6F 問題児が認めた舌の力 ②

6F-②


カレンダーは7月に入った。

夏の暑さは頂点を目指し、さらにきつくなっていく。

拓也も改札を出ると、いつも入る店で『アイスコーヒー』を注文するようになる。

横断歩道の前は、完全な日なたのため、ほとんどの人は駅の屋根がある場所に立ち、

信号が変わった瞬間、少し早めに歩くという光景に変わりだした。


「どうですか、異動して1週間」

「どうもこうもない。今は秋の催事計画がスタートしているから、
元からいるメンバーだけが忙しくて。俺は、指示されたとおりに、
動いているだけな気がする」

「指示された通り……広瀬さんがですか」

「まぁな」

「それは画期的ですね」

「画期的じゃないよ。あまりにもわからなすぎて、言葉を挟む場面がない」


今まで、どんな売り場に回されても、それなりに意見が言えたのだが、

『味音痴』を自分でも納得している拓也としては、

さすがに出来上がっているものを壊すことなど出来ず、

日々、小さなストレスが溜まっていると、芳樹に話した。


「今年もまた、うちは『伊丹屋』に遅れを取ったらしいですね」

「遅れ?」

「はい。『伊丹屋』は全国のうまいものを集めて一斉に並べるイベントを、
日本で最初に行ったそうですよ。この間、ニュースで言っていました。
今年もまたって予告していた日付が、うちより2週間早かったですから」

「2週間……」

「はい」


玄関を通り、いつものエレベーター前に止まるかと思った芳樹は、

何も言わずに奥へ歩いていく拓也に気付く。


「広瀬さん、どこに行くんですか」

「どこって2階だ」

「階段ですか?」

「あぁ……そこで待っているのが面倒だなと気付いた。待っている間に上がれるしな」


拓也はそういうと、エレベーターの裏にある階段に向かい、

アイスコーヒーを持ったまま、上がっていく。


「2週間っていうのは、微妙だな」

「……あ、ですよね。僕もそう思うんですよ」


拓也に合わせて、結局芳樹も階段を使う。


「2週間前に買い物をした客が、また同じようなイベントものに来ようと思うのか?」

「ですよね……で……」


芳樹が拓也に話しかけようとすると、二人の足はすでに2階にあった。

拓也はそのまま販売企画の扉を開けようとする。

あらためて芳樹は拓也とは別のフロアだったと、そう思う。


「じゃぁ、大林も男性衣料ガンバレよ」

「……はい」


芳樹は一人階段に残され、上がっていかなければならない段数を見る。


「やっぱり明日から、エレベーターにしよう」


そう言いながら、一歩ずつ、上に向かって進みだした。





拓也が中に入ると、数枚のポスターがデスクの上を占拠していた。

『キセテツ』をアニメ化したものが大きく描かれ、

その周りには今回のイベントに参加する店の商品が、あれこれ並んでいる。


「あ、おはようございます、広瀬さん」

「おはよう」

「これ、どうですか? 今回の『秋のごっつあん祭』駅貼り用です」

「ほぉ……」


『トータルブランド』を目指し、

苦手分野だとはわかりながら入った『ライン』だったが、

拓也は、予想以上に頭が動かない状況に、さすがに気が重くなってくる。

武に色々と目の前で語られても、賛同する言葉さえ出てこない。


「ダメですか?」

「いや、俺は別に」

「はぁ……」

「ごめん。何も浮かばないんだ」


武は、そうですかとおとなしく引き下がる。

そして、拓也よりも数分後れて入ってきたエリカにターゲットを変えた。

エリカはすぐに興味を持ち、あれこれ武と語り始める。

拓也はそれをしばらく聞いていたが、ポケットにタバコを確認すると喫煙所に向かった。


拓也は椅子に座るとライターを取り出し、タバコに火をつけ、

ゆっくりと吸い込んでいく。

その前を『KISE』の食料品売り場に立つ制服姿の女性が、通り過ぎた。



『『実演販売』の会社を、決められる人たちは、どこにいますか』



拓也は、ふと彩希のことを思い出す。

ここに来たときは、借りてきた猫のようにおどおどし、不安そうだったが、

以前、売り場で見かけた彩希は、本当に生き生きと働いていた。

拓也は、前の仕事を辞め、『木瀬百貨店』に入社してから、色々な売り場を担当し、

色々な店員の顔を見てきた。もちろん、受け持ちに誇りを持ち、

下手な社員よりも意識の高い人は何人もいた。

しかし、客を案内し、その希望に応えようとしていた彩希の表情は、

自分自身がお菓子が好きで、この場に立っているという思いにあふれていて、

『自信』というよりも、『嬉しさ』の方が勝っていた。

腕時計で時間を確認すると、あと数分で開店の10時になる。

拓也は、つけていたタバコの火を消し、そのまま階段を駆け下りた。

そのまま地下通路をまっすぐに歩き、食料品売り場を目指す。



『KISE』の地下、食料品売り場は、開店と同時に人が流れ始めた。

週末の金曜日、どこかに土産として持って行くつもりなのだろうか、

和装姿の女性が、『千波庵』の前に立ち、詰め合わせを4セット注文する。

彩希は配送用に頼まれた商品を箱に入れ、包装紙をつけていく作業を、

朝一番にスタートさせた。


「あ……」

「どうしたの?」

「ほら、あの人、前にも来たことがあったわよね」


竹下と高橋の視線の先には、地下通路を使って入った拓也の姿があった。

そして、横にはパートたちをまとめているチーフが立っている。


「ねぇ、チーフがあれこれ話をしているようだけれど、何かしら」

「何かしらね……」

「あ、ねぇ、もしかして、もしかしてよ」


竹下は、先日テレビで、

日本に色々な働き手を目指す外国人が増えているというニュースを見たと、言い始めた。

高橋もその話を興味深そうに聞く。


「ほら、オリンピックがあるじゃない。これからますます、
外人さんの観光客が増えるからさぁ」

「あぁ、英語が話せる店員とか?」

「ありえる、ありえる」


竹下と高橋の盛り上がりを聞きながらも、彩希はマイペースに仕事をする。


「じゃぁ、何よ。私たちみたいなのは必要なくなるってこと?」


高橋は、それでは首を切られるのではないかと、不満そうな顔をする。


「高橋さん、それは違うわよ」

「違う?」

「そうよ」


竹下は、こういう時代だからこそ、ベテランは重宝されるのだと、余裕の顔をする。


「ベテラン?」

「そう、ベテラン。日本は『おもてなし』でオリンピックをするのだから。
私たちのように、それがしっかりと身についているものたちは、安泰ってこと」

「ほぉ……」


勝手な話を展開する竹下と高橋だが、拓也の視線にはまるで入っていなかった。

視線の中にいるのは、あの出来事以来、どこか気になる彩希になる。


「異動されたのですか」

「あ……はい。今までもいくつか渡り歩いて、そのたびに気持ちを変えてきたのですが、
食料品関係は、あまりにもわからないことが多くて、でもここに来れば、
少しはヒントを得られるのかなと」

「ヒントですか」

「はい」


拓也は、彩希からさらに視線を移し、客が増え慌ただしく動く店員たちを、

しばらくその場に立ったまま、目で追い続けた。



6F-③





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