9F わからないことを悩む時間 ①

9 わからないことを悩む時間

9F-①


ランチの時間を迎え、さっそく恵那は用紙を広げて何やら書き始めた。


『アンケート』


彩希はサンドイッチを食べながら、その様子を見る。


「色々あるのよ。揚げ物をね、注文してから揚げてというのもあるし、
逆に、いつ揚がるのか、時間を書いて欲しいというのもあったし」

「時間?」

「そう。ほら、パンのお店に書いてあるでしょ。
『フランスパン』は10時、2時……とかって」

「あぁ……あるね」

「出来たてを買いたいという気持ちはわかるもの」


恵那は、スラスラとペンを動かし、思いを書き記していく。


「バタちゃんは書かないの?」

「どうしようかな……」

「どうしよう? やだ、書きなよ。こんないいアンケート、今までなかったじゃない。
記名式だと不満は書けないし、あいつが書いたのかってにらまれたくなかったから、
みんな本音を見せなかったけれど、これならさ、お客様から普段言われることも、
ガンガン書けるでしょ。本部の人たちも、少し現場の大変さと知ってくれたらいいのよ。
椅子に座ってあれこれ言っていても、わからないところなんて、たくさんあるのだもの」


恵那の意見は、もっともだと、彩希自身も思っていた。

それでも、ペンを持つと、拓也の姿が浮かんでしまう。


「私たちの働きやすさもあるけれど、お客様の希望を叶えてあげたいと思えば、
書けるって」


恵那の言葉に、彩希は『チルル』の焼き菓子がなくなってしまったことに、

ガッカリしながら帰った客たちの顔を思い出す。


「そうだよね、お客様のためだよね」

「そうそう」


彩希は、拓也に顔を知られているものの、筆跡まではわからないはずだと強く思い、

バッグから用紙を取り出す。


「そうだよね、書くことにする」


彩希は、もし、どういう理由かで書いたのが自分だとわかっても、

正々堂々と意見を言おうと思いながら、ペンを動かし始める。


「そうそう、書こうよ」


恵那は、書ききれるだろうかと首をかしげながら、また続きを書き始めた。





アンケートが集められたのは、用紙を配られてから1週間後だった。

全員が出したというわけではなかったが、記名式の時に比べると、

枚数は明らかに増えている。

チーフは茶色の封筒をしっかりと閉じ、本部へ持って行きますと朝礼で話す。

彩希は、自分の書いた意見について、どういう返事が来るだろうかと、

期待と不安が混じった思いを抱えながら、その日も持ち場についた。



チーフから、封筒を受け取ったのはエリカだった。

『ありがとうございます』とかわいく首を傾げると、チーフは顔を真っ赤にして、

階段を駆け下りてしまう。


「あら……なんだかバタバタと危ない」

「危なくさせるような顔を、横山がするからだろう」


拓也はエリカの持った封筒を横から取ると、その厚みを確認する。


「広瀬さん、私が何かしたって言いたいの?」

「よし、こっちに集まろう」


拓也の声かけに、武やまつば、そしてスポーツ新聞を読んでいた寛太が席を立った。


「また、話をそらした……」


エリカも少し遅れて、自分の席を離れる。

デスクの横にある小会議室に入り、テーブルの中央にアンケート用紙を広げた。


「広瀬さん。この中身に全て、応えていくつもりですか」

「あぁ……そのつもりだ。上からの押し付けは、下のやる気を生まない。
現場が納得してこそ、売り上げも上がる。それはどこの売り場も共通だ」


拓也はさっそく1枚の紙を取る。

それは、包装紙についてだった。

紙だけではなく、ビニールで紐を引っ張るだけのような包装が出来ると、

時間の短縮にもなるし、お菓子の種類によっては喜ばれるのではないかという意見が、

丁寧な字で書かれている。


「ビニールか」

「ワイン売り場などには、持ち帰り用のビニールがありますね」

「お菓子売り場は」

「……紙袋はあると思いますけれど、ビニール素材はないです」


武は、『贈答』を意識しているため、相手先に持って行くとしてを考えると、

今までそういったものを作ったことがないと言い始める。


「紙袋だと、中身が見えるから、結局包装してから入れることになりますね」

「そうだな」

「巾着のようなものがあれば、便利な部分もあるかもしれません」


まつばはそういうと、どういったものが出来るのか、調べてみたほうがいいですねと、

メモを取り始める。

それからも、それぞれが1枚ずつ紙を取り、すぐに答えが出るものと、

調べないと無理なもの、益子に渡して意見を聞くものなどに分けていく。


「ねぇ、広瀬さん。これ」


エリカがつかんで拓也に渡したのは、『チルル』についてのものだった。

取り扱っていたのが『KISE』だけで、固定客がいるくらい評判がよかったのに、

急に売り場からなくなってしまったこと。

『チルル』以外にも、そんなふうに突然消えてしまう店があるのは、

どうしてなのかという問い合わせだった。



『キセテツを利用して買い物に来ているのに、キセテツのまわりにある店を、
もっと大切にしてほしい』



「まわりの店ね」

「それが1枚じゃないの」


エリカはさらに3枚ほど同じような意見が書いてあると、紙をよこした。

筆跡がそれぞれ違っているので、別の人間が書いたのだということがわかる。


「『チルル』ってお店のこと、みんな同じように思っているみたい。ねぇ、大山君」

「はい」

「『チルル』って、どうして取りやめたの?」


エリカは、『チルル』復活を望む声が、結構出ていると、武に紙を見せる。


「あぁ……」


武は、それは無理ですという顔をした後、売り場の見取り図を出した。


「これ、うちの地下売り場です。で、こっちがお菓子の方。
『チルル』が置いてあったのはここで、で、目の前が『リリアーナ』でした」


武は、開店すると『チルル』目当ての客が結構来て、

『リリアーナ』にすると、自分のところにもあるような、

同じ商品を目の前で買われていくのが、嫌だったのだろうと、そう言った。


「お客様の商品に関する価値観がおかしくなるから、売り場変更か取引終了かと、
結構強く迫ってきて。あ、でも、実際には売り場変更は口だけで、
まぁ、わかっているよねと」


拓也は武の話を聞きながら、また別の用紙を見た。

そこにもいくつかの意見が書いてあり、同じく『チルル』に関しての質問もあった。



『『チルル』はどうして取引終了にしたのでしょうか。
『リリアーナ』と商品が被るという噂もありましたが、そもそも焼き菓子でも、
『チルル』の出しているものは、きめの細かさが違います』



他の意見は、全体的であるのに対し、この1枚だけは明らかに違っていた。

拓也は、味、見た目、さらに作り方にまで意見を書いているこの紙が、

彩希のものだろうと、推測する。



『新商品のチョコラッタ……』



「新商品……」


拓也はその紙を半分に折る。


「クリスマス商品関連の動きもあるので、それぞれが質問の答えをまとめていこう。
すぐに返事が出来るものも、必ず別の人間にチェックしてもらってくれ。
こっちが真剣に取り組んでいることがわかれば、スタッフたちも変わってくる」

「あ、はい」


寛太もまつばも、数枚の用紙を持ち、すぐに赤ペンで印を入れていく。

拓也を中心とした『第3ライン』が、それぞれ動き始めた。



9F-②




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント