9F わからないことを悩む時間 ②

9F-②


「いらっしゃいませ」

「いかがですか。この冬に、またお味を変えて登場しております」


その日も朝から客足がよく、彩希は注文の品を箱に入れ、それを丁寧に包装した。

客からカードを受け取ると、レジに通し、サインを受け取っていく。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」


頭を下げ、その売り場を離れる。

『リリアーナ』の前まで向かうと、そこに拓也の姿があった。

彩希は、何か言われるのが嫌で、ひとつ通路を動く。

拓也はいくつかの焼き菓子を指差し、それを買っているように見えた。

そのまま売り場を離れていく。



『君がそうやって甘やかすから、彼が自立出来ない』



あの日、駅の階段で言われたセリフが、彩希の頭の中を駆け巡った。





『チルル』



拓也はお菓子売り場を離れた後、『チルル』へ向かった。

胸元についた『木瀬百貨店』の社章は外し、通りすがりの客を装うことにする。

店内に入ると、甘い香りが届き、かわいらしいカゴに入ったお菓子が出迎えた。

拓也は、店内を一度ゆっくり歩き、

『リリアーナ』で買った焼き菓子と似たようなものを購入する。

ショーケースには他にもお菓子が並んでいたが、

そこに『チョコラッタ』というお菓子はない。


「あの……」

「はい」

「もう、売切れてしまったものとかも、ありますか?」

「……あ、いえ、今日出しているものは、まだ全てありますよ」


店番をしているのは、オーナーの奥さんだろうか、

いくつかの商品は日替わりで、全てが毎日揃っているわけでないと説明してくれる。


「『チョコラッタ』は」


拓也は、『チョコラッタ』というお菓子があると、知り合いから聞いたのですがと、

そう尋ねてみた。奥さんは少々お待ちくださいと言い、奥に入っていく。

拓也は、何か怪しまれたのだろうかと、逆に身構える。


「すみません……」


奥から出てきたのは、オーナーだった。

白い作業着の格好で、帽子を取ってくれる。


「『チョコラッタ』のことを……どこでお知りになりました?」

「あ……実は……」


拓也は、知り合いが『チルル』というお店がいいと紹介してくれたときに、

『チョコラッタ』という商品名が出たので、ここのものだと思って来ましたと、

そう言ってみる。オーナーの毅はそうですかと軽く頷いた。


「『チョコラッタ』は、実はクリスマス時期に発売することにしていまして」


毅は、1週間ほど前にお店に並べて、常連客に意見を求めたのだと説明した。


「まだ、商品としては並べていないのですよ。きっと、食べてくれた方が、
名前を出したのでしょうね」

「そうだったのですか。すみません、早とちりしたということですね」

「いえいえ」


毅は、12月になれば並びますよと、頭を下げる。


「あの……どんなものなのか、形だけでも……」


拓也がそう聞くと、毅も奥さんも、何かを探られるのかと、警戒する表情になった。

拓也は、あまり細かく聞くと、怪しまれると思い、すみませんと謝罪する。


「あ、いや……楽しみにしていたので、つい。わかりました。
12月になったら、また……」

「はい」


初めての『チルル』で、いくつかのお菓子を購入した拓也は、

小さなビニール袋を持ち、営業企画部へ戻った。





「また、品評会ですか」

「またとか言うな。それほど頻繁に開催してないぞ」


その日のランチタイム。拓也は芳樹を前に座らせ、

『リリアーナ』と『チルル』の焼き菓子をテーブルに並べた。

芳樹は、『B定食』を食べながら、お菓子を見る。

似たような形のものが、行儀よく並んだ。拓也が無言でいるのは、

自分の言葉を待っているのではないかと芳樹は考え、一度箸をおく。


「食べましょうか」

「いや、お前はいい」


拓也はそういうと、次々に社員食堂に姿を見せる人を目で追いかける。

芳樹は、あまりにも素早く、あっけなく言われてしまい気持ちが沈んだ。


「お前はいいって、どういうことですか」


芳樹の問いかけに、

拓也は、すでに『第3ライン』のメンバーに試食させてみたと言い返す。


「それで、どんな感想だったんですか?」

「どっちもうまい。まぁ、これは好みでわかれるのではないかと」

「あぁ……そうでしょうね。そもそも……」


芳樹が、食事を中断し意見を言おうとしたとき、

拓也は誰かを見つけたのか立ち上がり、そのまま前に進み始めた。

芳樹は、どこにいくのだろうかと、拓也を見る。

拓也が探していたのは、彩希だった。

彩希は、昼食の会計を済ませると、目の前に立つ拓也を避けるように、

思い切り右に曲がる。


「ものすごくわかりやすい避け方だな」


彩希はその言葉を無視したまま、空いている席に座った。

一緒に入ってきた恵那は、拓也が本部の人間だとわかり、軽く会釈をしたため、

拓也も頭を下げ返す。


「なぁ、申し訳ないけれど、ちょっと食べてみてほしいものがあるんだ」

「申し訳ないですが、結構です」


彩希は、テーブルに置かれた箸を取る。


「食べ終わってからでいい。ちょっと、手伝ってくれないか」


拓也は彩希の斜め前に立ち、さらに尋ねる。


「『リリアーナ』と『チルル』の焼き菓子なんだ。
江畑さん、君に食べてもらい、その感想を聞かせて欲しい」


『チルル』という言葉に、彩希は少し反応する仕草を見せたが、

すぐに切り替え、定食のコロッケに箸を入れる。


「現場の人たちから、『チルル』を復活させて欲しいという意見が出てきている。
それは君も同じように思っているだろう。だからこそ、どうしたら希望が叶うのか、
それを後押しする根拠が欲しい」

「根拠……」

「そうだ。他の焼き菓子と何がどう違うのか、食べてみたけれど、俺にはわからない」


彩希に向かって話す拓也を見ながら、恵那はお冷やを一口飲む。


「江畑さんなら、わかることがあるのではないかと……」

「勝手な想像で、言わないでください」


彩希はそういうと、また食事を続ける。


「勝手?」

「そうです。私なんかより……いえ、私や冬馬なんかより、
『第3ライン』には、優秀な方が揃っているじゃないですか。
どうしてこんなことをするのかと、この間も、私、怒られたばかりです」


彩希は、駅の階段で腕を捕まれたときのことを、あえて話題にした。

恵那は、この二人に何が起きたのだろうと思いながら、

拓也がどういう顔をするのかと、少しだけ視線を上に向ける。


「どうしてここであの話が出るんだ?」


拓也は、何を言いだすのかという顔で、彩希を見た。



9F-③




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