6F 問題児が認めた舌の力 ①

6 問題児が認めた舌の力

6F-①


『チルル』のある駅は、彩希の働く『久山坂店』のある『キセテツ』から、

北住方面に向かう『キセテツ』に乗り換え、2つ目になる。

しかし、駅からすぐというわけではなく、

どちらかというと住宅街の中にポツリと店があった。

店主は、小高い場所にあるお店というシチュエーションを探し、今の場所に店を構えた。

なだらかな坂を登っているうちに、風の薫りも変わり出す。

葉の青さを感じるようになる頃、だんだんと店が近付いてきた。



彩希は、『チルル』が『木瀬百貨店』に入る前から、店を知っていた。

彩希の祖父、江畑新之助と、『チルル』のオーナー『白井毅(つよし)』の父が、

同じ剣道クラブに所属していたからだ。

新之助は和菓子職人であったが、友達の息子の腕をとても評価し、

よくお土産に『チルル』の焼き菓子を買って来てくれた。

初めて、彩希自身が店を訪ねたのは、高校を卒業した頃で、

江畑の孫だと言うと、オーナーの毅もとてもよく迎えてくれた。

新之助の友人、オーナーの父が亡くなってからも、代を変えながら交流は続き、

『チルル』の商品を『木瀬百貨店』が取り扱うことになったことがわかり、

彩希はあの味が、みんなに認めてもらえると内心喜んでいたのだが、

結局、その味は、1年ほどで姿を消してしまった。



『チルル』



店が見えたとき、ひとりの男性が店から出てくるのがわかった。

その後、オーナーの毅が後を追って出てくる。


「もう、百貨店なんて信用しない。うちは結構だ」

「いえ、あの……」


毅は相手の話しの途中でも、『帰ってくれ』を連発し、扉を閉めてしまった。

彩希は、何かあったのかと、その場で立ち止まってしまう。

怒鳴られていた男性は、大きくため息をつくと、少しずつ店から離れ始める。

顔をあげたとき、彩希は思わず声を上げた。


「あ……」


その相手は、先日、ピンチを救ってもらった純だった。

彩希の声を聞き、純もまた顔をあげる。


「あぁ……」

「どうも」

「驚きましたね、またお会いするとは」

「はい」


純は、持っていたファイルを、バッグに押し込む。


「今日は、ここですか」

「そうです。『焼き菓子』を買いに」

「そうですか」


彩希は純が『伊丹屋』の人間だったことを思い出す。


「『伊丹屋』さん、『チルル』を採用するのですか?」


余計なことだと思ったが、つい、そう聞いてしまった。

純は、少し考える顔をしたが、笑いながらそうしたいのですがと答えてくれる。


「すみません、私、余計なことを。でも、うちでは契約がなくなったので、
『伊丹屋』さんなら、もっと大きいし、いいのかなと」

「僕もそのつもりで来たのですが。契約を無情に打ち切った『KISE』さんのおかげで、
オーナーは百貨店嫌いになってしまったようですよ」


純は、彩希にそう言った。


「嫌いに」

「はい」

「あぁ……」


彩希は、竹下たちが話して内容は、その通りなのかもしれないと思った。


「もう一度、お願いしますと頼みに来たのですか?」


純は、そういうと彩希の顔を見る。


「頼むだなんて、私はそんな立場の人間ではありません。ただ、食料品売り場で、
契約社員として働いているだけです。でも、『チルル』のお菓子は、
それよりもっと前に知っているので」

「知っている?」

「はい。オーナーのお父さんと、うちの祖父が友人で」

「あぁ……そうだったのですか」


純は、それはうらやましいと笑顔を見せる。


「確か、江畑さん……でしたよね」

「はい」


純は『チルル』の建物を見る。


「百貨店は全て、悪いわけではないですよと、
プッシュしてもらえたらありがたいのですが」


純の言葉に、彩希は苦笑いしか出来ずに、頭を下げる。


「あはは……冗談ですよ、『KISE』のあなたにそんなこと頼めませんから。
僕は僕のやり方で、また通います」


純は、それではと言いながら、坂を下っていく。

彩希は軽く頭を下げると、『チルル』の扉を開けた。





「はい、紅茶」

「すみません、買い物をしたのに、お店の邪魔ですね」

「いいんだよ、もうそろそろ店じまいだし」


オーナーの毅は、彩希を快く迎えると、店の奥で紅茶を出してくれた。

選んだ焼き菓子を袋に入れ、あれこれ持って帰りなさいと、

いくつかプラスで入れてくれる。


「私、そんなつもりじゃ」

「いいんだ、いいんだ、わかっているよ。わざわざここまで来てくれて。
『KISE』に出していたら、そのまま買えたのになぁ」


毅は、そういうと軽く笑う。


「お母さんも、元気?」

「あ、はい、母も痛めた腰が治って、マイペースに仕事をしています。
祖父は、祖母と一緒に入った『老人ホーム』で、
月に1回、お菓子作りを披露していましたが、それが2週間に1回に増えそうだと、
この間、電話がかかってきました」

「おぉ……さすが新之助さんだ。あのどら焼きは絶品だしね。
皮の上品な甘さと、つぶあんの歯ごたえというか、弾力というか。
豆大福とか、きんつばとか、思い出すだけで唾液が出るくらい」

「ありがとうございます」


毅は、老人ホームの方は、幸せですねと笑顔を見せる。


「押し売りになっていないのかと、母は心配していましたけれど、
年を取ってからも、やることがあって、背負っているという思いは大切なのだそうです。
何もない状態になると、脳も休みがちになるそうですから」

「ほぉ……」


彩希の前に、かわいらしいクリーム色の小さな手提げが置かれた。

彩希は、この袋を嬉しそうに持ち帰っていた『KISE』のお客様たちを思い出す。


「彩希ちゃんが来る前にね、『伊丹屋』の人が来たよ。
うちが『KISE』と契約切れになったことを、知ったみたいで」

「そうですね、今、前でお会いしました」

「知っているの? あの人」

「知っているというか、以前、別のことでお会いしただけです」

「あ、そう」


毅は彩希の横に座り、右手で左手を揉み始める。


「売り上げからすれば、大きな百貨店に商品を卸していますっていうのは、
本当にプラスだけどね。今回みたいに、突然、あと2ヶ月ですって言われちゃうとさ、
こっちだって、何がなんだかわからないじゃない」

「はい」

「別の商品を入れませんかって言われても。作れるお菓子は限られているし。
かといって、店があるのに、配達だとかこっちでやることも難しいし。
いやぁ……もう、こりごりだと思って」

「そうですか」

「ほそぼそとさ、ここでいいよ。暮らしていけないわけじゃないし。
みなさんにも愛してもらっているし」

「……はい」


毅は、今、試作品を作っているんだと笑い、彩希に味見をしていかないかと提案する。


「いいのですか?」

「いいよ、彩希ちゃんは新之助さんの孫だもの。職人3代目の舌、
ちょっと貸してくれよ」


毅はそういうと、店の奥から、チョコレート菓子を出してくれた。



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