3F わかる女とわからない男 ③

3F-③


『食料品第3ライン』

その日の拓也は午前中、取引のあった企業に向かう予定があったため、

小川とのバトルは途中で終了せざるをえなかった。

行くも断るも自由という、珍しい『異動』の知らせだったが、

小川の本心は、『異動』と決めているように思え、

地下でこんな嫌がらせが進んでいたのかと、ため息が落ちる。

それでも、取引先の相手に、不快な思いをさせるわけにはいかず、

拓也は気持ちを別の場所に移し、精一杯『寝具担当』として、相手に向かった。

『キセテツ』に揺られ、駅まで戻ってくると、時刻はすでに12時を回っている。

改札を出て左に曲がるつもりが、足は自然に右に向かった。

正面に見えるのは『KISE久山坂店』の入り口。

女性の化粧品や、装飾関係という華やかな商品が並び、買い物客を出迎える。

その入り口手前には、地下にそのまま向かえる階段と、エスカレーターがあった。

拓也はそのエスカレーターで、地下に向かう。

同じく、駅に乗り入れている地下鉄の改札から、

まっすぐに入れるのはこの入り口で、その瞬間も電車が到着したのか、

店内に吸い込まれる客の流れが、目の前に見えた。

入った瞬間、鼻に届く甘い香り。

新鮮な果物をミキサーで搾り、

そのまま提供するという『フレッシュドリンク』の店が入り口左にあった。

拓也はそのまままっすぐに、売り場へ向かう。

女性客がケースの前に立ち、かわいらしいケーキを選んでいる。

すでにいくつかの店舗を回ったあとなのだろう。ビニール袋を3つ持っていた。


「迷うわよね」

「そうですね」


女性店員が、お勧めのケーキだと、

トングを持ちながら丸いチーズケーキの説明をし始めた。

拓也はその横を通り、さらに奥へ向かう。

洋菓子部門の横には、和菓子部門があり、テレビのCMなどでもおなじみの店が、

落ち着いた色合いのブースを作り、1本数千円する『羊羹』を木彫りのお盆に乗せ、

常連客に注文の品で間違いがないかと、尋ねていた。


「あの……すみません」


身長のある拓也は、女性客の多い店内で目立ったのだろう。

年配の女性が一人、声をかけてきた。


「はい」

「少し伺いますがねぇ……『抹茶』を使った、私たちのような年寄り向きのお菓子は、
どこで買えばいいでしょう」

「は?」


拓也は、初めて来たとも言える食料品売り場で、いきなり質問され、

どうしたらいいのかわからなかった。ここは自分も客のふりをしようと思ったとき、

手に『KISE』の文字を記した書類の袋を持っていたことに気付く。


「ケーキもいいいし、和菓子もねぇ……」


スーツの襟には、『木瀬百貨店』のロゴが入った社章もついている。


「すみません、私はこの売り場の担当ではないもので、少々お待ちいただけますか。
詳しそうなものを呼びますので」

「あ……はいはい」


拓也は誰に話を振ればいいかと思い、

とりあえず、目の前で商品を補充している女性店員に声をかけた。


「はい」


拓也が声をかけたのは、竹下だった。


「すいません、こちらのお客様が、『抹茶』を使ったお菓子を探されていて。
私はわからないので、教えてあげていただけますか」

「あら……はい、わかりました」


竹下はすぐに客のそばに向かい、話を聞き始めた。

拓也はよかったと胸をなでおろす。

それにしても『抹茶』というキーワードを出されたことで、

売り場を見直してみると、あちこちの店に、『緑色』のものが見えた。

抹茶をつかったケーキ、チョコレート、そしてクッキー。

饅頭の上にかけたものもあるし、せんべいにも使われている。

プリンや飴などもあわせると、いったいいくつあるのかわからないくらいだった。


「あ……バタちゃん、いたいた。ねぇ、ちょっと」


少し前に拓也と話した竹下は、慌てた様子で前を通り過ぎた。

竹下は売り場で接客を終えた若い女性を、何やら引っ張っている。


「どうしました」

「どうもこうもないの。とにかく来てって」


拓也は、竹下に引っ張られる彩希を見る。

その視線の先には、先ほどお菓子のことを聞いてきた女性が、

もう一人の店員と立っていた。

少し前までの優しい表情ではなく、どこか怒りに満ちているような顔は、

あれから何かが起きたのだと、すぐにわかる。

拓也は何気なく、竹下と彩希の後を着いていった。


「どうしたもこうしたも、『抹茶』のお菓子って聞かれたからさ、
『千波庵』をお勧めしたらいいと思ったのよ、年配のお客様だったし」

「……はい」

「そうしたら、ここの商品なら知っているって、急に怒ってしまって」


竹下は自分は悪くないのだと言いながら、彩希を引っ張った。

彩希は客の前に立ち、まずは謝罪をする。


「申し訳ございません、ご希望のものと違っていたと」

「違っているというより、ここだと言われてしまうのなら、
聞く必要もなかったと思っただけです」


年配の女性は、『千波庵』が悪いというのではなく、

色々あるものを全て食べるわけにはいかないので、教えて欲しかったと言いなおした。

拓也は、連れて行かれた彩希が、どういう対応をするだろうと黙って見る。


「抹茶味のものをお探しだと……」

「そうです」

「どういった『食感』のものがよろしいですか」



『食感』



彩希が語った言葉は、拓也にとって予想外のものだった。

和菓子なのか洋菓子なのか、選択はそこだと思っていただけに、

驚きとともに、さらなる興味がわく。


「えっと……そうね……もう年を取っているので、
出来たら堅いものより、口の中でふわっと溶けてしまうようなものがいいわ」

「『ふわっと』ですね。はい。それと、アクセントとして使われているくらいがいいのか、
それとも、『抹茶』本来の香りを楽しみたいのか、どちらでしょうか」


彩希はいくつかの質問を済ませると、その客と一緒に店内を歩き出す。

竹下は面倒な客が側を離れたと安堵の顔を見せ、『千波庵』の担当者も、

店の前に出来た小さな人だかりが崩れていくのを、見守った。

彩希は『和菓子』の店の前に止まり、とある商品を紹介し、

さらに『洋菓子』の店の前に止まり、また別の商品を紹介する。

最後に見せたのは、『木瀬百貨店』が契約しているお店の『ソフトせんべい』だった。

拓也の目の前で、彩希の説明は続く。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」


年配の女性客は、数店舗を歩き、

自分の選んだ『お菓子』に満足げな笑みを浮かべ、駅へ向かう。

彩希は『KISE』の袋を持ち、帰っていく客の後姿をしっかり見送り、

拓也はその彩希の後ろで、二人の様子を見守った。





昼食時間を過ぎた社員食堂は、いつもの混雑した雰囲気はすでに無く、

食器の片付ける音や、数人で雑談をする声などがよく響いた。

拓也はそこに箱と袋を持ち込み、目の前に並べる。

彩希の説明を聞き終えた後、拓也は説明に選んだお菓子をそれぞれ購入した。

さらに最初、竹下が勧めた『千波庵』の『抹茶ロール』、

さらに自分の目で選んだものも入れ、目の前には5種類の『抹茶味』が並ぶ。

左からフォークで一口大にし、順番に口へ入れていく。

広がる抹茶の味、それぞれの食感、一つ口にしてはお茶でリセットしていく。


「ふう……」


すると目の前を一人の男が通り過ぎ、数秒もしない間に、また視界に戻ってきた。


「あ……やっと見つけた」


走ってきたのは芳樹だった。

まだ、席についていない間から、どこで何をしていたのかと大きな声を出す。


「広瀬さん」

「大林、普通に話せ。十分聞こえているから」

「はい」

「で、何をしていたかと聞かれたら、俺は仕事をしていると答えるしかないな。
買い物に来ているわけじゃない」

「そういうことじゃないですよ。聞きましたよ、異動の話。
しかも『食料品第3ライン』って、広瀬さん……」


芳樹は、勢いのまま言いかけた台詞を、急ブレーキをかけて無理矢理おさめる。


「バカな広瀬さんには、向かない職場だって、そう言いたいんだろ」

「僕がいつ、そんな言い方をしましたか。
広瀬さん、だんだんと嫌みな短縮になっていますけど……
僕が言ったのは、広瀬さんは企画力も営業力も人の数倍すごいのに、
味を評価するのは、人より少し……あ、えっと、いや、人より少しマイルドというか……」


拓也はすぐに顔をあげる。


「大林」

「はい」

「お前、『善意の裏にある無意識の悪意』ほど、汚い物はないんだぞ。
遠回しにしようとするな、『マイルド』だと? 
それじゃ、完全に説明としてコースアウトだ。
何を言いたいのかわからない。伝えたいことはしっかり伝えてくれ。
『味覚音痴』。お前が言いたいのは、そこだろ」

「……すみません」

「そういえばお前、今朝いなかったな」


拓也は、毎日同じ場所から乗り込み、

近くに立つ芳樹がいなかった朝の光景を思い出した。



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