3F わかる女とわからない男 ④

3F-④


「はい。僕は今日、以前から予約をしていた歯医者に行ってから来ましたので」

「歯医者って虫歯か」

「いえ、定期健診です。夜は7時までしか開いていないので、
仕事が終わってからだと間に合わないんですよ」

「定期健診? つまり痛いところがないのに、わざわざ行ったのか」

「はい」

「ご苦労なことで」


拓也は、ご苦労ついでに、前に並べた5種類のお菓子類を、

それぞれ食べてみてくれないかと、芳樹に頼む。


「これを、食べる」

「あぁ。それで、どう思うのか聞かせてくれ」

「どう思うというのは」

「いいから食えって。それもしないようなら、邪魔だから消えてくれ」


拓也は茶化すのなら邪魔だと、手で払うまねをする。


「食べますよ、今」


芳樹はそういうと、左から1つずつ口に入れ出した。拓也はその様子を見続ける。


「ん?」


芳樹は3つ目のお菓子を口に入れた瞬間、明らかに表情を変える。


「どうした」


拓也は、芳樹が自分にはわからない何かに気付いたのかと、少し前のめりになる。


「気になったものですから」

「気になる? 何がだ」

「はい。そういえば医者に言われた時間を過ぎていたかなと、一瞬気になって」


芳樹は、歯の検診終了後、『1時間は食べ物を入れないよう』

言われたことを思い出したと拓也を見る。

拓也は、前のめりになった体を、思い切り後ろに戻し、

いいから進めろと言いながら、背中を椅子の背もたれにあてた。





「小川課長、どうでしたか、広瀬は」

「まだ何も言ってきていませんよ、まぁ、プライドの高い男ですからね、
おそらく異動に従うでしょう。ここに残って、小さくなっていることなんて、
耐えがたいでしょうし」


拓也が『寝具』担当に入ってきたから半年、いつもハラハラさせられてきた小川は、

組み立ててきた計画がやっと実行されると、喫煙所でご機嫌にタバコを吸った。


「食料ラインの方は、あいつの身勝手ぶりをまだ知らないからね」


小川の隣で頷く男は、そうですかと言いながら、

自分のところには入ってきて欲しくないと、小さくなったタバコを灰皿にこすりつける。


「もう少しねぇ、あいつが上司を立てて仕事が出来るやつなら、
自由に色々とさせてやるのに、もったいないけど」


小川は、行っても残っても、広瀬は苦労をするだろうと、

また楽しそうにタバコを吸い込んだ。





「で、どうだ」

「はい」


芳樹は一番左にある『ロールケーキ』を指さした。


「抹茶の味は、これが一番強く感じました。スポンジもクリームも色でわかりますし」

「で?」

「あとは……」


芳樹は、羊羹やクリーム饅頭は『甘み』が強く、

せんべいやかりんとうは『後味』について触れた。

拓也は腕を組み、それを聞き続ける。

芳樹の言葉が終わっても、しばらく何も返しが出てこない。


「……以上です」


まだ何か言うのではと期待されては困ると、

芳樹は『終わり』のわかる言葉を、くっつける。


「なぁ」

「はい」

「根拠は」

「根拠? どういうことですか」

「根拠だよ。どうしてこれが一番抹茶を感じたのか、甘さを感じたのか、
後味も、どういう根拠なのかってこと」


拓也の問いに、芳樹は首をかしげる。


「ないのか、根拠」

「根拠って……いや、そうじゃないのかなって、思っただけです」


芳樹は化学実験じゃないのだからと、軽くつぶやく。


「そうか……」


拓也は両手を頭の後ろに組み、明らかに残念そうな声を出した。

芳樹は、何が悪かったのかと聞きなおす。


「今の感想、俺とほとんど同じだからだよ。
お前と同じような感想を、俺も持った」


拓也はそれぞれを指さしながら、『甘い』『濃い』など言葉を入れていく。


「そう、根拠なんてないんだよ。ただ、そう思った、感じた、それだけなんだ。
でも立場が違えばそれは成り立たない」


『食料品第3ライン』に異動すれば、それを考える立場にならなければいけないと、

拓也はまたロールケーキを口にする。


「今まで、どこに異動だと言われても、それならそれでやってやると、
強気でいられたのに、さすがに今回は自分自身、まずいかもという思いの方が強いんだ」


芳樹は、目の前に座る拓也の顔をじっと見た。

入社した4年前、何もわからない自分に仕事のおもしろさ、厳しさを教えてくれたのは、

この拓也だった。思ったことはそれを形にしようとする実行力、

大胆にテーブルクロス引きをしながらも、

上に乗っているものは一切落とさないような繊細さ。

今までに出会ったことがない人だという思いが、芳樹の心を強くとらえた。

その拓也から聞く、初めての『弱気発言』。


「広瀬さん」

「ん?」


芳樹は大事な話しなのだと言いたげに、体を少し前に出す。


「僕の同期が、実は『食料品のライン』にいます」


芳樹は、入社してから数ヶ月に一度、『同期会』というのを開いていること、

そこで話している『大山武(たけし)』が、同期であり、

職場の話もしてくれるのだと、初めて語り出す。


「武に聞いたことがあるんです。
どうやって店の選択とか、商品の選択とかをするのかって」

「あぁ……なんだって?」


拓也もそれに合わせて、体を少し前に動かした。


「そうしたら、ネットとか雑誌とかで流行を知ったり、
ライバル店のイベントに潜入して、傾向を知ったりすることも多いって……」


芳樹は、誰もが自信満々に仕事をしているわけではないと、そう拓也に言い切った。

絶対に間違いないもの、入れておけばいいもの、後は変えられるものなど、

ランク付けをしていると聞いた話を披露する。


「根拠なんて、きっと……」

「……ダメだな」

「は?」


拓也は、体を元の位置に戻すと、残ったお茶を飲み干した。

芳樹は、拓也の態度に不満を持つ。


「ダメってどういうことですか」

「俺は向かないってことだ。こだわることなく、流れるように仕事をするなんて、
絶対に出来ないし」

「……広瀬さん」

「成り行きだとか、ネットでとか、ライバルの後追いだとか、考えられない。
よし、決めた。それでいい」

「決めたって」

「異動なんてしないってことだ」


拓也は、残ったものは食べておけと芳樹に言い残し、

そのまま社員食堂を出て行ってしまう。

芳樹は一度待って下さいと立ち上がったが、片付けずに去ることも出来ず、

『抹茶』だらけの菓子類をただひとりで食べ続けた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【3】秋田   秋田もろこし  (木で造った枠に入れて固める、落雁の一種)



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