1F 『KISE』に関わる人たちのこと ②

1F-②


「ブレンド」

「はい」


拓也と芳樹は改札近くにある、コーヒーショップに入った。

拓也に続けて注文しようとした芳樹は、

その前に、『本日のブレンド』が何かと店員に声をかける。


「本日は『キリマンジャロ』です」

「キリマンジャロか……。じゃぁ、ブレンド1つ」


芳樹はそう言いながら、財布から小銭を取り出した。

拓也は先にカップを受け取り、軽く口をつける。


「いちいち豆の種類なんて聞くなよ、面倒だな。どれも一緒だろうが」


先に頼んだ拓也は、芳樹の受け取りを待つことなく店を出た。

1分くらい遅れて、芳樹が店の外に出てくると、人の頭の中に拓也を探す。

拓也は、身長が183センチあるので、すぐに気付くことが出来た。

芳樹は少し前を歩く拓也に、小走りで追いつき横に並ぶ。


「いやいや、広瀬さん、一緒じゃないですよ、豆が違うって重要でしょう。
それぞれ好きな香りも味もあると思いますし。だから店側もあぁやって、
今日はこれですよと表示するわけですから」


芳樹は拓也の横顔を見ながら、また進み始める。


「違いねぇ……」

「はい」


拓也の視線は、『一緒じゃない』と力強く宣言した芳樹に向くが、

すぐにそらされる。


「朝のコーヒーなんて、頭が目覚めればそれでOKだろう。
なんだって一緒だよ」


拓也は蓋をした状態のコーヒーを歩きながら一口飲んだ。

芳樹は何も言わず、拓也の顔だけを一度見る。


「なんだよ」


その微妙な動きに、無言の訴えを感じたため、拓也が横を向く。


「いえ……」


二人は、そのまま2歩進んだが、拓也が足を止める。


「大林、意見が違うのなら、ハッキリ言えよ。ウダウダしているのが嫌いだって事、
お前、知っているだろう」

「知っていますけれど……いや、違うって言うか……ですね」

「ですねってなんだよ」

「あぁ、はい、言います、言いますから」

「そうだよ、早く言え」

「以前から思っていたことなのですが、
広瀬さんって、営業や企画のセンスが半端ないくらいあるのに、唯一……ですよね」


芳樹は言葉を濁すように話し、一人でにやつき始める。

口元が動き、おかしくなってきたのか、鼻までピクピク動き出した。


「面倒だな、唯一、そこからなんだよ」

「いや、いいです」

「は? 途中でやめるなよ、大林。お前、そういうのを卑怯と言うんだ」

「卑怯? 卑怯ってなんですか」

「卑怯の意味も知らないのか、お前」

「……知ってますよ」


二人の歩みは、駅の構内を出て、大きな横断歩道の前まで到着した。

同じように電車に揺られ、ビルに入ろうとする社員たちが、信号待ちの間に、

どんどん増えていく。


「味覚です」

「味覚?」

「広瀬さんって、あまり食にこだわりがないというか、こう……」


芳樹は、この間の社員食堂で出た『鳥のケチャップ煮』が、

あまりにも『ケチャップ』の味しかしないことが不評だったのに、

拓也が何も言わずに食べていたというエピソードを持ち出した。


「ケチャップ煮なんだから、ケチャップ味だろうが」

「……あ、だから」

「お前、俺が『味音痴』だとでも言うつもりか!」


横断歩道を渡りながら、拓也は芳樹の前にわざと足を出す。


「ちょっとやめてくださいよ、ここで転んだらどうなると思っているんですか、
朝から、洒落にならないです」

「洒落になんてするものか。この大通りで、笑いものにしてやる」

「……広瀬さん」


芳樹は『味音痴』だとは言っていないと、弁明する。


「甘いや辛いはちゃんとわかってるぞ」

「当たり前です。それがわからなかったら『音痴』じゃないですよ。
『味覚障害』です」

「何? 今度はなんて言った?」

「あぁ、もういいです。僕が全て悪いですから」


拓也と芳樹は、言い合いを続けながら横断歩道を渡り、本社ビルの中に入った。





「おはようございます『かもと』さん」

「あら、バタちゃん」

「今日ですよね、新商品の発売」


東京で老舗のせんべいや『かもと』のショップが、『KISE』の地下1階、

食料売り場に入っている。彩希は、早く来ていた店員に声をかけ、

そのショーケースの上に手と顎を乗せた。視線は、奥に置いてあるダンボールをとらえ、

視線で訴えかける。


「よく知っているわね、うちの新商品が出るなんてこと」

「もちろんですよ、楽しみにしていたんです」


『KISE』にも、他の百貨店同様、地下には食料品売り場が整っている。

半分は肉や魚などの生鮮食品関係、つまり普通のスーパーのような作りになっていて、

駅の地下から入れる前半分は、ご贈答用などで使われる菓子売り場になる。

もちろん、百貨店といえば必ずあるという有名店、老舗など、

絶対王者的な店はいくつかあるが、

『KISE』本社の営業企画が入荷を決めたお菓子などもあり、

この部分が、他の百貨店と差をつける商品だった。


「2袋、必ず買いますから、とっておいてくださいね」

「はいはい、バタちゃんの予約」

「ありがとうございます」


彩希は『かもと』の店員に頭を下げると、一度売り場の奥に戻り、

リボンや帽子が曲がっていないか、最終チェックをした。


「よし……」


朝、一緒に通勤していた職場仲間の恵那は、惣菜部門を担当しているため、

売り場はもう少し奥になる。


「ねぇ、バタちゃん。奥に商品が届いたみたいよ」

「……はい」

「実は私さぁ、昨日から腰の調子が悪いの、頼める?」

「わかりました、行ってきます」


彩希はベテラン店員の『竹下潤子』にそう言われ、小走りに駐車場の方へ向かう。

竹下は彩希の後姿を見送ると、もう一人の店員『高橋明恵』に目配せをした。

高橋は竹下のそばに行き、名札を直す。


「あの子、断るって事を知らないのよね。毎日バタバタ走り回って。
よく疲れないわよ」

「疲れないのは若いから、理由はそれよ。
私たちはね、今まで日本のために家族のために頑張ってきたの。
無理しちゃダメ、本当に腰が痛くなるもの」


高橋の言葉に、竹下はその通りねと軽く笑う。

そう、彩希が『バタちゃん』と呼ばれる理由は、2つ存在した。

恵那のように親しみを込めて、名字の江畑から取り『バタちゃん』と呼ぶ人と、

竹下や高橋のように、バタバタ動くという彩希の行動を、

あだ名に乗せた人もいるからだ。

ただし、本人は、こんな話をされていることなど、一切知らない。


「ねぇ、それより聞いた? 『東栄百貨店』のパート契約」

「何?」

「お給料……ちょっぴり高いの」

「あら……本当に?」


竹下と高橋は、それならば、安い分のんびり仕事をしようと言いながら、

包装紙を半分に折り始めた。



1F-③




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