6F 問題児が認めた舌の力 ③

6F-③


「全く、予想外だけど」

「予想外」

「そう、大林の言っていたような、パワフルさ?
俺さぁ……広瀬さんに何も感じないのだけれど」


拓也が『食料品第3ライン』に移ってから、そろそろ1ヶ月が経とうかという日、

フロアが変わって、ほとんど合わなくなった拓也の現状を聞きだそうとした芳樹と、

ガンガン言われて大変になることを、予想していたにも関わらず、

拍子抜けしている武が、帰り際にバッタリと会い、居酒屋に入った。


「確かに今は『秋のごっつあん祭』の流れで仕事が進んでいるけれど、
お前の話しだとさ、決まっていることでも、違うと思えばひっくり返すくらいの勢いが、
あると思っていたんだよね」

「いや、あると思うけれど」

「それが全然ないんだよ。最初の数日は確かに、
ファイルを積極的に見て質問をしてくれたり、なぜなのか、
どうしてなのかという質問もあったけれど、ここのところ、そう2週間くらい、
ほとんどいるのかいないのかわからないというか」


武は、この季節は生ビールがうまいと言いながら、飲み進める。


「一緒に来てくれた横山さんの方が、よっぽど活躍しているよ。
スタイルいいしさあの人。『どうしてなの?』って首を傾げるとき、
すげぇ……ドキドキするんだけど、俺」



武は、エリカの表情を思い出し、うっとりしてしまう。


「どうしたんだろう……広瀬さん」


拓也の異変が気になる芳樹の目は斜め下を向いたため、

武の浮かれた表情には気づかない。


「なんていうのかな……横山さん、あぁいう人って、
意識していなくても、自然と男を誘う目が出来てしまうというか……」


拓也の話を早々に終了し、エリカに対するくだらない想像に走り始めた武の視線は、

希望も含めているからか、上へ向かう。


「『意識』……意識していない……いや、意識は十分していたはずなんだ。
小川課長から異動をちらつかされたときも、
嫌だと言いながら、『抹茶味』を研究していたし……」


芳樹は、拓也の話がまだ続いていると思い、自分なりの考えを述べようとする。

考え事をして下向きな芳樹と、ふわっとした思いを胸に抱き上を向く武。

当たり前だが、互いに視線は合っていない。




そう、実は話題も全くあっていない。




「いや、待て待て。『意識』だよな。そんなことを意識しないですることはないか。
そうなると、やっぱり横山さんに誘われているのかな、俺、『意図的』に……」

「『意図的』。意図的に……そうか、
もしかしたら今は、『様子』を見ているのかもしれない」

「『様子』? なんだよ、俺の反応待ちってこと?」


武は、『もしかしたら論』が、いい方向へ向いた気がして、

そこで視線を芳樹に戻す。


「広瀬さんは、そんなに弱い男じゃないんだ」


芳樹はそういうと、絶対に立ち上がれると、握りこぶしを作る。


「ん?」

「広瀬さんは、弱くない!」


芳樹は自分自身に言い聞かせるように、頷きながらビールを飲んでいく。


「あれ? 大林、お前まだ広瀬さんの話し、続けていたんだ」

「続けていた? どういう意味だよ、他にする話があるのか」


芳樹のぶれない気合に、武は数秒間固まっていたが、『まぁいいよ』と言葉を濁す。

そして、飛んでいってしまった空想を懐かしむように、店の天井を見た。





芳樹の握りこぶしとは裏腹に、拓也自身、力の抜けた状態を自分が一番感じ取っていた。

小川に異動を振られたときには、反発する思いが強かったが、

益子が直々、異動を告げてくれたときには、

どこか切り替えられたという思いもあった。

しかし、何を目指せばいいのか、思いつかない時間が続き、頭は活動を停止する。

特に、やりたいことがあったわけではないが、一日、何もしていないような、

不完全燃焼状態のまま、席を立つことが嫌で、拓也は異動した日、

配られたファイルを開いた。

昔から馴染みのある老舗店。流行を生み出し、そこから定着した店。

そして、選ばれて名前を連ねている店。

それぞれに、物を作り出す職人たちがいる。



『うちの看板商品です。どうぞ、食べてみてください』



拓也の脳裏に、8年前のことが蘇る。

しばらく頭の隅から出てくることがなかったのに、近頃頻繁に登場するのは、

『食べ物』という共通点が、記憶を呼び起こすからだろうかと、両手を頭の後ろに組む。

斜め向こうに座る長岡まつばの席には、試作品なのか、いくつかの羊羹が置いてあった。

拓也は、自分の席を立つと、まつばのデスクにある袋をひとつ取り、

一緒についている説明書を読む。



『砂糖はこだわりの和三盆を使用』



『和三盆』とは、高級な和菓子に使われる、主に四国で作られる砂糖で、

材料に使用したと表示することは、それだけでも『高級感』を演出できるものだった。

拓也は、設定希望価格が記入されていたので、それを見る。

確かに、値段はそれなりのものだった。

拓也は羊羹と説明書を、まつばの席にある小さなカゴに戻す。

時計を見ると、すでに8時を回っていたため、重い腰をあげ販売企画部を出た。





拓也が物思いにふけり、芳樹がわけのわからない拳を突き上げていた頃、

彩希は、驚くべき人からのメールを受け取っていた。

突然、知らないアドレスから届いたので、開けることをためらったが、

アドレスの中に冬馬の名前が入っていることがわかり、開いてみる。



『彩希、元気か』



色々なことが重なっているのに、

あっけらかんと『元気か』と聞いてくる冬馬に呆れながらも、

彩希はとりあえず、妙なことにはなっていなかったとほっとする。

そこには、突然連絡を取らなくなってしまい申し訳ないということ、

新聞などで騒がれていた内容を、自分は知らなかったこと、

警察に逮捕されたのは上の人間だけで、自分たちには何もお咎めがなかったことなど、

『あれから』のことが、それなりに書かれてあった。

『チャンス』だと言い、頑張ろうとしていた冬馬も被害者だったのかと、

彩希は思いながら、文面を読み続ける。

そして、へこたれない冬馬が、さらなる仕事を始めたという近況報告があった。


「何、今度は貴金属?」

「うん……お店は『青山』だって」

「あら、ずいぶん高級な」

「でしょ。私もそう思ったの。この前のこともあるし、ちょっとネットで調べてみた」

「で?」

「……あった。冬馬の説明通りの場所にあったし、お店も1店舗ではないの。
都内にいくつかあるみたいで」

「あ、そう……それならよかったわね」


冬馬のメールを受け取った彩希は、食事の後で佐保にその後を語った。

佐保は、今度こそ冬馬が再出発できるといいわねと、流しに立ち続ける。


「そうだよね……冬馬も被害者だったってわかったから、ほっとした」

「エ?」

「だってさ、うちの販売企画の人に動いてもらったでしょ。
知っていて逃げたのだとしたら、申し訳ないと思っていたから」


彩希の脳裏に、厳しいことを言ってきた拓也の顔が浮かぶ。


「それなら明日、その人にも話しておいたら?
ご迷惑をおかけしてすみませんでしたって、一応」

「そのほうがいいかな」

「まぁ、もう気にしていないかもしれないけれど、でも、ねぇ」

「……わかった」


彩希は、その方が、冬馬のためにもいいだろうと思い、頷いた。





次の日、彩希は遅番だったため、通勤ラッシュにはもまれず、

余裕のある電車で出社した。制服に着替え、そのまま地下通路を通る。

前回、冬馬に頼まれた『実演販売』のことを聞きに来た日は、

誰にどう切り出せばいいのかわからず、オロオロした態度ばかりになり、

挙動不審者を自ら演出してしまったが、今日は会う人間を決めているため、

視線もうろつくことなく、3階で降りる。

廊下を歩いている人の中で、一番優しそうに見えた男性に、声をかけた。


「すみません」

「はい」

「あの……寝具担当の広瀬さんは」

「広瀬?」

「はい」


その男性は一瞬首を傾げたが、すぐにわかったのか表情を変える。


「広瀬なら2階に異動しましたよ。『食料品第3ライン』です」

「第3? 本当ですか」

「はい」


彩希はそうだったのかと、教えてくれた男性に頭を下げ、階段を降りることにした。



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