4F とんでもない依頼主 ④

4F-④


「まずは乾杯」

「うん」


彩希が仕事を終え、着替えを始めていた頃、芳樹は武と待ち合わせた店に入り、

最初のビールジョッキを互いにぶつけたところだった。

これから秋に向かって忙しくなるので、

これだけ早い時間に終わることが出来なくなると、ぼやきを聞く。


「忙しいのか、やっぱり食料品は」

「まぁな。今月から正式に俺、『第3ライン』になったけれど、
店も扱う商品の数も多いし、相手も多いし。めまぐるしく変わるし」

「まぁ、そうだよな」


芳樹は枝豆を少し口に入れ、軽く頷いた。

同期会以来だと、互いに日々のことを10分ほど語り、

1杯目のビールが無くなりかけた頃、武が『実はさ』と言い始める。


「あのさ、広瀬拓也ってお前、知っているだろ」

「……うん」

「だよな。確か、お前が一番最初に仕事を組まされたって人の名前だったなって、
うっすら記憶があったからさ」


武はそうだったなと、刺身に醤油をつけ、口に入れる。


「その人、どんな人だ」

「どんなって?」

「うちに移るかも知れないって噂が、出ているんだよ。
いや、食料品エリアは、色々とあるけど、第2エリアの木村課長が、
とにかくその広瀬って人を、『第3』にって、強く勧めてくるからさ」

「あぁ……うん」

「仕事、出来るの?」


武の問いに、芳樹は自信を持って頷いた。

自分が『木瀬百貨店』に入社し、体中がしびれるくらいの影響を受けたことを、

熱心に語る。


「本当に力のある人なんだ、企画力もあるし、人を惹きつける力もあるし」

「うん」

「何かを期待させる不思議な力があるし」

「へぇ……」

「ただ……」

「ただ?」


武の問いかけに、芳樹は一度言葉を止める。


「食料品は向いていないって、広瀬さんも思っているらしい」

「向いていない」

「結構、何でも食べられるし、あんまり細かいことは気にならないらしいし……」

「何それ、どういう意味」


武は、刺身のつまに醤油をつけ、おいしそうに食べていく。


「『味音痴』なんだよ」

「『味音痴』」

「うん。だから……」

「俺も別に、それほどでもないけどね」


武は、入社したときに、食料品を希望したわけではないと、ビールのおかわりを頼む。


「案外、マニュアルどおりだよ。名店と呼ばれる店には気をつかって。
あとは話題になっている店をいくつか埋めて、残りはまぁ……流れかな」

「流れ」

「うん。逆に企画力のある人なら、いいのかもしれないな……」

「いや、あのさ、大山」

「みんな、グルグル回っている状態に、ちょっと飽き飽きしているというか。
『流れ』みたいなものを変えてくれるのなら」

「流れっていうのは、まずいって」


芳樹は、その表現は他にないだろうかと、首をひねり出す。


「流れがまずいってどういう意味?」

「抽象的だろ、『流れ』って言葉」

「まぁ、そうかな」

「根拠が必要なんだよ、広瀬さんには」

「……根拠?」

「そう、根拠」


芳樹はそういうと、武と同じように、刺身に醤油をつける。


「何かを計画し、実行するには『根拠』がいるんだ。
今みたいに、流れだとか、なんとなくなんていうと、広瀬さんには怒られる」

「怒られる? どうしてだよ」

「だから……」


芳樹は、以前の仕事でどうだったのかと、さらに熱心に語っていく。

その間に武は、つまみに軟骨を頼む。


「それ、結構大変そうだな」

「大変……かな」


武は、芳樹の話を聞いた後、来られると面倒だと、顔をしかめる。


「そうだよな、無理だ。向かないよ、広瀬さんには」


芳樹はそういうと、まぐろの刺身を口に入れた。





彩希は部屋に戻って、何度か冬馬に電話をかけたが、

同じく呼び出し音が鳴るだけで、出てくることはなかった。

そしてまた次の日も、その次の日も電話をしたが、

冬馬に通じることは一度もなく、彩希と拓也が連絡を取った日から5日後。



『この電話は、現在使われておりません』



事態は最悪のパターンを迎えてしまった。





「出なくなったの?」

「うん……」


その日の昼食タイム。彩希は、ことの流れを初めて恵那に話した。

出ないのは忙しいからだと納得できていたが、使われなくなったとなると、

そうは思えなくなる。


「なんていう会社だっけ?」

「『ADB』って確か言っていた気がする」

「まともな会社なの?」

「どういう意味?」


彩希は、それはどうなのかと、恵那に言い返した。

恵那は、怒らないでよと言いながら、テレビのドキュメンタリーなどで取材が入ると、

突然消えてしまう人たちがいるのを見たと、言い始める。


「その広瀬さんって人に、きついこと言われてさ。嫌になって……」

「そんなことはない」

「ない?」

「ない……はず」


彩希は冬馬が、会いにくい自分に勇気を出して会いに来たこと、

『チャンス』という言葉を使って、頑張ろうとしていたと話す。

恵那は、頷きながら食事を進める。

始めは、冬馬を庇いながら話していた彩希も、言葉を並べていくうち、

だんだんと自信がなくなり、言葉がゆっくりになりそして止まった。


「話しているうちに、自信がなくなってきた。恵那の言うとおり、
聞いた方がいいかもしれないね」


彩希の自信なさそうな言葉に、恵那は遠慮がちに頷き返す。


「広瀬さんと、どんな電話になったのか」

「うん、私もそう思うよ。気になるのなら」


彩希はわかったと頷き、食堂の端から顔ぶれを確認し始めた。





「……といういい飲み会になりました」

「ほぉ……」


彩希が目を動かしている時、拓也は『定食』をお盆に乗せ、

座る席を探しながら、芳樹の報告を聞いていた。

とはいっても、自分が『食料品第3ライン』に移るという思いはまるでなく、

世間話でも聞いている状態でしかなかった。

6月も後半になり、窓から入る日差しもなかなかきつくなっていたので、

ブラインドが有効になっている場所を見つけ、腰を下ろす。


「小川課長、あれから何も言わないんですか」

「言わないよ。俺も何も言っていないし」

「そうですか。それなら大丈夫そうですね」


芳樹は拓也と向かい合って座り、『いただきます』と言った。

定食のメイン、メンチカツを半分に箸で切ったとき、人影が背中越しにわかる。

芳樹は、また拓也のところに女性が来たのかと思い、箸を止める。

合コンの誘い、それからスタイルのいい女、次はどんな内容だと後ろを振りかえった。

そこに立っていたのは彩希で、今までとは、雰囲気の違う女性だったことに、

芳樹は拓也と彩希の顔を、交互に見てしまう。


「すみません、お食事のところ」

「あぁ……うん」


拓也は、冬馬から連絡が入ったのかと、彩希に尋ねた。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【4】岩手   南部煎餅  (小麦粉を材料にした煎餅の一種)



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