8F キラリと光る傷ついた心 ②

8F-②


「すみません、お名前、確か河西さん……でしたよね」

「はい」

「あの……」


拓也の厳しい表情に、冬馬は、視線を彩希に向け、助け舟を出して欲しいと訴える。


「冬馬、これ、私買うね。気に入ったから」


拓也の言葉を遮るように、彩希は箱の中からネックレスを取ると、

少し前に冬馬が戻した封筒を、そのまま前に押し出した。


「彩希……」

「これ、買うから、私。お金はほら、ちょうどあったし。
こういったものを、たまには買うのもいいかなと思っていたし」


彩希は右手でネックレスを握ったまま、席を立つ。


「冬馬の再出発、こんな形でしか応援できなくてごめん。でも、これ以上は無理」


彩希は断言こそ避けたが、拓也同様、チケットを配ることは出来ないと、

そう遠まわしに告げる。


「それでも、元気で安心した。少し寄り道して行きたい場所があるから、これで」

「おい、彩希」


冬馬の声に、彩希は返事をせずに拓也を見る。


「広瀬さん」


芳樹は他のテーブルに座る人たちが、

何をしているのだろうと3人を見ていることに気付いたが、

口を挟むことが出来ず、その場に立ち続ける。


「何か」

「ここはコーヒーを飲むところです。そんなふうに前に立たれていたら、
みなさん落ち着きません。ちゃんと飲むものは買ったのですか?」


彩希の言葉に、拓也は斜め後ろに立つ芳樹を見た。


「……あ」

「こんばんは」


紙のカップを2つ持った芳樹は、よくわからないトライアングルを見ながら、

一応、社会人として挨拶をする。

彩希は、あらためて拓也を見た後、小さく何度か頷いた。


「買っていたのなら、問題ないですね。すみません、お先に失礼します」


彩希はそのままリュックを握り、店を出て行ってしまう。

冬馬は、慌てて箱を片付け出す。


「うわぁ……広瀬さん」


拓也は、芳樹の横をすり抜け、彩希を追うように店を出た。

駅へ向かう人たちの動きに、体を斜めにしながら、前に出る。


「おい」


駅の階段を上がる途中で、彩希は拓也に腕をつかまれた。


「おい、待てって。なぁ、そんなものいくらで買った」

「そんなものじゃありません。いくらだって関係ないです。
私が納得して買いましたから」

「納得出来ている顔じゃないだろう」


拓也は明らかに不満そうだと、口にする。


「顔は昔からです」

「は?」

「こんな顔なのは、昔からですと言いました」


彩希は、口を閉じると、鼻を上下にクシュクシュと動かしだす。


「君がそうやって甘やかすから、彼が自立出来ないんだぞ」


拓也は、またこんなことになったかというように、一度大きく息を吐いた。


「自立って……ほっといてください!」


彩希は拓也の手を振り切った。そして、そのまま残りの階段を駆け上がっていく。


「あ、おい!」


拓也はあらためて後を追おうとしたが、興奮状態の彩希をこれ以上追うのは、

逆に追い込む気がして、あげた手を下ろした。

拓也の横を、駅に向かう人たちが通り過ぎていく。

拓也は、彩希の姿が完全に消えた後、体の方向を反対にする。

上がってくる人たちを避け、階段の左側に向かうと、

下には、片づけを済ませ、彩希を追って来た冬馬が立っていた。

拓也は1段ずつくだり、冬馬と同じ一番下に到着する。


「河西さん」

「はい」

「『ADB』が、法的に問題のある会社だという事、
あなたは知らなかったと彼女に話したらしいけれど、それはウソだろ」


拓也の言葉に、冬馬は本当に知らなかったと言ってみせた。

それでも表情を変えない拓也を見ているうちに、冬馬は視線を外してしまう。


「知らなかったのなら、なぜ携帯を止めた。
どうして、迷惑をかけた彼女に、連絡がすぐ取れなかったんだ」


階段の下で話す、冬馬と拓也の後ろに、『ブレンド』の紙コップを2つ持つ、

芳樹が立つ。


「河西さん、俺はあなたと彼女がどういう知り合いなのか、そこは何も知らない。
彼女は、あなたに頼まれたことのために、普段なら用もない本社に顔を出して、
誰に聞いたらいいかもわからず、不安そうな顔で社内を歩いていた」


拓也の脳裏に、挙動不審な彩希の姿が蘇る。


「彼女は、食料品売り場で、とてもしっかり仕事をする人だ。
俺はそれを知っていたので、どうしたのかと声をかけた」


彩希の印象が悪かったら、声をかけることはなかっただろうと、拓也は言った。

冬馬は黙ったままで聞き続ける。


「1から10まで彼女に頼んでおいて、急に消えてしまったり。
また、新しいことが始まったから、手を貸してくれというこの状態。
あなたのしていることは、あまりにもズルイ」


拓也はスーツ姿の冬馬を、じっと見る。


「彼女が言った通りだ。あの場所は、コーヒーを買って、それを飲みながら、
互いの話をして笑ったり、悩みを聞いて考えたり、そういうところだ。
でも、あなたは違う。いつも彼女を呼び出し、一方的に語って利用する。
そうだろ……違うのか」


冬馬は拓也の言葉に、言い返すことなく立ち続ける。


「まぁ、俺があの場所に立ったことで、まだ続くはずだった流れを乱したのなら謝る。
でも……」

「これ、あいつに返してください」


冬馬は封筒を出した。


「なんだよ、これ」

「3万円です。あのネックレスの代金として、彩希が置いていきました。
元々は、俺が彩希に金を借りて返したものです。
だから……いや、いくら商品を持っていったとしても、もらえない」

「もらえない?」

「はい」

「もらえないってなんだよ。買わせるつもりで、宝石を見せていたんだろ」

「……違う」

「違う?」


冬馬は、自分がこういうことを始めたことを、語るだけだったと拓也に言い返す。


「だったら、商品なんて持ってくるなよ、チケットなんて持ってくるな」


拓也の正論に、言い返そうとした冬馬の口が閉じる。


「いい歳になって、甘ったれるな」


冬馬は少し不満そうに、口を結ぶ。


「俺がどうして、あなたの助けをしなければならないんだ。
どこまでも人を頼ることしか出来ない男だな……」

「広瀬さん、あの……」


後ろに立っている芳樹は、また拓也の口調が荒くなってきたと、心配になる。


「本当に悪いと思うのなら、しっかり自分の足で立てよ。
厳しい世の中の波にもまれて、それでも踏ん張って、立ち続けろ。
それから正々堂々と会いに来いって」


拓也は冬馬の後ろに立つ芳樹に向かって、『行くぞ』と声をかけた。

芳樹は冬馬に軽く頭を下げると、階段を登っていく。


「お前、紙コップで買ったのか」

「はい。なんだか嫌な予感がしたので。すぐにでも飛び出せるよう、
紙コップでお願いしました」


芳樹から拓也は、無言のままカップを受け取る。

互いに定期を取り出して、改札を通り抜ける。


「大林」

「はい」

「お前、成長したな」

「……ありがとうございます」


紙コップを持ちながら、二人はホームのベンチにすわり、

そこで初めてコーヒーに口をつける。


「ぬるい……」

「当たり前じゃないですか。何分経っていると思っているんですか」


芳樹は、今日のブレンドは『ブルーマウンテン』だと、

聞かれていない情報を提供した。



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