8F キラリと光る傷ついた心 ④

8F-④


「打ち消しは……」

「打ち消し?」

「はい。ここで今までなら、数年くらいの実績で、あれこれ偉そうに言うなと、
言われるところですが」


拓也は小川課長をはじめ、今までは『改革案』がなかなか通らなかったと話す。


「変わらないといけないことは、実はみんなわかっている」

「わかっている」

「あぁ……ただ、自分の身に降りかかることは避けたいとそう思う。
これがサラリーマンってものだ。定年までの道のりは、長いからね」


益子は、ファイルを置くと、拓也とエリカを見る。


「さて、いよいよ、私たちが動き出す番……そう思わないか?」


益子の言葉に、拓也はその通りだと思い、頷いた。





「ん? 惨敗?」

「そうよ。この2週間、売り上げは伸びなかった。客足は結構あったのに、
『KISE』全体の広がりもないし、客単価が伸びなかったの」

「ふーん」


エリカは、『伊丹屋』が悪いと、純の頬に触れる。


「人のせいにするなよ。『木瀬百貨店』にだって、優秀な人間がたくさんいるはずだ」


純は軽く笑うと、ベッドから体を起こし、着替え始める。


「そう……これからおもしろくなりそうなの」

「ん? どういう意味?」

「聞きたい?」


エリカの挑戦的なセリフに、純の動きが止まる。


「聞きたいよ、もちろん」

「広瀬さんが、やっと動き出しそうなの」

「広瀬……」

「そう……言ったでしょ。入社5年目なのに、5つ目の担当だって男がいると」

「あぁ、上司に対しても媚びないって人のことか」

「そう。益子部長が、自由にやってみろってそう言った」


純はネクタイを手に取ったが、首にかけた状態で振り返る。


「自由にかぁ……あの益子さんなら言いそうだ」

「そうよ」

「それはどう動くんだ」

「知りたいの?」


エリカはそういうと、軽く笑ってみせる。


「内緒……」

「どうして」

「おもしろくないじゃない。何もかもわかってしまったら」


エリカは、ベッドの上に寝転がったまま髪に軽く触れる。


「そうか、秘密か」

「そうよ……」

「それは暴かないとならないな」


純はそういうとネクタイをあらためて結び直す。


「余裕ね、いつも純は。絶対に負けないと思っているもの」


エリカは、自信満々なセリフを吐く恋人を見つめながら、そう言った。





拓也はその日から机に『キセテツ』の地図をおき、ひとつずつ駅の周りを調べ始めた。

どういった店があり、どんな商品を扱うのか、地域の情報誌なども活用し、

わかったものはメモに取る。

益子に『変える』宣言をしてから1週間、拓也はほとんど席にいなかった。

あのゴタゴタの中、小川課長に追い出されるように異動した

『食料品第3ライン』だったが、拓也の立場はチーフとなっている。

かといって、完成間近だった『ごっつぁん祭』を弄り回すことは出来なかったため、

ここからが、いよいよ始動と言えた。



『広瀬の思うことを、まずはまとめてみろ』



益子は自由に動いていい宣言をしてくれたため、拓也は頭に浮かび始めたことを、

形にしようと、毎日とにかく動き回った。





そして、さらに1週間が経った。

『ごっつぁん祭』も、はるか過去のようになり、

催事場では『ボーナス』をあてにした商品たちが並び、

芳樹たち衣料品関係は、早くも『福袋』について、最終的な打ち合わせを迎えていた。

地下の食料品売り場には、七五三のケーキや飴などが並び、

そして、クリスマスを意識した洋菓子たちも、場所を埋め始める。

そんな冬景色をまといだした日の朝、いつもの朝礼はいつもとは違う話でスタートする。


「ということで、申し訳ありませんが、休み時間で構いませんので、
このアンケートをお願いします」


地下食料品売り場にいるスタッフたちに、紙が配られた。

竹下も高橋は顔を見合わせ、またなのかという表情を作る。


「アンケートって形は保っているけれど、これ、記名でしょ。
あれこれ書くわけないじゃないの、ねぇ」

「そうそう」


ぼやきのような声が、あちこちから上がり始める。

彩希は用紙を持ち、一番上に書かれた挨拶文の最後、

『広瀬拓也』の名前を確認した。

冬馬との一件以来、本部側の建物に行くこともなくなった。

食堂で、1、2度顔を見かけたが、近くには座らないようにしたため、

会話をすることは一度もない。


「チーフ、これ、どこに名前を書くのですか?」

「そうよね、右端かしら」


パートたちの言葉に、チーフの男性は一度咳払いをする。


「そうなのです。ここが重要です。みなさん、今回は無記名ですので」

「エ? 無記名なの?」

「はい」


チーフは、いつも記名式のため、みなさんの本音が聞きだせず、

アンケートとしての意味をなしていなかったと反省し、今回は無記名だとそう言った。

今まで静かだった人たちからも、それならという言葉が上がりだす。


「あの……」


彩希は手をあげ、チーフを見た。


「はい、江畑さん」

「無記名ですと、気楽に書ける半面、実際、取り入れてもらうことがあるのかと、
心配にもなりますが」


誰が言ったのかわからない意見など、本部の人間が相手にするだろうかと、

そう不安を口にする。竹下も、それもそうねと彩希に賛同した。


「みなさん、お客様の投書箱を、知ってますよね」


『投書箱』とは、お店に来たお客様が、スタッフたちに意見を述べたり、

取り入れて欲しいものなどを書き、入れる箱のことだった。

『KISE』にも、そのような箱が確かにおいてある。


「今回は、無記名でもその意見を読み、
全てにおいて『食料品』のラインにいる社員がきちんと答えを出し、
印刷したうえで、この更衣室に張り出すそうです」


字のクセなどで誰なのかわからないようにするため、

返事は全てパソコンで打ち直した紙に、書くということがわかる。


「あ、それなら……たとえば、更衣室に鏡をもうひとつ増やしてくれとか、
そういうことに対しても……」

「まぁ、それも答えてくれるでしょうが。出来たら、今回は、
お客様に対しての意見を……」

「あ、そう」


高橋は、それは違っていたと舌を出す。


「あの……」

「はい、水原さん」


彩希の横に立つ恵那も手をあげる。


「惣菜売り場で以前、注文を聞いてから、
コロッケなどを揚げてくれないかというご意見をいただきました。
そういうことも書いていいということですか」

「あ、そうですね、それはいいと思います」


チーフはそろそろ時間なのでと話をストップさせ、とりあえず用紙を全員に配った。

彩希も恵那も無くさないように、ロッカーのバッグに用紙をしまう。


「無記名かぁ。なんだか画期的なアンケートだね、彩希」

「……うん」


彩希は、拓也がこれにからんでいるのだと思うと、どこか素直に喜べなかった。

字のクセも知らないし、誰が書いたのかわかるはずがないと思いながらも、

何かの拍子で知られてしまったとき、また面倒ではないかと考える。

それでも、今まで現場の意見など、なかなか取り入れてもらえたことはなかったので、

これはいい機会だと思う部分もあり、書くべきなのか、書かないべきなのかと、

彩希は、接客をしながら考え続けた。




【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【8】東京   東京ばな奈  (バナナカスタードをスポンジ生地で包んだバナナ型の菓子)



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