2F 意地っ張りで身勝手な男たち ①

2 意地っ張りで身勝手な男たち

2F-①


朝からの勤務だった彩希は、その日、4時過ぎに仕事を終える。

開店時に頼んでいた『かもと』の新商品を購入すると、更衣室で着替えた。

朝、濡れていた道路も、乾き始めている。

タイムカード代わりの社員証を読み込むと、『ピッ』という電子音がして、

時間が表示された。


「お疲れ様」

「お先に失礼します」


地下から地上に出て改札を抜ける。

ホームに立ち、電車を待っていると、今日店内に流れていたメロディーが、

頭の中に残っていたのか、無意識に何度も口ずさんでいた。

数分後、到着した電車に乗ると、ちょうど目の前の席が一つ空いていたので、

彩希はリュックを下ろすと邪魔にならないように、前でしっかりと抱える。


「はぁ……」


働いているときには、あまり感じないが、こうして腰を下ろすと、

さすがに立ち仕事をしてきたという気持ちになった。



彩希の家は、『木瀬電鉄』の本線から分かれる『支線』に乗り換え、

真ん中くらいの場所にある。

以前は、同じ支線でも鹿野川という別の方面に住んでいたのだが、

その場所は都市開発という名目で、大きなマンションが建つことになり、

借家だった『江畑家』は、とある条件を了解し明け渡した。



『福々』(ふくふく)

『福々』は、彩希の祖父、江畑新之助が和菓子職人の修行を終えた後作った店で、

彩希の父と祖母、三人で守っていた和菓子店だった。

お店と、借りていた家は、目と鼻の先にあったが、

どちらも賃貸だったため、『開発』の波に飲み込まれ、

土地を手放す決意をした大家の意向に、従うしかなかった。

祖父と同じように和菓子職人になった父と、江畑家に嫁に来た母の話を、

当時高校生の彩希も、それなりに聞いていて、

『福々』は、もとの場所でまた商売を続けるものだと思っていたが、

出た結論は、場所を移して再出発というものだった。

新たな場所を探し、もう一度と夢を見た『福々』だったが、

何もかも新しい環境に、年を重ねた祖父と職人気質で愛想のない父が馴染めず、

結局、3年ほどで店を諦めた。



彩希の『福々』話は、この後さらなる展開を見せることになるのだが、

それはもう少し先のことに……



座席を確保した彩希のまぶたは、この後、家のある駅を通り過ぎ、

3つ先まで開くことがなかった。





「あ、美味しい」

「でしょ、今回は、より焼きにこだわっていると思うの。
前は少し焦げのにおいもしたけれど、これには全然ないから」

「焦げ? そんなにおい、あった?」

「あったよ、お母さんわからなかった?」


『キセテツ』の駅を3つ寝過ごした彩希だったが、なんとか家に戻り、

『かもと』の新商品をテーブルの上に置くと、口の中に含んだ感想を披露する。

彩希の母『江畑佐保(さほ)』は、お茶を入れながら、あきれ顔で笑った。


「彩希は、本当におもしろいわよね」

「おもしろい? どういうこと?」

「だって、普段は忘れ物をしたり、方向音痴で道に迷ったり、
そうそう、今日みたいに寝過ごしたり、日常生活は大丈夫だろうかと思うくらいなのに。
お菓子に対する鋭さは、本当にすごいと思うもの。ほら、『絶対音感』ってあるでしょ。
生活の音を音階に変えてしまう人のこと」

「うん、聞いたことある」

「彩希は、『絶対味覚』みたいなものがあるというか……」


佐保は、お菓子だと何を食べても、色々わかるのが面白いと言いながら、

お茶を一口飲む。


「『絶対味覚』なんてないよ。それより、日常生活大丈夫って、
その言い方、結構キツくない?」

「そう? でも別の部分で褒めたじゃない。まぁ、『絶対味覚』は大げさだけど、
おじいちゃん、お父さんと続いている職人の舌の鋭さが、彩希にはあるのかもね」


佐保はそういうと、もうひとつお菓子を口に入れる。

彩希は、今朝、電車の中に置き忘れてしまった傘のことを思い出す。


「まぁ、そうか……確かに、色々とダメなところは多いよね、私」

「何よ、急に。寝過ごしの他に何かしたの?」

「何かというか……」


佐保の問いかけに、彩希は今朝の出来事を語る。


「やだ、傘だけ?」

「そう……」

「どういう立ち方していたのよ、彩希」

「普通だって……」


彩希は自分は悪くないと言いながら、またお菓子を一つ手に取った。





彩希が家に戻り、仕事の疲れを癒やしている頃、拓也はまだオフィス内にいた。

企画書の手直しをしたあと、さらに別の書類を作りながら、PC画面を見つめる。

イベントが近い売り場を担当するメンバーたちが、互いに声をかけあい前を動いた。

拓也は入力を全て終了し、印刷の指示を出すと席を立つ。

そのまま廊下に出て、ポケットからタバコを取り出した。

本来なら『喫煙所』まで行かなければならないのだが、

とがめる人間はすでにまわりにいないため、

拓也は灰皿代わりにしている小さな缶を手に持ち、光の方へ視線を向ける。

窓から見える駅には、『キセライナー』と呼ばれる通勤特急が止まっていた。

普通の通勤列車と違い、これは遠距離通勤を意識して作られた車両になる。


「遠くからご苦労さん……」


拓也は、タバコに火をつけ吸い込むと、それを味わうようにゆっくりと吐き出した。





「おい、広瀬! 広瀬はどこにいる」

「目の前にいます」


次の日、朝から小川課長の怒りは頂点だった。

ドスドスと音を立てながら歩き、鼻息も荒い。

手に持ったファイルは、すっかり握りつぶされていて、顔は真っ赤になり、

明らかに血液が上へ上へと向かっているのがわかった。


「これはどういうことだ」

「中身は読まれたのですか」

「あぁ……」

「それならそういうことです」

「そういうことじゃない!」


昨日同様、ファイルごと机にたたきつけると、

同じように出口を求めた紙たちが、バラバラになろうとする。

前に座っていた女子社員がまとめようと席を立った。


「そんなものまとめなくていい」

「いえ、でも」

「こんなもの、扱えるわけがないだろう」


小川は、拓也に向かって、

何か自分に対して嫌がらせをしているつもりかと、そう尋ねた。

拓也は席を立った女子社員に、大丈夫だと声をかける。


「広瀬さん、でも……」

「拾わなくていいですよ。すでに他の課長にもファイルを作り、
デスクの上に置かせていただいたので」

「何!」


小川は自分の右側に並んでいる、他の売り場担当課長のデスクを見た。

拓也の言うとおり、デスクの上には何やら書類があり、すでに読み始めている人もいる。

拓也は声を張り上げた小川の前で軽く首を動かし、肩を回した。


「PCは肩が凝りますよね」


拓也が昨日、ホームを出て行く『キセライナー』を見送りながら作り上げたのは、

ある企画書だった。



2F-②




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