7F フリをするのは無責任 ②

7F-②


拓也は、地下通路を通り『KISE』に入ると、『竹ノ堂』に向かった。

そして、彩希が言っていた『節羊羹』を購入する。

部屋に持ち帰り、同じく買ってきた小さなナイフを使い、

羊羹の大きさを、今回提案された商品にあわせてみた。

角砂糖くらいの大きさのため、比較出来るだろうかと考えながら、口に入れる。

どちらも甘く、後味も悪くない。

確かに、彩希の言っていた通り、『竹ノ堂』の方が、小豆の味が強く、

上品だと思えなくもないが、今は自分自身が切り分け、口に入れているため、

先入観だと言われてしまうと、それを否定できなくなる。

どこかのクイズ番組のように、目隠しして口に入れてみようと思うが、

どこか空しい気がして、動きが止まる。



『難しいと思います』



『抹茶味』のお菓子を探していたときも、彩希には迷いがなく、

その動きには、余裕すら感じられた。そして、今も、黙っていた最初から、

味の違いを見抜いたからこその発言だと、拓也はそう思った。


「どうしてわかるんだ……って、わからない俺がおかしいのか?」


拓也は小さく切った羊羹を見ながら、腕を組んだ。





『『知らない』って言葉は、簡単に言える。でも、これほど無責任な言葉はない』



拓也に言われた瞬間、彩希は、自分の考えを全否定されたことに腹を立ててしまい、

戻ってきてしまったが、売り場に立ち、ゆっくりものを考え出すと、

その考えの方が正しいのではないかという気持ちになっていく。

確かに、冬馬が何も知らなかったのであれば、携帯の番号を変えてしまう必要もないし、

逆に、誤解されないよう、早く連絡を取る方が、誠実と言えたのではないだろうか。

新しい連絡をしてきたのは、謝罪よりも、また自分を巻き込むためなのだろうかと、

彩希は不安が増していく。


「すみません、ちょっといいですか」


売り場にやってきた男性に声をかけられた彩希は、

『いらっしゃいませ』と頭を下げた。





『木瀬百貨店』がある駅以外にも、東京には色々な街が存在する。

高層ビルが立ち並ぶ中に、多くの一流店を持つホテルがあった。

地方から来たサラリーマンが、落ち着く場所というよりも、

外国から来た特別な客や、高級な洋服を着て買い物をする女性が利用するような、

そんなホテルの1室に、エリカはいた。

もちろん、一人さみしくというわけではなく……


「『伊丹屋』?」

「そう……急に名前が出てきたの。みんなそれならって顔で」

「キューブの羊羹か……いや、うちが声をかけたということはないな」

「本当に? ウソついていない?」

「どうして僕が、エリカにウソをつくわけ」


エリカがベッドの上で会話を交わす相手は、彩希を警察の追及から助けた、

あの純だった。『伊丹屋』のエースとして、力をつけてきた純と、

『KISE』で、いまだに本気を出しきらないエリカとは、

数年前から肌を見せ合い、互いに愛を語る関係にあった。


「騙されてるよ、それ」

「騙し?」

「『伊丹屋』って名前を出す店は、結構あるんだ。まぁ、セールスマンもよくやる手だろ。
高価な問題集などを売りつけるときには、『隣のお嬢さんも買いました』って相手に言う」

「……で?」

「そうすると、それならうちの子供も買わないと、
あの子より勉強が遅れてしまうって焦るわけだ。
親心を逆手に取って商売をする。それと同じだよ。そうだろ」


純は体を横にすると、エリカの背中越しに手を回す。


「確かにそうね。『伊丹屋』って名前が出た瞬間、全員の目が変わったもの」

「ふーん……」


純の指が、エリカのふくらみに向かう。


「ふふ……何しているの」

「何って……言葉で言わなくてもいいはずだけど」

「嫌よ、言葉がないと。純は何を考えているのかわからないもの」

「言うねぇ……」


純はエリカの耳元に口を近づけ、なにやらつぶやく。

エリカはくすぐったいと笑い、さらなる刺激を受け入れた。





『江畑さん、君、その……冬馬……あ、そう、河西さんだったな、
彼の話を信じたの?』



仕事を終え、部屋に戻ってからも、彩希の脳裏には何度もこの言葉が浮かんだ。

なぜ浮かぶのか、それはあまりにも明白だった。

彩希自身が、冬馬を『信じ切れていないから』だ。

それと同時に、今度こそきちんと知り、

再出発を見届けたいという思いも、膨らみ始める。

一人で考えながら天井を見上げていても、何も解決することはないとわかり、

彩希は、冬馬のメールに返信をする。

『話があるから、会いたい』というメールに、

こちらから早いうちに連絡をするという返信が戻ったのは、次の日の朝だった。

彩希はそのメールを確認しながら、いつもの電車に揺られ続ける。

夏になり、車内は強烈な冷房が効いているはずなのに、あまりにも人が多くて、

熱気の方が勝っていく。

それでもなんとか駅に到着し、新鮮な空気を思い切り吸い込むと、

同じ時間に反対側の電車から降りた恵那が手を振っていた。


「おはよう」

「おはようバタちゃん。今日も暑いね」

「うん」


恵那は、総菜売り場でも冷たいものがよく売れるようになったと言いながら、

進んでいく。


「あ、そうそう。和菓子売り場でも『くず餅』とか『水ようかん』とか……」



『竹ノ堂』



彩希は、羊羹という言葉に、また拓也との会話を思い出す。


「どうしたの?」

「うん……昨日、別件で本部の方へ行ったら、
新しく入れるかもしれない、お菓子の話し合いだったみたいなの。
なんだか色々と試しているみたいだったけれど」

「へぇ……新しいところが入るのかな」

「あの羊羹は難しいと思うな。食べたらすぐにわかったもの、
うちで扱っているものの方が美味しいって」


彩希は、食べ比べれば一目瞭然なのにどうして悩むのだろうと、

つぶやきながらエレベーター乗り込んでいく。


「いやいや、バタちゃんは、お菓子の味覚に鋭いからそう思うけれど、
意外にみんなわからないのよ」

「わからない?」

「そう、高そうな場所で売っていれば、高くても納得するし。
とっても美味しいものでも、売る場所を間違えてしまうと、評価も下げてしまうしね」


恵那は、結構、包装紙と箱に騙されていると、笑い出す。


「そうかなぁ……わからないのかな、味」


彩希は、ポケットから定期の入っているケースを取り出していく。


「それならもっと、売り場の意見を取り入れてくれたらいいのに」


彩希は改札を出た後、階段を降りながら、そうぽつりとつぶやく。


「前に一度あったじゃない。生きた意見が聞きたいから、
何かあったら書いてくれって、ほら、アンケート」

「あぁ、うん」

「私も内心、あれこれあるよと思ったけれど、記名式だったからさ、
そりゃ無理でしょうって、何も書かなかった」

「あぁ、あったね、そういうの」


彩希も、ペンを持ち、書く寸前までいきながら、結局、記名式という部分があり、

思いをはき出せなかったことを思い出す。


「あんまり真剣に考えない方がいいわよ。
どうせ私たちなんて、お店を背負って立てるわけではないのだから。
決められたものを、どうぞ、どうぞって薦めればいいの」


恵那は、休み時間に絞りたてのジュースを飲もうよといいながら右に曲がりだす。

彩希もその動きに続きながら、何味がいいかと、恵那に話しかけた。



7F-③




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