7F フリをするのは無責任 ①

7 フリをするのは無責任

7F-①


彩希は、益子の言葉を聞きながら、

自分が担当でもないのに、会話から抜け出せないことに気付く。

彩希は、隣に立つ拓也の裾を引っ張った。


「ん? 何」

「何じゃありません。私は、こんなことをするために来たわけではないので」


益子が気持ちよさそうに演説を始めたので、彩希は声を落として話す。

拓也はわかったと頷き、彩希と一緒に、一度外へ出た。


「大丈夫でしょうか」

「何が?」

「何がじゃないです。あの担当の人、私の言葉に、とっても嫌な顔をして」

「誰でも否定をされると、気分は下向きになるものだ」

「そう仕向けたのは広瀬さんです」

「仕向けたわけじゃない。意見を聞いただけだ」

「そうですけれど……」


彩希は、また話がそれていることに気付き、言葉を止める。


「あの」

「だから何?」

「冬馬から連絡がありました。先日は、色々とご迷惑をおかけしてしまったので、
その話をしに、私は来ただけです」

「……冬馬?」

「はい」


拓也は、しばらく考える顔をする。


「誰だ、それ」

「『実演販売』の……」

「あぁ」


拓也はわかったと手を叩いた後、すぐに彩希の顔を見る。


「連絡、取れなくなったんじゃないのか」

「昨日、メールが来ました」

「メール?」

「はい。突然連絡を取らなくなって悪かったということと、
会社の違反については、何も知らなかったこと……」


彩希は、冬馬自身も会社に騙されていたのだと、普通の顔をして語った。

拓也はとりあえず話を聞き続ける。


「で、新しい仕事を見つけたことも、教えてくれました」

「新しい仕事? もう、見つけたの」

「はい」


彩希の『そうなんです』という明るい表情に、

拓也は出しかけた言葉をとりあえず奥に引っ込めた。


「今度は貴金属を扱うお店だそうです。青山……あ、きちんとありましたよ、お店。
ホームページもありましたし、別店舗もありました」


彩希は『ADB』と違い、形のある会社だと、嬉しそうに話す。


「あのさ」

「はい」

「江畑さん、君、その……冬馬……あ、そう、河西さんだったな、
彼の話を信じたの?」

「信じたのとは、どういう意味ですか」

「いや、だからさ」


拓也は、最後まで話を聞き続けた後、彩希の平穏な心をかき乱すような話をし始めた。

冬馬が実際、会社の違反を知らないはずがないこと、

会社のホームページがあったとしても、それが売り上げや実績の証拠にならないこと、

さらに、冬馬自身が、どういう立場にあるのか、それもわからないと言い始める。


「『ADB』の騒動があってから、どれくらい経った? いくらなんでも、
業界未経験者が正社員として入って、すでに何かしら任されるというのは、ちょっと……」


拓也の言葉は、否定ばかりが前に出ている気がして、

彩希は、だんだんと不快な思いをし始める。


「そもそもさ、彼は俺が商品の内容を聞いたとき、自分は知らないと言ったんだ。
『知らない』って言葉は、簡単に言える。でも、これほど無責任な言葉はない。
それに……」

「あの!」


彩希は全身をジャンプさせるくらいの勢いで、体の奥底から二文字を送り出す。


「そこから先の話は、結構です。私は、広瀬さんのお説教を聞くつもりはありません。
冬馬のことも、これからお願いしているわけではないはずです。
ただ、ご迷惑をかけたと謝りに来ただけですから」


彩希は、そろそろ仕事が始まるのでと頭を下げ、その場を去ろうとする。


「なぁ!」


今度は拓也が彩希を呼び止める。

彩希は、一度大きく息を吐き、振りかえった。

表情は、否定が全面に押し出されたままで、眉間にもしわがよる。


「ごめん、立ち去る前に聞きたいんだ。
どうしてあの羊羹が、『千波庵』や『竹ノ堂』よりも落ちると思ったんだ」

「どうしてって」

「『和三盆』を使っていると、相手は言っている。よくはわからないけれど、
決して味は悪くないはずだ」


拓也はそう言いながら、彩希の反応を見る。


「『和三盆』?」

「あぁ……」


彩希は、羊羹を入れた感覚を思い出そうとしているのか、少し口を動かした。

数秒後、黙ったまま首を振る。


「あれは『和三盆』を使った味ではないです。
口当たりのざらつき感など、本当に使っていたら出ないはずですし」

「ざらつき感」

「広瀬さん、食べなかったのですか?」

「いや、俺も食べたけれど」

「だったら……」


彩希は、食べているのならわかるはずだと、そう拓也を見る。


「そう、何をしているんだって顔で見るなよ。俺は……『味音痴』なんだ。
甘いとか辛いくらいはわかるけれど、うまみの段階に突入すると、難しい」


拓也は、そういうと軽く鼻をかく。


「相手先が使ったと言い張るのなら、使ったのかもしれませんが、
味としては全く生きていないと思います。せっかくの素材を生かせていません」

「生かせていない……」

「食べてみてください、他のお店のもの。そう、『竹ノ堂』の節羊羹」

「節羊羹」

「はい。『和三盆』と銘打つのなら、あのくらいの味を出さないと」


彩希はそれではとまた数歩、前に進む。


「『味音痴』だとしてもわかるくらい、違いますから」


彩希はその言葉だけを残し、そのまま階段を駆け下りた。





『竹ノ堂』の『節羊羹』


拓也は席に戻ると、メモにそう書き写した。

益子の演説は終了し、まつばはみんなの意見をまとめ、相手に連絡を取ることになり、

『秋のごっつあん祭』の最終打ち合わせがある武と寛太は、すでに席から消えていた。

エリカは、戻ってきた拓也のことを見る。


「広瀬さん。今の人、『KISE』の食料品売り場に立つ、販売員でしょ?
どうして彼女を連れてきたの」


右手でペンを軽く回し、椅子を少し動かすと、エリカは拓也を見る。


「連れてきたわけじゃない。別の用件で来たのを、偶然掴まえただけだ」

「でも、すぐに立ち上がって、声をかけた。
それは、彼女ならと思った……そういうことでしょ」


エリカは、手直しを頼まれた書類に線を引く。


「まぁ、そうだ」

「いくら食料品部門に自信がないからといって、販売員を連れて来て
味の確認をさせるなんて、広瀬さん、あまりにもプロ意識が低くないですか?」


エリカは、いいものを食べていないと、味はわからないと、ぼそっとつぶやく。


「プロ意識か」

「はい」



『相手先が使ったと言い張るのなら、使ったのかもしれませんが、
味としては全く生きていないと思います。せっかくの素材を生かせていません』



「何も実力がないのに、その場にいるだけでプロだと勝手に思い込む方が、
俺にしたら意識が低いと感じるけどね」


拓也はそう言い切ると、あらためて席を立った。

エリカは、すぐに言い返した拓也の背中を、じっと追い続ける。

タバコでも吸うつもりなのか、拓也は部屋を出て行こうとする。

エリカは口を結んだまま、その背中に向けて、両手を『ピストル』の形にした。



7F-②




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