2F 意地っ張りで身勝手な男たち ②

2F-②


『木瀬百貨店トータルブランド』



もちろん、企画自体は以前から温めていたものになる。

拓也は、売り場を渡り歩き、経験した中で感じたことがあり、

これまで何度も課長の小川に、『売り場同士の協力』を訴えてきた。

が、しかし、互いに同じフロアで仕事をしているものの、

競って成長するという昔からのしきたりが根強くあり、

他がどういう戦略で動いているのか、明らかにされていないことが多かった。



今、世の中の百貨店は、売り上げをあげるために、どこも苦労している。

催事を行うことで、一時的に盛り上げることが出来ても、

根本的に解決するところまではいっていない。

というのも、『専門店の方が、より深くものを見ている』という考え方がすっかり定着し、

幅広い知識よりも、掘り下げた知識を信頼し、重宝する現場も増えたからだった。

さらにネットの広がりが、全国どこからでもご当地のものを手に入れられるという、

新しい流通システムを作ってしまったため、

『何もかもが揃う』という百貨店の売りは、『何も特徴がない』という、

最大のネックになってしまっている。

これが拓也の分析だった。


「入社5年で、まぁ、4つの売り場を渡り歩かせてもらっています。
それぞれはそれぞれで工夫もしているでしょうが、
『木瀬百貨店』は横のつながりが、とにかく皆無です。
発展する段階で、競わせていた名残なのでしょうが、
これでは全体の売り上げをあげていくのは難しい」


拓也は、視線を戻した小川の前に企画書を置き、企画の説明を開始する。

時には身振りをプラスし、単調にならないようにした。

声も大きく、意見も堂々と発表する拓也の、演説とも言えるプレゼン状態に、

別売り場の社員たちも、耳を傾け始めた。

その中には、拓也が勝手に資料を置いた、他売り場の上司たちも入ってくる。


「今の若い世代には、正直、『百貨店』というブランドは、
あまり通用しなくなっています。堅苦しい、高い……
アンケートでもそんな言葉が多く並びますから。
しかし、その世代を子供に持つ親、さらに今、一番の富裕層とも言える年配客には、
まだしっかりとした基準が残っています。『百貨店で買えば間違いない』。
おそらく、この感覚を、この世代が捨てることはないでしょう」


拓也はそういうと、ぜひ、これを会議で提出してほしいと、小川に迫った。

小川は、企画書からもう一度、周りに視線を動かす。

すると、拓也の演説が行われたおかげで、販売企画部全体が、それからどうなるのかと、

こっちを見ていることに気付く。

今、この部屋の中で立っているのは、小川と拓也だけだった。

まるで、拓也のプレゼンを全員で聞かされているような状況に、

課長という『立場』のプライドが、最後の力を振り絞ろうとする。


「広瀬、残念ながらこれは無効だ」

「無効? どうしてですか」

「いいか、広瀬。いくらお前があれこれ考えても、一人では何も出来ない。
相手のことも考えず、意見を押し付けるのは非常識だろう。
横のつながりがどうのとか、今の若い世代がどうだとか、色々と並べてきたが、
『木瀬百貨店』は規律と伝統を重んじてきた。古めかしいと言われても、
そのしっかりとした仕事の基準が、この今を作り上げてきたのだ。
こんなルール違反を認めるわけにはいかない」


小川は、『認められない』という部分に力を込め、

拓也の出した企画書の紙を右手に持ち、ファイルごと掲げてみる。

窓から入る太陽の光りがファイルのフィルムにあたり、キラリと反射した。

小川は、拓也に負けないよう演説風に意見を述べる。

言い切ったという思いからなのか、自然と鼻が大きく膨らんだ。

そして、一応、周りの反応をそれなりに探る。


「意見は、直属の上司である私に提出して、それからだ。
全く、言いたいことを、言えばいいってものじゃない」


この部屋全体のどこかから感じる、『上司にものを言う』という期待感を、

小川は一気に切り取った。

他売り場の担当者も、上司が許可を出さないのなら無効なのだろうと、

ファイルを横に流してしまう。

止まっていたように見えた時間が、また動き出す。


「伝統……規律……何が今を築いたですか。
それを見直していかないと、次なんてないかもしれない。
いや、そんなことにこだわっているから、だからどんどん下がるんですよ」

「は?」

「今を変えないことを、理屈づけしていくのは、
ようは地位のあるものを守るために、防衛柵を作っているだけでしょう」


拓也は、下から出てくる意見をまとめきれないのは上が悪いと、

さらに意見をぶつけ始める。

そのやりとりの一部始終を聞いている芳樹は、今日はどこまで行くのだろうと、

拓也を見ながらハラハラしていた。

その芳樹の斜め先では、この4月、別店舗から異動になった『横山エリカ』が、

拓也を見ながら、楽しそうに足を組み直す。


「防衛柵だと」

「そうです」


拓也は余裕がないから、そうして守りばかりになると、小川の目の前でつぶやいた。

エリカは、リズムを取るように、ヒールを履いた足首を、上下に何度も動かしている。


「広瀬、お前入社何年目だ」

「5年です」


拓也はまたそれかと思いながらも、答えを返す。


「そうだ、5年だろ。なぁ、5年で全てわかったようなことを言うな。
俺はな、大学を卒業して、ずっとこの『木瀬百貨店』のために働いてきた」

「はい、わかっています。その話は何度もお聞きしました」

「それなら、人生の先輩に対して、少し遠慮というものを学べ。
お前には、まだまだ足りないところがあるんだ、この仕事はそんな浅いものじゃない」


小川は机を軽く叩き、さらなる意見を述べようとする。


「1年だろうが、3ヶ月だろうが、気付くものは気付きます。
しかし、残念なことに、気付かないものは一生気付かない」

「は?」


拓也は、机に乗せた小川の手の横に自分の両手を置くと、

ひるむことなく、さらに前へ出ようとする。

拓也の迫力に、小川が両手をどうしようか思い始めたその瞬間、

急にビルが揺れ始めた。


「……あれ? やだ、地震?」


ガタガタと音をさせ、社員たちからも悲鳴が上がる。

デスクの上にあるものをそれぞれが押さえ、互いに声をかけあった。


「なんだ、地震だ、おい結構、揺れてるぞ」

「ちょっとやだ……」



日本は火山の中にあるような、『地震大国』のため、

震度3や4の地震は、それほど珍しくはない。

『木瀬百貨店』の本部が揺れたとき、

当たり前だが反対側にある『KISE』の店内も揺れていた。

それぞれの店員が身をかがめ、慌て始める。

ベテラン店員の竹下も、意味なく右往左往し始めた。


「竹下さん、大丈夫ですよ、落ち着いてください」


そばにいたチーフにそう声をかけられたので、すがるものがあったと気づいた竹下は、

その後ろに回る。幸い、開店前のため、まだ店内には客もなく、それぞれが身を守った。

冷静な店員たちは、普段から行っている避難訓練どおりに動こうとする。


「竹下さん、ちょっと……離して下さい」

「どこに行くつもりよチーフ。私を残して……」

「残してって、僕は立ち上がろうとしているだけです」


一度止まったかと思った揺れが、再び起こる。


「キャー! チーフ。ちょっとあんた男でしょう。ここにいなさいよ」


竹下は、チーフの首を後ろからつかみ、影に隠れようとする。


「引っ張らないでくださいって。首、絞まりますから」


結局地震は、揺れ、停止、揺れで、おさまるまで1分ほどかかった。

大丈夫かしらと、店員たちがざわつき始める。


「竹下さん、首!」

「あ……あらあら」


竹下は揺れが止まったわと言いながら、チーフの首から手を離した。





本部ももちろん揺れが収まったことがわかり、拓也はあらためて小川の顔を見る。


「この地震は、俺の責任ではありませんが」

「そんなものわかっている」


小川は、演説風に盛り上がって言い返したものの、地震というクッションが入り、

あらためて、この先も言い争えるような言葉が浮かばないことに気付く。

拓也の顔は、相変わらず自信満々に思えたため、真剣なにらみ合いを避けるように、

会議があるからと、拓也が提出したファイルをデスクの上に残し、

上着を取ると、さっさと席を離れていった。

逃げ足だけは速い、小川がバタンと扉を閉めた音がする。


「結局、逃げか……」


取り残されたファイルを持ち、拓也は席に戻った。



2F-③




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント