成長した。

もちろん、全て『キセテツ』の路線上になる。

そして、『東京』はさらに進化し、以前は終点だったこの駅も、

そこから地下鉄へ乗り入れという形を作り、路線が延びた。

互いに便利さを追求し他の路線と交差したため、利用客は膨らむ。

その代償として、彩希の言う、通勤ラッシュはさらに悪化した。


『KISE』は、駅の右側に、メイン店舗の『久山坂店』を持つ。

そして駅の左側には、その百貨店を支えている鉄道本社と、

『木瀬百貨店』の心臓部があった。

大企業を動かす社員たちも、同じようにラッシュに揺られ、駅で降りると、

彩希とは反対側の改札左側に出ていく。

さらにまた、別の電車が到着し、ホームは『KISE』の関係者で、賑やかになった。



「あの話って、本当のことですか」

「あの話? 何のことだ」

「いや、あの、売り場の1日撤去ですよ」

「あぁ、あれか」


ホームを歩く『広瀬拓也(たくや)』は、

そんなことはたいしたことではないと流してしまう。


「たいしたことじゃないって、広瀬さん……よくそれだけ上司に対して、
戦闘態勢とれますね」


拓也がエスカレーターに乗ると、

すぐにその態度に呆れ顔をした、後輩の『大林芳樹(よしき)』も後に続く。


「すごいな……」


芳樹が『木瀬百貨店』に入社し、男性衣料品の担当になると、

最初にコンビを組まされたのが拓也だった。

完璧な市場調査とプレゼン、そして口に出したことは絶対に実行するという行動力、

他の社員たちを圧倒する存在感に惹かれ、

芳樹は大学時代から住んでいたアパートを引き払い、

拓也と同じ路線へと引っ越した。

拓也はいつも同じ電車に乗るため、芳樹もその場近くに立ち、

こうして結局、通勤が一緒になる。


「戦闘態勢? 俺がか?」

「あ、はい……」


芳樹は、上司が反対するものをごり押しするのはそういうことだろうと言い、

拓也の反応を見た。


「上司が反対するから、黙っていようじゃダメだろう。意見があるのなら伝える。
それが当たり前のことだ。俺たちは販売企画だぞ。
現状維持がいいだなんてふわふわして、誰とでも戦う姿勢がなかったら、
そんなもの意味がない」


二人もエスカレーターから降りると、そのまま改札を抜ける。

しかし、彩希たちとは違い、本社勤務のため方向はそこから左になる。


「意味がない……ですか」


拓也は、現在、『KISE』の寝具売り場を担当している。

先日、上司には高額すぎて客が着いてこないと言われた、

フランス製の最高級羽根布団を輸入する取引をまとめあげ、

強引にメイン商品として陳列させた。

最初は、サロンを活用する年配のお得意様しか興味を示さないと思っていたのだが、

昨年大ヒットした映画の主演女優が、この商品をマスコミに褒めたことで、

問い合わせが増え、さらに、日本でいち早く扱ったのが『KISE』だったため、

マスコミからも取材が殺到し、結局、利益が生まれ、成功となった。

しかし、立場を無視された上司と拓也の関係は、

そこからさらに悪化することになった。



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