7F フリをするのは無責任 ③

7F-③


『伊丹屋』の秋イベントが、華やかにスタートした。

新聞の折り込み広告も入り、テレビでも『また今年もやってきました』と、

特集されるほど、盛況な様子を見せる。

その記事や報道は、同じような企画をする予定の『木瀬百貨店』メンバーにも、

当然入ってきた。


「規模が違いますね、『伊丹屋』は」

「そうよね。老舗っていうプライドと、なんだろう、余裕?」


まつばと寛太はちらしを見ながら、また新しい店が入っていると、

その名前を指差した。思わずため息まで乗せてしまう。


「何、圧倒されているんだよ。こっちだって色々と考えてやっているんだ。
2週間後、逆転だよ、逆転」


武は下向き気味のまつばと寛太に、力強くいうと、

『第1ライン』のメンバーと合流し、最終確認をそれぞれの店舗にし始めた。

地方から出店する中には、『伊丹屋』のイベントを終えた後、

そのまま『木瀬百貨店』の方に入る店もある。


「どうも、『KISE』の大山です」


武は受話器を持ったまま、丁寧に頭を下げた。



同じ時間、開店前の『KISE』でも、話題は『伊丹屋』のイベントだった。

彩希は着替えを済ませ、鏡で最終確認をする。

少し前にあるロッカーで着替えた恵那は、なにげなく置いてあった新聞を取り、

ペラペラとめくりだした。


「あ!」


その声に、更衣室にいた数名が、何事かと振りかえる。


「すみません、ごめんなさい」


恵那は丁寧に頭を下げると、新聞を持ったまま彩希のところに来た。

両手で開いている誌面を見てくれと、顔で合図する。


「何?」


彩希がその誌面を見ると、真ん中くらいに『伊丹屋』のイベントが特集されていて、

その枠内に『企業人』と書かれた小さな記事があった。

映っていたのは、今回のイベントを盛り上げた担当者の一人で、

名前は『栗原純』となっている。


「この人……」

「そう、この人だって。ほら、毎日うちに来て買い物するっていう人」

「エ? この人なの?」


彩希は恵那の顔を確認する。


「何? 今、そういうつぶやきじゃなかったの?」

「いや、私もこの人、知っているから」

「知っていたの? 彩希」


今度は恵那の方が驚き、空いている場所に新聞を置く。


「偶然、街の中で会ったの。ちょっと助けてもらって。
『伊丹屋』の人だとは知っていたけれど、恵那が言っていた人だとは、思わなかったよ」

「いやいや、私はまさかあの人が『伊丹屋』の人だとは、思わなかった」


恵那は、毎日ここに来ていたのは、偵察だったのかしらと言い、

写真より実物の方が素敵だと、付け足した。



2階の営業企画部では、同じ誌面をエリカが見ていた。

前に出てくるのは嫌だと言っていた純だったが、いよいよ本気になったのかと、

つい、口元がゆるみだす。その後ろを益子が動いた。


「おはよう」

「あ、おはようございます」


エリカは見ていたページを何気なく閉じる。

益子は『伊丹屋』のイベントが動き出したことを話し、

こちらも負けないように追い込みをしようという、言葉が続く。

『木瀬百貨店』の一日が、今日も始まった。





その頃、拓也は『伊丹屋』の中にいた。

今まで、こういったイベントには興味もなかったので、何が行われていても、

入ったことなどなかったが、本意ではないにしても、担当になった以上、

目をそむけているわけにはいかないと、売り場を歩き始める。

8階の催事場を全面に使い、エスカレーターを上がった瞬間から別世界を演出し、

客たちの視線を前へ、前へと向ける工夫がしてあった。

どういった導線にすれば効率よく動けるのか、

人気店はどこに配置をすれば客の混雑を緩和できるのか、

『伊丹屋』はさすがに回数も多く、歴史も長いため、

しっかりと鍛えられているイベント内容になっていた。


「いらっしゃいませ」


香り、音、そういったものが五感をそれぞれ刺激する。

拓也も過去の売り場で、それぞれイベントは作り上げてきたが、

これだけの客数が動くものは今までになかった。

客がたくさんいるということは、購買意欲をかきたて、気持ちを前向きにするが、

店員の対応が悪いと、後ろ向きにも変えてしまう。

ライトが見えたので、その前に向かうと、

昼の情報番組だろうか、生放送でイベントを扱っていた。

拓也の時計は、朝11時少し前を差している。

これを見た主婦たちが、今からこちらに向かってくることも計算しての放送だろう。

レポーターの声を、少し離れた場所で聞きながら、拓也はある売り場の前に立った。


「あの……」

「はい」

「これもこれも同じ北海道のメーカーですが、味は違いますか」


同じような形をしたお菓子が並び、値段は少し右側の方が高い。


「えっと……こちらは観光名所にもなる有名店のものです。
こちらも味は美味しいですし、地元では知られていますが、
全国的にはまだ無名なので、で……あの……こんなふうに」


店員は、決まったセリフを忘れてしまったのだろうか、

どこかまとまりのない、説明を受ける。


「味は、どう違いますか」


目の前にいた女性は、そこまで聞くのかという顔をした後、

少しお待ちくださいと場所を移動した。

拓也の前に、同じ『レーズンサンド』が並ぶ。

同じような商品を並べて見ていると、今、この場に彩希がいれば、

食べ比べてもらえるのにという思いが、膨らみ始める。

有名、無名という見えている部分ではない、

彩希なりの評価を、拓也は聞いてみたくなった。

数分後、別の男性が現れ、細かく説明をしてくれるが、

味に関しては『大差がない』という期待外れのものだった。

拓也はわかりましたと頷き、両方を買い物カゴに入れ、その場を離れた。


「4分か……ちょっと長いな」


答えを待つ客を待たせる時間としては、少し長いとそう思った。

もちろん、担当者も待ち構えているわけにはいかないので、

これだけの賑わいだと多少は仕方が無いにしても、

4分待たせるというのは、普段の商売ではあり得なかった。


拓也は他にもいくつか商品を購入し、袋に入れてもらう。

売り場の隅にちょっとした人だかりがあったので、そちらに目を向けると、

『伊丹屋』の上に立つ人だろうか、白髪混じりの男性が見えた。

そして、その前に立ち、ひとりの男が何やら説明をしている。

年齢も自分と変わらないように見えるが、その立ち振る舞いは堂々としていて、

拓也は、しばらくその様子を見続けた。



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