5F やるにしてもやらないにしても ④

5F-④


「本当に、行くのですね」

「あぁ、受け入れた以上はな」

「絶対に向かないですよ、『味音痴』ですから」

「ハッキリ言う路線に変えたのか、大林」


その日の昼食。いつものように芳樹は拓也の前に座り、

これからは2階だから、会うことも出来なくなると、言い続ける。


「気持ち悪いことを言うな。俺はお前の彼女じゃないぞ」

「わかってますよ、そんなこと」


芳樹は『きつねうどん』のあげを食べると、器を持って汁を飲む。


「それにしても、俺がチーフって、益子部長は頭がおかしいのかもしれないな」

「そうですね……」


芳樹の答えに、拓也は器を下から叩く。


「うわ……」


あやうくスーツにかかるところだったと、芳樹は文句を言ったが、

拓也は楽しそうに笑い、今日も暑いなとつぶやいた。





冬馬の会社を訪ね、どういう状況なのかをそれなりに理解した彩希だったが、

状況が変わり、また、つながることもあるかもしれないと、

それからも何度か冬馬の携帯にかけてみた。

戻ってくるのは、『使われていない』という言葉だけで、またため息をつく。

それでも、仕事をしているときに、しかめっ面をしていることは出来ず、

今日も売り場で、懸命に客の相手をした。

補充の連絡が入り、ブースに向かう。


「こちらの焼き菓子セット、とても評判がいいのです」


洋菓子のメーカーとしては歴史の長い『リリアーナ』の前では、

数名のスタッフが、『焼き菓子』のセットを勧めていた。

名前と実績に安心した客たちが、今日もブースを囲んでいる。


「さすが『リリアーナ』よね」

「うん……もう、すっかり過去のことなのよ」


少し離れた売り場に立つ高橋と竹下は、賑わいを見せている『リリアーナ』を見ながら、

そうつぶやいた。彩希はその隣で、伝票をまとめていく。


「大手は怒らせるわけにはいかないもの。チーフが言ってた」

「じゃぁ、本当なの?」

「あれだけ噂になっていたし、まぁ、チーフもそうハッキリとは言わなかったけれど、
『リリアーナ』が『チルル』の焼き菓子は、撤退させろって、一言……」

「あらあら」

「握りつぶせるような小さな店なのにね。商売って怖いわ」

「本当、本当……」


彩希は、やはりそうだったのかと、『リリアーナ』のブースを見た。

一番先頭に立ち、客を案内している女性が、『リリアーナ』の社員だった。

『木瀬百貨店』が出来てから2年後、『リリアーナ』も誕生し、

ほとんど一緒に成長してきたといっても過言ではない。

CMも精力的に使い、大手といわれる企業にもなり、

今では、どこの百貨店にも当たり前のように店を構えている。


今回、問題になった『焼き菓子』。

フィナンシェやマドレーヌなど、一見、どこにでもある商品で、

ライバル店にも当たり前だが並んでいる。

『リリアーナ』から、今まで一度も、『焼き菓子』を入れている店に対し、

声が入ったことはなかった。

しかし『チルル』は今回、『ターゲット』になってしまう。


『チルル』は、パティシエが2人しかいない小さな店で、当然、大量生産ではない。

実際『KISE』に入荷していた数も、それほど多くはなかったが、

その貴重さが女性の心をくすぐったのか、

開店すると、まず『チルル』のお菓子を買い求める人が増え、

午前中には売切れてしまうものも、多かった。


「まぁ、場所も悪かったのよね。『リリアーナ』にしてみたらさ、
毎朝、目の前の売り場を目指す客が、
自分たちのブースを通り過ぎて行くのを見るのは……」

「そうよね」

「でも、なんだかさ食べられないと思うと、食べたくなるね『チルル』」

「ふふ……そうね」


竹下と高橋は、互いに指を口の前に立て、これ以上は話したらダメと合図を送る。

また別の客が来たため、それぞれ対応に向かった。





「難しいよね、そういうのって」

「うん……。『チルル』、ちょっと訪ねてみようかな」

「エ……バタちゃんが?」

「そう。竹下さんじゃないけれど、食べたくなったの」

「ふーん」


その日は、恵那と一緒に仕事が終わったので、駅に揃って向かった。

店に向かうのは久しぶりのため、『チルル』の場所はどこだったかと、

路線図を見ていると、恵那が急に腕を引っ張った。


「あ……何よ」

「今、今いたの! ほら、あの人」

「あの人?」

「いいから、早く」


恵那は今、改札を通っていったと言い、慌てている。

彩希はとりあえず中に入ろうと、その後ろを着いていった。

階段を駆け上がっていくが、発車ベルが鳴る。

ホームに上がり、左右を見てみるが、恵那が見たという人は、どこにもいなかった。


「もう、何よ、急がせて。恵那、間違えたんじゃないの?」

「間違えない。あの顔は、そういるものじゃない」


恵那は、きっと今の電車に乗ってしまったんだと、肩を落とす。


「あぁ……すれ違う」

「すれ違うって、向こうは恵那を知らないのでしょ」


あまりにもガッカリしている恵那の態度がおかしくて、彩希はつい笑ってしまう。


「いいの。変に声なんてかけて、色々わかったら面白くないじゃない」


恵那は、憧れなのだからこれでいいと言いながら、ベンチに座る。


「あ、思い出した」

「何を?」

「『チルル』の場所」


彩希はそういうと、恵那の隣に座る。


「なんだ」

「なんだって何よ」


彩希と恵那は、それぞれの思いを持ち、次の電車を待った。





拓也は、小川のしまらない挨拶の後、荷物を『食料品第3エリア』の席に移した。

その後は、元からこの場所で仕事をしていたメンバーに挨拶をし、

とりあえず、資料ともいえるファイルに目を通し続ける。

一番奥には部長になる益子の席があるが、

何もわかっていない自分がその右斜め前という位置になっていた。

拓也の横には、声をかけてきたエリカが並び、

拓也の前には、芳樹の同期だという大山武が座る。

さらに『長岡まつば』と『荒木寛太』という、メンバーもいたが、

今日は『秋のごっつあん祭』関係で会議があるらしく、

異動したばかりの拓也とエリカ以外、昼食後全員が『南』の新原店に向かった。


「はい。これにも目を通して」

「あぁ……」


エリカは拓也にファイルを差し出した。

それは地下売り場の見取り図と、入っている企業が一覧となっているもので、

それぞれの担当者も、名前が入っていた。

拓也は、この間、売り場に行ったとき、彩希がお客様を案内していた店舗に気付き、

それを目と指で追っていく。



『ご迷惑をおかけしました』



『ADB』のことを、完全否定してから、彩希と顔をあわせることはなかった。

あの後、摘発された企業の一覧に『ADB』が入っていたことを知り、

やはりそうだったかと思ったが、あの売り場ではつらつとしている人が、

どんな気持ちでいたのかと思い、なぜか気になっていた。

かといって、どうですかと尋ねるのもおかしいため、結局、そのままになっている。


「地下の売り場、バランスは取れているのでしょうね、売り上げもあるし」

「そうだろうな」


拓也はファイルを横に置くと、誰もいない机の島を見た。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【5】宮城   萩の月  (カスタードクリームをカステラ生地で包んだ饅頭型の菓子)



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