4F とんでもない依頼主 ①

4 とんでもない依頼主

4F-①


『何か、進展あったか?』



携帯に冬馬からこんなメールが届くようになったのは、

再会後、10日ほど経過した日からで、彩希は申し訳ないけれど、

結局、自分の力では上に話を持って行くことが出来ず、

期待には応えられないと返信をする。


「どうしたの? バタちゃん」

「うん……知り合いからメールがあったから」

「ふーん」


恵那は昼食を食べ進め、楽しそうに雑誌の記事を話題にし始めた。



『彩希に迷惑をかけて悪い。チャンスがあるかもと思ったけれど、そうだよな』



彩希が帰りの電車に揺られる頃、冬馬から戻ってきたメールには、

また『チャンス』の文字があった。彩希は、冬馬のがっかりした顔を思い浮かべ、

自分は本当にこの10日間、動いてあげただろうかと考える。

彩希が実際に起こした行動は、目の前にいたチーフに話を聞いただけで、

それから先は、竹下や高橋の視線が気になり、何一つ調べることもしなかった。

冬馬は、実演販売をさせろと言ってきたわけではなく、選考会でもあるのなら、

それに参加する方法を探して欲しいと、考えているはずだった。

彩希は、毎日通る地下の道を思い出す。

胸に『木瀬百貨店』のロゴがついた『社章』をつけた社員たちは、

名前こそ知らないが、何人も横を通り過ぎている。

彩希は携帯を閉じ、『やりきった』と返事をするためにはと考えながら、

吊り輪に捕まり、車内に立ち続けた。





次の日、彩希は遅番で、昼前に到着すればいい日だったが、

いつもの時間に電車に揺られ、職場に向かった。

地下の通路を通って、本部の方に入ったことがないわけではない。

頼みごとをされて、ものを運んだり、書類を届けたりしたことは数回あった。

制服に着替え、バッジをつけ、とりあえずウロウロしていても怪しまれない格好になる。


「よし……」


彩希は気合を入れると、すれ違う人にいつもどおりの挨拶をしながら、

何気なく地下通路を歩いていく。

色々な売り場の『販売企画』を担当する人たちがいるのは、

2階から4階だということはわかっている。

問題は『実演販売』を仕切る人たちが、どこにいるのかがわからないことだった。

とりあえず4階に降り、上から聞いていこうかと思っていたのに、

エレベーターの扉が3階で開いたとき、人の流れに負けて、外に出てしまう。


「あ……違った」


彩希が振り返ったときには、エレベーターはすでに扉を閉め切る寸前だった。

すぐに手を出そうとしたが、中にいる社員たちの視線に、

何もすることなく見送ってしまう。

隣のエレベーターは上から降りてくる状態なので、

しばらく待たないと上向きにはならないだろう。

彩希は階段を探し、上がっていこうと思い方向を変える。

すると、喫煙所でタバコを吸い、戻ってこようとした拓也と、廊下ですれ違った。

拓也は彩希を見てすぐに、あの『抹茶味』の客をさばいた店員だと気付く。

彩希は、視線をあちらこちらに移し、階段を探していたため、

挙動不審な状態で廊下を進んでいた。


「君……どこに行くの」


拓也の声に、彩希の足が止まった。


「食料品エリアの担当者なら、この階じゃなくて2階だけれど……」


拓也は彩希が担当者に用事があるのだろうと思い、そう声をかけた。

彩希はすみませんと謝り、すぐに戻ろうとしたが、また足を止める。


「あの……」

「はい」

「『実演販売』の会社を、決められる人たちは、どこにいますか」

「……は?」


拓也は、先日見かけた自信満々な彩希と違い、

不安ばかりでオロオロしている姿がおかしくて、つい笑ってしまう。


「何か私、おかしいですか」

「いや、ごめん。俺さ、君をこの間地下の食品売り場で見かけたんだ。
『抹茶味』のお菓子、ほら、『ふわっと』口どけのいいものを探していた人」


拓也はこれくらいの背で、手に杖を持っていた女性だと、さらに付け加える。


「あ……あぁ、はい。思い出しました」

「でしょ。あの人に一番最初、売り場のことを聞かれたのが俺なの。
でも、専門外だからって店員に振ったら、君が出てきて……」


彩希は、竹下の慌てた姿を思い出す。


「そうだったのですか」

「そう。あの日の君は、堂々としていたのに、
今のその動きは、明らかに不審者だからさ」


彩希は、すみませんと頭を下げ、あらためて『実演販売』のことを尋ねる。


「まさか君がやるの?」

「違います。えっと……」


彩希はポケットから冬馬の寄こしたパンフレットを取り出し、拓也に見せた。

拓也はそれを受け取り、軽く見る。


「ちょっといい?」

「はい」


拓也は喫煙所に戻り、あらためてパンフレットを読み始める。

彩希は、偶然担当者にぶつかったのだろうかと思いながら、拓也の様子を見続けた。


「ごめん。名前を聞いていなかった」

「あ、すみません。江畑彩希と言います」


彩希は自分から名乗るべきだったと、丁寧に頭を下げる。


「江畑さんね……で、これは江畑さんの知っている企業?」

「知っているというか、友人が働いています。
今でも小さなスーパーとかで『実演販売』をしているそうなのですが、
なかなか大きい場所でやれる機会がなくてと。
で、私が『KISE』で働いていることを知っていたので、
そういった担当者の人に、会ってもらうことは出来るのかと、そう聞かれて……」

「ふーん……」


拓也はポケットから名刺を取り出すと、彩希に差し出した。

彩希はその名刺を受け取り、名前を見る。



『販売企画 寝具担当 広瀬拓也』



「寝具……ですか」

「今はね。1年前は『日用品関連』のところにいて、『実演販売』の会社とも、
縁があったよ」

「そうですか」

「あぁ……だからこそ、すぐにこれで担当者を呼ぶことは出来ないなと、判断した」


拓也は彩希の渡したパンフレットを横に置く。


「大きな場所で商売をしたいという企業は、たくさんあるんだ。
『木瀬百貨店』としては、『実演販売』をする会社に、
場所を貸しているという間柄であっても、店内で売られるものに関しては責任がある。
食料品売り場も同じでしょう。
『ここにあるものだから、売っていたものだから大丈夫』って感覚。
お客様は、中にあるもの全てを『木瀬百貨店』と捉えるからさ」

「はい、わかります」


お客様には、売り場の境も、店員の違いも関係ない。

それは彩希にもよくわかるたとえだった。


「今すぐ、『ADB』の担当者と連絡が取れますか」

「今……すぐですか」

「そう。もし、今すぐが無理なら後でもいいです。で、俺に連絡をください。
こちらから担当者さんに連絡します。直接聞きたいところがいくつかあるんだ。
それをクリアして、実際に見せてもらって、それでいいなと思ったら、
上に推薦しますから」

「本当ですか」

「はい……」


彩希はありがとうございますと頭を下げる。


「それでは、後で」

「はい」


彩希は拓也にあらためて頭を下げると、小走りでエレベーターの方に向かった。

拓也はパンフレットを持ち、その姿を見送ると、自分の席へ向かう。

彩希に対しては、『可能性』を否定しなかったが、拓也にはすぐにこの企業が、

『良』と評価されない企業だということがわかっていた。

商品のパンフレットだと言いながら、何でも落ちるという洗剤の詳しい成分が、

表示されていない。

頑固な汚れが落ちますという売りの洗剤は、

確かに『実演販売』では定番とも言えるものだったが、その分、

製品を見抜く目も、担当者たちは鍛えられていた。

目の前を課長である小川が通り、席につく。

拓也は何も言わず、ただ頭を下げた。


「今日の午後、秋の新作を一斉に揃えるという会議が、大会議室で行われる。
『北と南』全ての担当者が集まるから、企業との打ち合わせがないものは出席してくれ」


席にいた社員たちから返事が上がり、少し遅れて拓也も返事をする。

小川はその返事を、顔をゆがめながら聞いていた。



4F-②




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