8F キラリと光る傷ついた心 ①

8 キラリと光る傷ついた心

8F-①


封筒から出された紙の束は、シールを貼ったチケットのようなものだった。

それは、バラバラにならないよう、輪ゴムでとめられている。


「青山の店まで直接来てもらう人だけに商売するのでは、
なかなか売り上げが上がらない。だから、空いている場所を短い期間で借りて、
そこで展示会を行っているんだ。時には、個人の家を会場にさせてもらって、
見てもらうこともある」

「個人の家?」

「そうそう……」


冬馬が指で触れたネックレスは、結構、若い主婦に人気のものだと、

彩希は説明を受ける。


「子供がいたり、お金がかかる時期だから、あまり高価なものは買えないけれど、
おしゃれをする気持ちは無くしたくないという人たちに、結構受けているんだ」

「ふーん……」


ネックレスの値札は、『30,000』の数字が並んでいた。

ちょうど、彩希が返金された金額と、同じになる。


「彩希だからさ、ウソつけないから言うけれど。
実は俺、まだ正式な社員ではないんだよね」


冬馬は、怪しい会社ではないから、厳しいんだよと笑ってみせる。


「実績を作って、認めてもらわないと、あがっていけない。
でも、それは仕方がないよな。だって俺、何も誇れるものないし。
だから今、底辺から一歩ずつ進んでいる」


冬馬は、こうして見本を持ち歩き、興味を持ってくれる人を増やし、

お店や会場に案内することが、大事なことだと話し続ける。

彩希は冬馬の言葉を聞きながら、自分の前にあるチケットの束を見た。


「宝石なんてさ、生活に絶対ないとならないものではないからね。
興味を持ってもらうのも、結構大変だよ」

「うん……」


冬馬は話しながら、何度も彩希の表情を確認する。

厳しい言葉が出てこないことがわかり、『それでね』と切り返した。





「いよいよですね、『ごっつあん祭』」

「それはそうだけれど、大林、どうしてお前が今、ここにいる」


拓也は正面玄関を出て、そのまままっすぐに進む。


「どうしてって、仕事が終わって階段を降りてきたら、同じく仕事が終わって、
帰ろうとしている広瀬さんを見つけたということですよ」


芳樹は横断歩道が赤だったことに気付き、立ち止まる。


「ほぉ……見つけたねぇ」

「はい」


止まっていた車が、一斉に走り出した。

歩行者用の信号機についている、時間を示す赤のラインが減っていくたび、

横断歩道のまわりに立つ人が増えていく。


「確かに、上から降りてくる人がいたのは認める。
でも、廊下をウロウロしている人がいたことも認めてくれ」

「……ウロウロって」

「ウロウロだろうが」


自動車用の信号が、そこで黄色に変わる。


「いいじゃないですか、結果的に同じになったわけだし」

「結果的じゃないだろう、大林、あのなぁ……」


拓也が話そうとした瞬間、歩行者信号が青に変わった。

『進んでいいよ』という音楽が鳴りだし、

拓也も止まっているわけにはいかず、前に進む。


「まぁ、いいや、めんどうくさい」


芳樹と拓也が帰りの道を歩いていると、

彩希と冬馬が向かい合っているコーヒーショップの前に、自然と到着した。


「広瀬さん、実はですね」


何も知らない芳樹は、その二人の姿を気にとめること無く、話を続けようとする。

拓也がチラッとテーブルの二人を見ると、彩希の前に座る男は、

箱からネックレスを取り出し、何やら笑みを浮かべていた。

一瞬、誰だろうかと考えたが、彩希のプライベートにまで口出しをするのもと思い、

視線を前に向ける。


「小川課長ですけど、広瀬さんがいなくなって、しばらくは鼻歌を歌っていたのに、
近頃……」


芳樹は、隣に立っているはずの人に顔を向けたが、そこに拓也の姿はなかった。


「あれ?」


芳樹が拓也を探すと、明らかに拓也の歩みが遅くなっていた。


「広瀬さん、何しているんですか」


関係ないと思った拓也だったが、彩希の前にいる男の正体に気付いた途端、

勝手に体が動きを止めていた。

以前も彩希に迷惑をかけた知り合いが、新しい仕事のことでまた来ているのだろうと、

すぐにわかる。



『今度は貴金属を扱うお店だそうです。青山……あ、きちんとありましたよ、お店。
ホームページもありましたし、別店舗もありました』



「おい、大林、コーヒー飲むぞ」


拓也は、そのまま足を店内に向けてしまったため、

それを見た芳樹も、慌てて足を店に向ける。


「コーヒーってどういうことですか。どうして帰りに。
いつもそんなことしないでしょう。広瀬さん」

「お前が、小川がどうしたって話をしたそうだから、聞いてやる」

「聞いてやる? そこでなぜ上からになるのかな」


拓也の視線の先が気になりながらも、芳樹は仕方なく列に並んだ。



「……素敵なネックレスだね」

「だろ? 商品はきちんとしているし、決して迷惑をかけることはない。
今度は、うん、ちゃんと保証する」


冬馬は、そういうと、少し前に出したチケットを彩希の前になる場所に置きなおす。

それは、いつ、どこで展示会が行われるのかが書かれた、『ご招待』チケットだった。


「だからさ……彩希」


冬馬は、入場はもちろん無料だし、

強制的に購入を勧めるようなことはしないと約束する。

彩希は黙ったまま、輪ゴムを押さえ、チケットを1枚取った。


「これさ……彩希の仕事の人たちに配ってくれないかな」


彩希は、冬馬の顔を見た。

冬馬は、自分がまだ下っ端なので、正社員として認めてもらうには、

こういった地道な作業が必要だと、そう語りだす。


「元々、人と話す事は嫌いじゃないし、
こうやって営業をするのもあっていると思うんだ」

「うん……」

「でも、人を集めるのは、なかなか難しくてさ」


彩希は、テーブルの端に追いやられた自分たちのカップを見た。

本来、ここはコーヒーショップで、

互いの話をしながら、コーヒーを飲むためにある場所だった。

前回も、今回も、冬馬の頭の中にあるのは、コーヒーでも、彩希のことでもなく、

自分のことだけだと、気持ちが重くなる。


「実演販売はさ、許可がいるだろうけれど、こんなもの休憩室におくくらい、
問題ないだろ?」


彩希の頭の中に、ベテランパートの竹下や高橋の顔が浮かんだ。

こういったものに興味を示し、何やら聞いてきそうな気がする。


「申し訳ないが、無理ですね」


彩希の見ていたチケットを、横から取ったのは拓也だった。

彩希が顔をあげると、拓也はチケットを確認しているように思え、

そして、そのまま冬馬に戻した。

冬馬は、突然現れた拓也が誰なのかわからず彩希を見るが、

彩希の視線は拓也に向かったままなので、とりあえず拓也からチケットを受け取った。


「『木瀬百貨店』では、社員同士、勧誘などの行為を、禁止しています。
これはその禁止事項にあたるかもしれないので……」

「あの……」


冬馬は誰なのかと、小声で彩希に尋ねた。

彩希は、我に返る。


「冬馬。ほら……以前話をした、広瀬さん。実演販売のこと、電話してくれたでしょ」

「あ……」


冬馬は、電話で話をした男だとわかり、少し斜めになっていた体をまっすぐに戻す。


「申し訳ありません。自己紹介が遅れました。『寝具』……
いや、『食料品第3ライン』の広瀬です」


拓也が名刺を出したので、

冬馬は、それを受け取りながら、慌てて頭を下げる。


「大変でしたね『ADB』」

「あ……はい。ご迷惑をおかけしました」

「いえ、ご迷惑をかけられてはいませんよ。
まぁ、こんなものだろうと予想はついていましたので、大丈夫です」


拓也の言葉に、冬馬は少し表情を変えた。



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