3F わかる女とわからない男 ②

3F-②


「おはようございます」

「おはようございます」


彩希は着替えを済ませると、契約社員たちを束ねるチーフのところに向かった。

竹下や高橋よりも、その男性は仕事をしている期間が長く、

本部の社員と連絡を取るのも、いつも彼だった。

彩希がポケットからパンフレットを取り出したので、自然と視線が動く。


「あの……少しお聞きしたいことがあります」

「何?」

「実は、知り合いがこういうものを販売していまして」


彩希は男性にパンフレットを渡した。


「で、何?」


チーフはチラッと見ただけで、すぐ顔をあげる。


「あの……実演販売の許可とかって、もう決まった会社しか出ないものでしょうか」


彩希は、この会社に、予選会のようなものがあれば、参加できないかと聞いてみる。


「実演販売? そんな専門外のことは、俺にわからないけどな」

「ですよね、だと思っていましたが、私、本部の方、誰も知らなくて」

「うーん……」

「チーフ、どなたか話せるような方、ご存じないですか?」


彩希は、きっかけだけ与えてもらえれば、自分で動きますと話したけれど、

チーフにはあまり本気にされることなく、朝礼が始まるからと、逃げられてしまった。

彩希も、それ以上、しつこく言い続けるわけにはいかず、姿を鏡で確認し売り場に出る。

すると、彩希を見つけた竹下と高橋が、すぐにすり寄ってきた。


「ちょっとバタちゃん、どうしたのよ、チーフに朝から」

「あ……いえ、ちょっと聞いてみたいことがあって」

「何、何? 昨日、男の人がバタちゃんを訪ねて来たって聞いたわよ」


竹下は親指を立て、『彼氏』なのかと、合図をしてくる。


「違いますよ、もう……すぐにそういう話になるから」

「だってねぇ……」


高橋はたまには刺激もないとねと言いながら、竹下と一緒に笑い出した。





拓也がエレベーターを降り、ラインの集まる部屋の扉を開けると、

そこにいた社員の視線が、拓也に向けられた。

しかし、本人は壁の時計を見ながら進んだので、その視線には全く気付かない。

そのまま奥に進み、デスクにカップを置くと、何気なく視線が右に向かった。



『広瀬拓也 食料品第3ライン 担当を任命する』



拓也は、その用紙が無視していいものではないことに気付き、

手にとって、書いてある文字全てを確認した。

『食料品第3ライン』というのは、地下の食料品関係の中で、

主に嗜好品、お菓子などの担当をするところだった。

拓也はその紙を持ったまま、小川の席を見る。

デスクにはまだ誰も座った気配がなかったので、

拓也はコーヒーをテーブルに残すと、入り口に向かった。


「……ったく、どういうことだ」


今まで何度も異動はあったが、とりあえず春や秋というシーズンに行われた。

これだけ急激に異動を命じられたことは一度もなく、

さすがに拓也も、このまま紙を受け取ることは出来ないと判断する。

企画書に対する嫌がらせだと思い、エレベーター前で小川を待った。

姿を見たら、たたき切るくらいの意気込みで待っていると、

数分後に、小川を乗せたエレベーターが到着した。

扉が開いた途端、仁王立ちした拓也がいたので、

エレベーターの中にいた社員たちは、右と左に分かれてとばっちりを受けないよう、

小走りになる。


「課長」

「おぉ、広瀬。どうした」


何もかもわかっている小川は、右と左に逃げることなく、そうとぼけてみせた。

正々堂々、ど真ん中を歩き出す。


「どうしたも何もないです。なんですかこれ」

「ん?」


小川は、拓也が渡した用紙を受け取り、大きく頷いた。

そして体を企画部のある方へ向ける。


「あぁ、うん。驚いただろうな。確かに突然のように思えるが、
秋の『ごっつあん祭』、そして、さらなるレベルアップに向けて、
どうしても優れた人材を送り込みたいと、以前から言われていてね。
それぞれの担当者から、推薦を求められていたんだよ」


小川は、歩きながら説明し続け、拓也はその後を追う。


「食料品売り場は、今、百貨店の顔のひとつだ。そこが充実しているのかどうか、
それだけで全体の売り上げまで変わってくる。
しかも『久山坂店』は木瀬百貨店の中心だ。だからこそ、ここはと思ってね」

「あの……」

「広瀬なら間違いない、昨日、私はそう確信した。
『優秀な人材が欲しい』という話を打診されていたから、
いやぁ……これで肩の荷が下りたというか」

「肩の荷?」

「あぁ、いや、君の目指す『トータルのブランド』を確実なものにするのなら、
より、いろいろな場所を経験し、プラスにしてもらいたいんだ。
言っただろ、経験は大切なんだよ」


小川は、そう言いながら入っていく。

それを追う拓也も、当然ながら中に入った。


「しかし、課長。食料品売り場は全く別物です。他の売り場で扱う物は、
『北』と『南』に統一感がありますけれど、嗜好品は店の選択も細かいですし、
それぞれの店舗で仕切らないとならないところも多いはずです。
それに、どうして異動の季節ではない今なのですか」


拓也の言葉に、小川の歩みが止まる。

振り返った顔は、待ってましたとばかりに、嬉しそうな笑みがこぼれていた。


「あれ? 別? 広瀬、今君は別という言葉を使わなかったか?
いやいや、それはおかしいぞ」


小川はまた歩き出し、自分の席へ着いた。

上着を脱ぎながら、『いやいや』を連発し、首を左右に振る。


「広瀬、君は売り場をわけてしまうのか?
寝具も衣料も食料品も全て合わせて『トータル』だろ?
横のつながりだろう。『トータル』とは、そう、全て丸ごとのはずだ。
ここが違う、あれは嫌だ、そういうものを『トータル』とは言わないよな」


小川は、嬉しそうに両手で大きく丸を作る。


「トータルだろ……トータル。みんなで、あちこち、どこでも一つだ!」


拓也は言い返そうとするが、その口を閉じる。


「いや、別にいいんだよ、どうしても嫌だと言うのなら、断ってくれても。
うちだって、君という戦力を失うのは大きいからね」


小川はデスクに荷物を置く。


「だがね……」


小川は課長の椅子に腰かける。


「この異動を不服と言うのなら、『トータル』だの、
自分は色々とわかっているかのような発言は、今後一切、しないでくれ」


小川は、拓也を指さし、そう言い切る。


「どんなところでも、自分の力を発揮するオールラウンダーの人材、
そう、そういう適応能力のある人間の言葉こそ、力を持つと言うものではないかな。
……と、私は考えるのだがどうだろう」


小川はそういうと、拓也の顔を見ながらにやりと笑った。



3F-③




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