8F キラリと光る傷ついた心 ③

8F-③


一足先に電車に乗った彩希は、車内で初めて握り締めていた手を開いた。

小粒の石が光るネックレスは、彩希の手の中で小さくなっている。

彩希は開かない扉に寄りかかり、その長さを見る。

箱の上に置き、かわいいだろうと言っていた冬馬の顔を思い出した。


高校時代、冬馬のまわりには、いつも友達がいた。

志望校も早々と決め、自分の道をまっすぐに歩いているように見えた。

同じ頃、ひとつ年下の彩希は、何をしたらいいのかわからず、

色々と難しい顔をしている両親や祖父母に、冷たい態度を取っていた。

そんな自分とは違い、明るい未来を歩き出すものだと思っていたのに、

成人式を迎える頃にになると、冬馬の思いは、どこにあるのかわからないくらい、

不確かなものに変わっていた。


『入って見たらさ、全然違うんだ』


二人でカラオケに行って、大学の悪口を聞きながら、朝まで歌い続けたこともあったし、

ゲームセンターに通い、手にしたぬいぐるみを夜の公園にある滑り台から、

ゴロゴロ転がし、笑ったときもあった。

今は若いから、こうして迷ったりするのは当たり前で、

流れはいつか変わり、自分たちの時代が来ると、主張しながら映画を見た。

冬馬の、どこまでもポジティブな考えに着いていけば、

今ある状態から抜け出せる気がして、

彩希は、気持ちが楽になる相手だと気付き、朝まで一緒に過ごしたこともあった。


今、思い返してみると、あまりにも幼く、あまりにも未熟な関係だったが、

それでも、彩希の大切な思い出が、冬馬との中にはたくさんあった。


彩希はポケットからハンカチを取り出す。

むき出しになっているネックレスがかわいそうになり、ハンカチでそっと包んだ。





「あの人のことだったんですね、前に言っていた『悪徳商法』」

「そう言ったかどうか覚えていないけれど、まぁ、そんなところだ」


拓也と芳樹はベンチに並び、コーヒーを飲み続けた。

芳樹は、今度は『宝石』ですかと、ため息をつく。


「どんな商売だろうが、生きていくためにやるのだから、
俺は文句を言うつもりはないけれど、でも、彼のしていることは商売じゃない」

「……とは」

「あれは、人の情けにつけこんでいるだけだ」


拓也はそういうとコーヒーを飲み干し、カップを潰す。


「断れない相手に、断れないものを押し付けるのは……」


また1台、目の前のホームに電車が到着した。

拓也は言葉の続きを話すことなく、黙っている。


「広瀬さんが思い悩むことではないと思いますよ。
確かに情けに頼っているかもしれないけれど、あの彼女だって、大人なんですから、
わかっていて会いに来たのでしょう。ネックレスを買ったのも、
本当に気に入ったのかもしれないし……」


芳樹はそう言ったあと、数秒黙っていたが、『撤回します』と言いなおす。


「どうしたんだよ」

「いえ……冗談を含めたつもりでしたけど、広瀬さんがあまりにも真面目な顔なので、
これは撤回しないと、怒られるかなと」


芳樹もコーヒーを飲み終えると、拓也と同じようにコップを潰す。


「思い悩むことではない……か」

「すみません」

「いや、確かにな」


拓也はその通りだと、珍しく芳樹の意見を受け入れる。

芳樹は、自分の考えを受け入れている拓也の態度に、

本当に、機嫌がいいのかもしれないと思い始める。


「もしかしたら……」

「ん?」

「もしかしたら、広瀬さん。彼女を好きになりましたか?」


拓也の機嫌が悪くないと思っている芳樹は、

こうしてプライベートに首を突っ込もうとするのは、好意があるからではないかと、

笑ってみせる。


「ふっ……」


息の漏れただけのような笑いが、拓也から聞こえた。


「お前、本当にそう思って言っているのか?」

「いえ、冗談です。撤回します」

「だろ」

「はい……今まで見てきた、お持ち帰りのお姉さん方とは、ずいぶん違いますし」


芳樹は、拓也の気持ちを動かすのは、もっと違うタイプだったと、

笑って誤魔化そうとする。


「むしろ、逆だ」

「逆?」


どういう意味なのかと問いかけようとしたが、ホームに電車が入り始める。

強い風と、乗り降りする客の流れに、芳樹の言葉は続くことがなかった。





『KISE』のイベント。『秋のごっつあん祭』がスタートした。

開催日には、開店前から並ぶ客も多く、エレベーターは直通以外にも、

イベントへ向かう客を乗せ、一日フル回転で動き回った。

売り上げの多い店では、閉店前に商品がなくなることもあり、

このまま一気につっぱしるものかと思われていたが、3日、4日と続くうち、

客足は、だんだんと落ち始める。


「伸びていないな」

「はい」


その日ごとのデータが、すぐに益子のところには届けられ、

拓也もエリカもデータを見ながら、伸び悩む原因を探ろうとする。

益子は、思うことがあったら正直に言ってみろと、二人に声をかけた。


「2週間前に『伊丹屋』が開催していたことが大きいのでしょうか」


エリカは、後を追いかけると、『また』というイメージがつくのではと、話す。


「まぁ、『伊丹屋』だからな、関係がないとは言わないけれど、
この時期は、どこもこういう催事が重なるし、それを理由には出来ない」


益子は、『秋』という季節は、食料品関係のイベントが一番多いと話し、

ファイルを1枚めくる。


「あの……」

「どうした、広瀬」

「抽象的な言い方で申し訳ないですが、『伝統』と『規律』にこだわり続けてきたツケが、
今、ここに出てきているのではないでしょうか」


益子は、それはどういう意味だと拓也を見る。


「以前、ポスターを見せてもらってから、
このイベントで作られた数年間のちらしを見直してみました。
確かに、新しい店のことは必ず載っていますが、それ以外はいつも同じで、
目新しいものが、あまりにもなさ過ぎるのかなと」


定番、確実にこだわりすぎたあまり、

客からすると、わくわくした思いが持てなかったのではないかと分析する。


「ここに移ってから、あまりにも食料品はわからないと思い、
ひたすら仕事の道筋だけを追っていました。
まぁ、今回は『第1ライン』がメインですが、地下の食料品でも、
これから色々と催し物は必要になります。
『新しいもの』を入れていかないとならないのに、てこでも動かない店と、
簡単に吹き飛ばされる店。このあまりにも違う力関係は、現状維持でいいのでしょうか」


拓也は、そう言いながら益子を見る。


「組織を変えたほうがいいと、そう言いたいのか」

「変えたほうがというより、変えていかないと。本当に飽きられてしまったら、
戻ってこなくなるのではないかと」

「うん」


益子は、『今を変えて行きたい』という拓也の言葉に黙って頷いた。



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