9F わからないことを悩む時間 ④

9F-④


「そうだと思います。こちらの方から、納品をお断りしておいて、
何を今更と、言われるのも承知で来ています」

「あらまぁ、『木瀬百貨店』さん」


名刺を横から見た奥さんも、つい声を出し、慌てて毅の顔を見る。


「はい。以前と担当が代わりまして。
正直、私は『寝具担当』から地下食料品関連のラインに入りました。
ですので、ルールも常識も、まだまだ追いついていないところがあります。
しかし、現場スタッフの中から、こちらのお菓子に対しての要望が、
本当にたくさんあがりました。なぜなくなったのか、どうして入らないのか、
私自身、その問いに自信を持って答えることが今は出来ないので、
こうして、その答えを探すために、通い続けています」


拓也は、あらためて頭を下げる。


「うちは……もう、大きなところに入れるつもりはないです」


毅は、それなりに準備をして行動した結果がこうなったので、

あらためて気持ちを立て直すのは難しいとそう話す。


「そうおっしゃるのもわかっているので、それを考え直してもらえるような、
今、形を探しています」

「形?」

「はい。ご迷惑かもしれませんが、しばらく戦わせてください。
これでもそれなりに思いを描いて仕事をしています。
『諦める』ということが、一番苦手なものですから」


拓也は、もう一度、まっすぐに毅を見た後、そして深く頭を下げる。

毅は、その姿を見て、何かを思い出したのか、『あ……』と声をあげた。

拓也もすぐ、毅を見る。


「あなた……広瀬って、言いましたよね」

「はい」

「あなた、ずっと『木瀬百貨店』で働いていますか?」


毅の言葉に、拓也は顔色を変えた。

毅は名刺を見た後、また拓也の顔を見る。


「広瀬さん。あなた……以前、別の会社にいませんでしたか?」


毅は、拓也を見ながら、どこかに押し込んだ記憶を、呼び戻そうとする。

店番をしている奥さんが、どういうことと尋ねた。


「どこかで……この広瀬さんと、お会いした気がするんだ」


拓也は、その言葉に左手を握り締める。


「どこだったかな……」

「あの、5年前に『木瀬百貨店』に入社しました。その前はイギリスに行ったり、
色々とふらふらした人間でしたので、おそらく人違いだと思います。
私が、『チルル』さんに来たのは、この20日間くらいですし」

「いや……違うんだよ、うちでお会いしたわけではないんだよね」


毅の言葉に、拓也は時計で時間を確認する。


「今日はこれで失礼します。また来ますので」

「あ……いや、うちは……」


拓也はそのまま店を出ると、まっすぐに駅の方へ歩いていく。


「あなた、あの人のことどこかでって……本当に? 私は記憶にないけれど」

「どこかで会ったんだ。今までは思わなかったのに、なんだろうな、
あの謝った姿が……」


毅が拓也の去っていく後姿を見ていると、店の扉が開き、

開店を待っていたというご近所の主婦が、入ってきた。





『広瀬さん。あなた……以前、別の会社にいませんでしたか?』



拓也は『キセテツ』の車内に立ちながら、毅の言葉を思い返し左肩を扉につけた。

あのまま、店の中にいるのは、呼吸が出来なくなるくらい苦しいことだと、

自然に感じ取ったのか、頭が逃げ道を作り出していた。

カレンダーは11月も終わりに近づき、景色は秋からすっかり冬の色を見せ始め、

木々たちを飾っていた葉は、役目を終えて下に落ちている。

拓也自身、毅の顔を見た時に、思い出すことなど何もなかった。

おそらく勘違いだろうと思いながら、拓也は心地よい揺れを体に感じ、

そのままただ目を閉じた。





「すみません」

「はい」


拓也が『キセテツ』に揺られているとき、

彩希の買い揃えたお菓子の袋を持って、チーフは本部の2階にやってきた。

渡すのは拓也なのだが、視線は、隣にいるエリカにまっすぐ向けている。


「これを、広瀬さんにお渡しください」

「……あら、わざわざ届けてくださったってことですか?」

「はい……あ、いえ、そんなおおげざなことでは……」


チーフの男性は、エリカの視線に頬を赤くする。


「ありがとうございます」

「いえ……。あの、また本部の方でこういったことが必要でしたら、
すぐにお届けしますので」


チーフはポケットから名刺を取り出すと、エリカに向かって差し出した。

エリカはそれを受け取る。


「チーフとして、店員のみなさんをまとめられるのは、
気もつかわないとならないので大変ですね」


エリカは、何かがあったら、連絡させてもらいますとそう返事をする。

チーフは、エリカと軽い会話が出来たことに満足し、

『失礼します』と興奮で裏返りそうな声を残し、

また階段を転がるように駆け下りていく。

バタバタという音は、だんだんと小さくなった。


「いちいち、私に渡さなくても、黙って隣に置けばいいのに……」


エリカは、チーフの寄こした名刺をとりあえず自分の席におき、

渡された袋を、そのまま拓也のデスクに置くが、

紙袋に入っていたため、中に入っていたメモが見えてしまう。

店の名前、商品名。おそらく拓也が書いたものだろうと思ったが、

その一番下には、明らかに別の人の筆跡がある。


「ん?」


拓也宛のものだとわかっているので、取り出すわけにはいかないため、

エリカは、袋の上から、その文字を確認した。





「ただいま」

「おかえりなさい。食料品売り場のチーフが、少し前に持ってきましたよ」

「あぁ、うん」


拓也はバッグを置くと、中に入っている焼き菓子を確認するため袋を開けた。

一番上に乗っていたのは、自分が書いたメモだが、

そこに何か書き足してあるのがわかり、取り出すとすぐに見る。


「ん?」

「ねぇ、広瀬さん。それ誰に頼んだの? あの赤ら顔のチーフさんじゃないでしょう」


横に座るエリカは、新しく回答をつけたアンケート用紙を印刷しながら尋ねた。


「なぁ、横山。『yuno』って、知っている?」


拓也はエリカにそう問いかける。


「逆に聞くけれど、広瀬さん知らないの?」

「あぁ……」


エリカは、『あら』という口の動きだけを見せ、軽く笑う。


「マカロンで有名な、フランス菓子メーカー『yuno』のことだと思うわよ」

「マカロン……あぁ、あの丸い洋風最中みたいなやつか」


拓也はそう言うと、焼き菓子を並べ出す。


「洋風最中って……」


エリカは、フランスでも有名な菓子店で、

日本では『伊丹屋』だけが取り扱っていると、情報を入れる。


「『伊丹屋』だけ?」

「えぇ。3年前に初めて日本に上陸したって、当時は結構記事になりましたよ」

「ふーん」


拓也はスマートフォンを取り出し、『伊丹屋』と『yuno』を検索し、

そこに出ていた色々な菓子を見る。

カラフルなマカロンたちの次に出てきたお菓子。拓也の目がそこに留まった。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【9】神奈川  ありあけ横濱ハーバー  (マロンクリームをカステラ生地で包んだ焼菓子)



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