5F やるにしてもやらないにしても ①

5 やるにしてもやらないにしても

5F-①


「実は……電話がつながらなくなってしまって」

「つながらなくなった?」

「はい」


彩希は、最初は呼び出し音が鳴っていたのに、

昨日かけたら、使われていませんというアナウンスに変わったと話す。

さすがの拓也も、その予想はしていなかったため、どういうことだろうかと考え出す。


「使われていない」

「はい」


芳樹は、よかったら空いていますからと、左右の椅子を示すが、彩希は首を振る。


「広瀬さん、冬馬とはどんな会話をされたのですか」


彩希は、心配そうにそう尋ねた。

拓也は、彩希の表情が、見るからに辛そうなのがわかり、多少責任を感じ始める。


「どんなと言われてもな。ごく普通に、同じようなことを提案する会社には、
みんな話すことしか話していないけれど」

「みんな……」

「あぁ……」


拓也はパンフレットに書かれていない部分を、細かく教えて欲しいと迫り、

冬馬はそれに対して、何ひとつ話してくれなかったと言い返す。


「何ひとつ……ですか」

「うん。隠さず正直に言わせてもらうと、江畑さんの知り合いの会社は、
うちで『実演販売』をしてもらうのは、無理ではないかと思った。
規模とか、知名度ではないんだ。そこに誠意がないと難しい」

「誠意……」

「そう、目の前のお客様には、間違ったものは売らないぞという誠意。
『ADB』さんには、それが感じられなかった」


そこから拓也は、実際、どんな質問をし、冬馬がどういう態度を取ったのか、

全て隠さずに語った。あまりにもハッキリ言ってしまうので、

芳樹は彩希の表情が気になっていく。

彩希にとっては、その話こそ予想外のものだった。

拓也の言っている通りなら、明らかに悪いのは冬馬になる。

彩希は、黙ったまま最後まで話しを聞き続け、わかりましたと頭を下げる。


「そうでしたか。それは広瀬さんにご迷惑をおかけしました」

「いえ、迷惑ではないですよ。正直、そんな会社の方が多いですから」


芳樹は『そんな会社』というボディーブローのような表現に驚き、

また彩希の顔を見る。しかし、彩希は表情を変えることなく、

食事中失礼しましたと頭を下げ、その場を離れていった。

拓也は一仕事終えた気分で、また箸を動かし始める。


「広瀬さん」

「何だよ」

「ものには言い方というものがあると思います」


芳樹はそういうと、去っていった彩希の方を振り返る。

彩希は斜め左側にあるテーブルに戻り席に着いた。

その友人が何やら話しかけているように見える。


「今の広瀬さんの言い方では、まるで彼女の知り合いの会社が、
『悪徳商法』でもしているかのような……」

「紙一重だ」

「いや、それでも……」

「まどろっこしい言い方は好きじゃない。それはお前も知っているだろう。
変に誤解されてしまえば、さらにややこしいことにだってなりかねないんだ。
あの対応の仕方、商品の内容、うちで『実演販売』が出来る可能性は100%ない。
それを伝えるには、間違いのないように言うべきなんだ」



『それじゃ、可能性があるわけですよね……』

『可能性はみなさんにあるそうです』



拓也の脳裏に、今から8年前の出来事が蘇った。

上司に言われた通り、おそらくこうだろうと思った雰囲気で、

語ってしまったことが、後から取り返しのつかない状態になってしまった。


「冷たかろうが、なんだろうが、俺は……こうしか出来ない」


拓也は彩希の方を見ることなく、昼食を食べ進めた。





「そう、ダメだって」

「うん……恵那の言う通りかも。広瀬さんに思い切りダメ出しされたから」

「そう」


恵那も、これ以上あれこれ言うと、彩希に辛い思いをさせるだけだと思い、

そこからは話題を変えた。


「そうそう、ほら、前に言ったでしょ、ちょっと素敵ないつも来るサラリーマンの話し」

「うん、あったね、そういう話し」

「その人の写真を、撮りました!」

「は?」


恵那はポケットからスマートフォンを取り出すと、ちょっと見てよと、何かを出した。

彩希は受け取った画面を見る。

確かに男性だとわかるものだったが、遠くて慌てたためにズレがあり、

どこかぼやけている。


「慌てて撮ったでしょ」

「そりゃそうよ。遅出の時に、偶然前を通ったから。すぐにシャッター切ったけど、
まぁ、こんなもの。あぁ……私にはこの顔がわかるけど」


恵那は俳優の誰に似てるだの、楽しそうに語り続ける。

彩希は携帯をテーブルに置くと、恵那の話を聞きながら、残りを食べ進めた。





『規模とか、知名度ではないんだ。そこに誠意がないと難しい』



彩希は仕事を終えた後、冬馬から受け取ったパンフレットの住所を目指すことにした。

前回、電話が通じなくなった時のことを、冬馬は新しく生まれ変わるためだったと、

説明していたが、今回は完全に、逃げているとしか思えない。

拓也が語っていた『誠意』という思いは、食料品売り場で仕事をする彩希にも、

十分わかることだった。お客様の笑顔、よかったという安堵の顔、

毎日それが見たくて、店内を走り回っている。

今回は、向こうが自分に連絡をしてきて頼んだことなのだから、

追求する権利があるだろうと思い、電車に揺られ続けた。



『木瀬百貨店 新原店』



同じ東京にありながらも、場所は地図の下側、『南』ということになる。

『久山坂店』よりも後に出来たこの店舗は、今までどこよりも高いビルであり、

街の中心となっていたのだが、今から5年前、

目の前にライバルの『伊丹屋 新原店』が出来、そこから構図が変わった。

『伊丹屋』は、古い呉服問屋から百貨店として生まれ変わった企業であり、

設立も『木瀬百貨店』より昔になる。

業界でもトップを走る老舗で、二色刷りの包装紙は、『ブランド』そのものだった。

『キセテツ』の中には、もちろん『KISE 新原店』の広告がずらりと並んでいるが、

駅構内に入ってしまうと、圧倒的に『伊丹屋』の広告が、幅を利かせている。

彩希は改札を降り、大通りから少し寂れた裏通りに入った。


「住所……このあたりじゃないかな」


そろそろ夜の8時となる頃で、雑居ビルの下にある飲み屋も、

開店の看板を前に出し始めた。

派手な衣装を着た女性が、タバコをくわえながら、コンセントを差し込んでいる。

昼間は静かそうなこの通りに、『ADB』はあるのではないかと思いながら、

彩希は住所表示を探した。

すると、男の人が誰かにすごむ声が聞こえ、彩希は体をすぼめた。

さらにバタバタという音が聞こえ始め、通りからいきなり一人の男が走ってくる。


「あ……」


彩希はぶつからないようにビルの脇へ入り、なんとか逃げたが、

その後を、黒スーツの男たちが、さらに走っていった。


「……ったく、近頃多いね。ケンカなら別のところでやっとくれって。
うるさいったらありゃしない」


看板のスイッチを入れ、道にタバコの灰を落とした女は、

右耳を軽くほじりながら店の中に消えた。

すると、今度は目つきの鋭い男が二人、また道に現れる。

ちらりと彩希のことを見た後、何やらポケットに手を入れ、近付いてきた。

彩希は、あまりの怖さに、後ずさりする。


「あの……」

「キャー!」


声をかけられたことで、大きな声を上げると、

一緒にいた男性が、大丈夫ですからと、彩希に言った。



5F-②




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