4F とんでもない依頼主 ②

4F-②


小さな部屋の中に、小川課長のカンカンというペンを叩く音が響く。

しばらくすると扉が開き、メガネが少しずれた男が入ってきた。

扉を閉めながらその男は、『すみません』を繰り返す。


「おい、メガネ、ずれてるぞ」

「あ……あぁ、本当だ、すみません」


その男は、小川のひとつ後輩で、『食料品第2エリア』担当の『木村竜彦』という。

木村は、小川に指摘されたメガネのズレを、すぐに指で直し、

また『すみません』と言った。


「なぁ、木村。どうなっているんだよ、頼んだことは」

「あぁ……はい。もちろんわかっています。
いやぁ、第1エリアは『ごっつあん祭』の準備など色々とあって忙しいですし、
全体的に、人が不足していることはいるのですが。
何しろ、担当が佐々木部長でして。他の話を振ろうとしても、今は忙しいと……」

「忙しいのだろう。だからうちの広瀬を、とにかく仕事が出来る男を送ると、
そう言っただろうが」


小川はペンで叩いていた場所を、手のひらで数回叩く。


「はい……あ、いや、その……えっと……すみません」


木村は、他にも数名、食料品担当を希望する社員たちがいて、

どう動けばいいのか迷っていると、事情を語った。

小川は、どうせ人がたくさんいないとまずいのだから、

全部入れてしまえばいいと、担当ではないため身勝手なことを言う。


「小川さん、そんなこと出来ませんよ。
一応、異動は理由がないと、認められないわけで」

「優秀、とにかく優秀なんだ、上司の推薦、これ以上の何がある。
あぁもう、1がダメならお前の2とか、いや、3でいいだろう、3で」


小川は、最初は『第3エリアに異動という話があっただろう』と、

責め立てるように言うと、木村は『ですから担当者が……』と、

また数歩後ずさりをする。


「とにかく早く動け。強引にでも異動させろ。こっちだって秋の催事で忙しくなるんだ。
またあいつが、あれこれ身勝手なことを始めるかもしれない」

「はぁ……」

「はぁ……ってなんだ、すぐだぞ、すぐ!」


小川の言葉に何度も頷いた木村のメガネは、また同じようにずれてしまった。





『今日、外で会えない?』



同期入社の大山武から、デートのような誘いを受けたのは、芳樹だった。

抹茶味の件以来、どこか途切れたようになっている拓也の異動騒ぎだったが、

武から内部事情を聞くことは、役に立つのではないかと思い、

誘いを受けることにする。



『駅前で待ち合わせ』



芳樹は待ち合わせの場所と時間を決めると、携帯をポケットに押し込んだ。





「もしもし、彩希です」

『おぉ、彩希。今、仕事中じゃないの?』

「ううん、今日は遅番なの。仕事はこれから……」


彩希は拓也に言われた通り、すぐに冬馬に連絡を取った。

偶然にも、『実演販売』に以前、関わったことがある社員に会い、

パンフレットを見せたこと、冬馬側に利益があるように、『木瀬百貨店』側にも、

確認しなければならないことがあると、言われたとおりのことを話していく。


『あぁ、うん』

「ブランドが関わるから、適当に返事は出来ないって言われて。
お互い、いいようになるためだって言うから、ねぇ、冬馬、
会社にいる時間を教えてくれる?」

『俺?』

「そう。冬馬と連絡を取れたら、私、その広瀬さんに言わないとならないの。
で、広瀬さんの方から、電話してくれるって……」

『あ……あぁ、うん』

「それで実際に見せてもらって、いいようなら上に推薦って、ねぇ、どう?」


彩希はやっと役に立てたという思いで、そう尋ねた。

冬馬は数秒の沈黙後、『ありがとう』と返事を寄こす。


「ううん……役に立ててよかった」


彩希はそれなら電話を待っていてと言い、受話器を閉じる。

仕事はこれから始まるが、何か成し遂げたような充実感を胸に、

今度は拓也に連絡を入れる。


「はい、『寝具担当』広瀬です」

『すみません、先ほど話をさせてもらった江畑です』

「あぁ……」


拓也はデスクの左側に置いたパンフレットを、また指で前に引っ張ってくる。


『友人と連絡が取れました。『河西冬馬』と言います。
今日は会社にいるそうなので、連絡、お願いできますか』

「河西さん……男性だよね」

『はい、そうです。それでは電話番号、言いますね』


彩希は番号の数字を、ひとつずつ丁寧に教えていく。


「はい、了解です。それではすぐにでも連絡をしてみます」


彩希のよろしくお願いしますを聞いた後、拓也は受話器を置いた。

目の前のメモには、確かに番号が並んでいる。


「さて、ちょいと切り込んでみますか」


拓也は受話器をあらためてあげると、メモどおりの番号を回した。





その日の昼食、拓也は『A定食』を注文した。

メインのおかずは『豚肉のしょうが焼き』。

薄めにスライスした玉ねぎが、その甘辛いタレを吸収し、また違った味を楽しめる。


「悪徳業者ですか」


目の前には芳樹が座り、同じく『A定食』を置いた。

小鉢はお気に入りの『きんぴらごぼう』と、『ほうれん草のおひたし』。


「そこまで言ったか? 怪しい企業とは言ったけれど……」

「でも、そういう意味っぽいですよね」

「まぁな。うちで『実演販売』をしたいというからパンフレットをもらったら、
とにかく怪しいところが多くて、これはと思って連絡してやった」

「怪しいって……どこですか」


芳樹は、頬に左の人差し指で切り込みを入れるような仕草をする。


「そういう部類の方たちが出てくる話じゃないぞ」

「じゃぁ……」

「何でも落ちるという洗剤が売りだと言うから、どういう成分で落とすのか、
どこの工場でどう作らせているのか、そう聞いてみたんだ。
そうしたら、自分は販売を担当するだけだから、
すぐには細かいことは答えられないと言い始めた」

「はぁ……」

「おかしいだろ。売り場で客と対するのはその男なんだぞ。
だったら誰に聞けばいいのか、いつなら聞けるのかと言っても、
こちらが満足するような、明確な答えが戻らない。
だから逆に聞いた。パッケージの入れ替えじゃないですよねって」


拓也は、以前同じようなものを出したが、売れ残った商品のパッケージを変え、

いかにも新しく出来たもののように販売する手法があると、説明する。


「そうしたら、そこまで色々と言い返してきたのに、黙ってしまったからさ、
油性の汚れが落ちるとかいって、実は水性のペンを使っていたという過去もあって、
うちは目が厳しいですよと、たたみかけたら……」

「かけたら?」

「ツーツー……って」

「……って」

「切れた」


芳樹は『あぁ……』と声を出しながら、天井を見上げた。



4F-③




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