5F やるにしてもやらないにしても ②

5F-②


ポケットから出されたのは、ピストルでもナイフでもなく警察手帳で、

彩希は腰が抜けそうになる。


「すみません、驚かせてしまって。ちょっとお聞きしますが、何をしに、ここへ」

「……えっと」


彩希は冬馬のくれたパンフレットを出し、この会社を探しているのだとそう言った。

二人の警察官は、顔を見あわす。


「あなたの会社ですか」

「いえ、違います」

「あなたは関係者ですか」

「いえ……あの……」


どう説明しようかと困っていると、警察官の後ろからまた別の男性が姿を見せた。

その人は、彩希のうろたえた状態を見て、声を出す。


「すみません、おそらく彼女も僕と一緒だと思います」


その男性は彩希に近付くと、1枚の名刺を差し出した。



『伊丹屋 企画部 食料品ユニット 栗原純(じゅん)』



「あなたも契約関係じゃないですか?」


純は、『伊丹屋』に取り入ってきた企業がこのあたりにあり、

それが面談の日になったら、急に姿を消してしまったこと、

住所が近いので、直接見に来たのだと、警察に説明した。

純が出したパンフレットも、彩希と同じものになる。


「『ADB』……あなたもここですか」

「はい」


警察は、純の説明を聞き、逃げている人間たちとは関係がないと思い、

その場を離れていった。威圧感のある人たちが去り、彩希はほっと一息をつく。


「ありがとうございました。何がなんだかわからなくて」

「いや、僕もそうです。どうも、怪しい企業の取り締まりがあったようで。
まぁ、そういう勘は鋭いのでしょうね、なかなか捕まらないようですが」

「取り締まり……ですか」

「はい」


彩希は、拓也が話してくれたように、

やはり冬馬の会社はまともなものではないのかと、肩を落とす。


「あの……」

「はい」

「あなたの真っ青な顔を見て、僕は咄嗟に同じだと叫びましたけれど、本当は……」

「あ……すみません、江畑彩希と言います」


彩希は、あらためて自分が『KISE』の食料品売り場で働いていること、

『ADB』に知り合いがいて、『実演販売』のことを頼まれ本部の人間に話したが、

無理だと言われたこと、友人と急に連絡が取れなくなったので、

会社の確認に来たことなど、話せることは全て話した。


「そうでしたか」

「はい。結局、会社がどこにあるのか」

「ここですよ」


純は、建っているビルの奥にある郵便受けを指さした。

彩希は、少し奥にあるポストの前に進み、名前を確認する。

カラーテープに『ADB』という企業名は確かに書かれていたが、

他にも『いろは』と『佐藤商事』という3つの名前があった。


「3つの会社が一緒にあるってことですか」

「おそらくですが、名前だけの企業でしょう。使い分けているはずです。
まぁ、怪しい企業ということですね、残念ですけれど」


純はそういうと、持ってきたデジタルカメラでそのポストを撮影した。

彩希は、スーツ姿で店に来た、冬馬のことを思い出す。

『チャンス』だと言われたから、突然消えられた怒りも我慢して、

なんとか力になってあげようと思ったのに、冬馬はまたそれを裏切った。

せめて、一生懸命働いている姿でも見ることが出来たら、

もう一度、拓也に考えてもらおうと考えていた自分が、情けなくなる。


「はぁ……」


純は、ため息をつく彩希を見た。

彩希はパンフレットを持ったまま、うなだれている。


「『ADB』自体には活動期間が3年はありました。
実際、地方の小さなスーパー前などで、『実演販売』も行っていたようですし。
江畑さん、あなたの友人が、経営の全てを知って働いていたのかまで、
僕にはわからないですけど……」

「経営者以外の人間は、会社の中身を知らないってことですか?」


下を向いていた彩希が、すがるように純を見る。


「まぁ、この手の会社では色々ありますからね。
下の人間は、何も知らされていないってことも、確かにありますから。
あまり、ガッカリされないほうが」


純の言葉に、彩希は小さく頷いた。

もしかしたら冬馬自身も、予想外の展開なのかもしれないと考え始める。


「もし、他に用事がないのなら、行きませんか。
この辺は、夜、あまり女性が一人で歩くところじゃない気がします」


純にそう言われて、あらためて彩希はまわりに目を向けた。

確かに、シャッターのあちらこちらにスプレーのいたずら書きがあり、

通路の奥では、行き場のない男が、ゴミ箱をあさりだす。


「……はい」


彩希は純に向かって頷くと、ゆっくり駅の方向へ進み出した。





次の日の新聞には、警察の一斉摘発について大きな記事があった。

冬馬のいた会社だけではなく、対象となるものはあちこちにあるようで、

追っても追いきれていない現状が、記者によって書かれている。


「朝から、難しい記事を呼んでいるのね、彩希」

「ん? うん」


母の佐保には、冬馬のことを何も言わないまま、新聞を閉じる。

彩希は、その日もいつもと同じように、仕事へ向かった。





彩希が、冬馬の会社へ行ってから、さらに1週間が過ぎた。

そして、その朝は急にやってくる。


「おはようございます」


その日の朝、3階のラインに姿を見せたのは、『益子浩之(ひろゆき)』だった。

元々、『伊丹屋』で催事担当をしていた益子は、数年前に『木瀬百貨店』に入り、

そこからは佐々木と同じ『食料品第1ライン』の担当をしていた。

さらに、この春の人事で部長に昇格し、

『第1ライン』から独立した『第3ライン』の担当となる。


「あぁ、小川課長」

「益子部長……おはようございます」


立場的には上になる益子に対し、小川はすぐに席を立つと頭を下げた。

食料関係の担当者がいるのは2階になるので、

3階で益子の姿を見ることは、ほとんどない。


「小川課長の耳にも届いているかな。木村課長のことは」

「木村……ですか」


小川は、あのメガネがすぐズレる木村に、何があったのだろうかと考え、

そういえばこのところ見かけないことにも気づく。


「昨日、奥さんから電話があってね。体調を急に崩したらしくて、
救急車で病院に運ばれたら、緊急入院になったそうだ」

「エ! 本当ですか」

「あぁ、まぁ、胃潰瘍だとか……ストレスじゃないのかな。
彼にも色々と、考えないとならないことが多かったようだし……ねぇ」


益子は、小川に向かって、そう言った。

小川は、自分が木村に色々と無理を言ったことがバレているのかと、思わず下を向く。


「でも、発見が早かったので、それほど大事にはならなそうだけれど、
しばらく仕事に復帰できそうもないので、急遽、人事が動いてね」


益子は小川と話をしながら、その前で仕事をしているメンバーの顔を、

ひとりずつ確かめていく。


「第1エリアの佐々木部長が、1と2を両方見ることになるが、
木村課長がいないため、負担も多い。しかも、1から独立させて
『第3エリア』を作ったばかりだろう。部員も多少異動があってね……」

「はい」


益子は拓也の姿を見て、そこから数歩進んだ。

横に人が立ったことがわかり、拓也もパソコンの手を止める。


「君が広瀬君かな」

「……はい」

「うん……」


益子は頷き、ポケットから1枚の紙を出した。



5F-③




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