10F 商品と人の価値 ③

10F-③


拓也は地下通路を通り、『KISE 久山坂店』に入った。

どうせ、何を言いだしても、いい顔をするはずがないことはわかっているけれど、

このままただ時間を積み重ねていても、リミットが来てしまう。

まず最初に、頼んだものをあつめてくれたチーフのところに向かった。


「いえいえ、お役に立てたらこれで」

「すみません、お忙しいのに、余計なことを頼んでしまって」


拓也は、チーフに礼を言った後、これを集めてくれたのはチーフなのかとそう言った。

そこまで笑っていたチーフの顔が、ひきつっていく。


「あの、何か、まずいことでも」

「いえ、違います。『知識のある方に』とお願いしたので、
実際、どなたが集めてくれたのかと……そう思いまして」


拓也は、その人にもお礼を言いたいと、チーフに言った。

責められているわけではないとわかり、チーフにも笑顔が戻る。


「これをあつめたのは、江畑さんです」

「江畑さん……」


拓也は、心の中で『ビンゴ』と叫びながら、そうですかと話をあわせた。


「さて……どこだ?」


決まった店舗担当ではない彩希を探すため、とりあえず店内を歩く。

すると、1階の売り場を歩く、スーツ姿の男を見つけた。

その男は、冬馬だった。

冬馬は、どこか楽しそうに店内を歩き、拓也が立つ方に向かってくる。

しっかりと地に足をつけろと忠告したはずなのに、

また、こうして彩希を巻き込みに来たのかと思い、

拓也が前に出ようとすると、冬馬と目があった。


「あ……」


冬馬は、慌てて体の向きを変える。

そして、拓也の横をすり抜けるようにして、地下鉄に向かう入り口から、

出て行ってしまった。

床に1枚のチケットが落ちていることに気付き、拓也はそれを拾う。



『『city eyes』新作お披露目会』



拓也の脳裏に、コーヒーショップでネックレスを出していた冬馬の顔が蘇る。

拓也は、そのチケットを手で握りつぶし、ポケットに入れた。

視線を店内に戻すと、そこに彩希がいるのがわかる。

拓也は、一度咳払いをすると、彩希のところに向かった。


「江畑さん」


彩希はその声にすぐ振り返った。

拓也は仕事中に申し訳ないと、頭を下げる。


「ちょっと話があるんだ」

「今、仕事中ですから」


この段階で、ひっかかってくるのかと思いながらも、

拓也は冷静に対応しようと、気持ちを落ち着かせる。


「それはわかっている。これも仕事の話しだから、大丈夫だ。
チーフにはきちんと話すから」


彩希は、拓也の手にある2つの袋を見た。

片方は『チルル』で、もう片方が『yuno』になる。


「この袋の意味、あなたはわかっているんだろう」


拓也の問いかけに、彩希は何も言わず、また、売り場の菓子を動かし始める。


「俺が入れたメモに、『yuno』の名前が書いてあった。書いたのは、江畑さん、あなただ」


拓也は、彩希が『チルル』復活のためのヒントになると思い、

『yuno』を書き記したのだろうと、そう話し続ける。


「違うとは言わせない。誰が集めたのかチーフにもきちんと聞いてきたんだ。
なぁ、今から、この2つをあなたにも食べてもらいたい。それで意見を聞きたい」


拓也は、そろそろお昼になるので、食堂へ行ってほしいと言ったが、

彩希は作業をし続ける。


「江畑さん」

「私は、そういう立場の人間ではありません。商品をどうするのかは、
広瀬さんたちが、みんなで考えたらいいことではないですか」


彩希は、拓也のいる場所から離れようと、別売り場の方へ動き出す。

拓也はそれに合わせて後ろについていくと、また彩希の前に立った。


「だったら、どうして『yuno』の文字を書き記した。
江畑さんも『チルル』の復活を、願っているからこそしたことだろう。
そうやって、ふてくされてあれこれ言っていても、話しは動かない。これを……」

「広瀬さん」

「何?」

「あなたは食べたのでしょう」


彩希はそういうと拓也を見た。拓也は黙って頷き、彩希を見る。


「それならまず、その感想を、聞かせてください」

「感想」

「はい。広瀬さんが『チルル』と『yuno』を食べてみて、どう思ったのか、
それを聞きたいです」


彩希は、自分が出したヒントを、拓也がどう捕らえたのか、

それを聞き出したいと思い、顔を正面に向けた。

拓也は無言のまま、頷き、返事をする。


「わからなかった」


拓也がそう言ったとき、駅と店を結ぶ通路にある『からくり時計』が、

ちょうど12時を差した。

ボーン、ボーンという大きな音に続き、カチャカチャと時計から音がし始め、

小さな扉が開くと、かわいらしいからくり人形たちが飛び出してくる。

『小さな世界』が流れ、ベルの音に合わせて、うさぎや鳥の人形が左右に揺れた。


「勘違いしないでくれ。わからなかったと言ったのは、
投げ出したからとは違う。俺には、この2つの違いがわからなかった。
包装紙が違う、大きさが違う。もちろん、自分で購入したので、
別々なのだということはわかっているけれど、でも、口に入れて食べ終えた後、
残されたのは何が違うんだと……そういう感想だ」


拓也はそういうと、彩希に袋を差し出す。


「美味しいなとか、甘いなとか、そういうことではない。
値段も違う、製作者も違う。でも……俺にはわからなかった」


拓也は、『チルル』と『yuno』の菓子を、そう表現した。

彩希は差し出された袋を、右手で取る。


「これだけ値段も違うのに……同じだと思わせるほどのものだ……
あなたのヒントは、そこではないのか」


拓也の言葉に、彩希は黙ったままで、

二人の様子を見ていた竹下だけが、何やら売り場の影に隠れながら、

ゆっくりと二人の会話が聞けるような位置に、移動した。

売り場の隅に立ち、何やら話をしている彩希に気付いた高橋は、

その横で、仕事をするふりをしている竹下に気がついた。

ランチタイムになったので、先に休憩を取るのかと思っていたが、

何をしているのかわからず、近付こうとする。

竹下は、口の前に指を置き、左手を前に出す。

今は来てはいけないと軽く首を振った。

高橋は、竹下が、二人の会話を聞こうとしていることがわかり、

そのまま脇を通り抜けた。


「俺が今、『バカ』な舌で出来るのはここまでだ。でも、江畑さん、あなたは違う。
あなたは、これがどうして同じものに思えるのか、それをわかっている。
その力を、『チルル』復活のために使ってもらうことは、出来ないのかな」


拓也の言葉に、彩希は渡された『チルル』の袋を見る。

オーナーである毅が、どれほど細かく、丁寧に仕事をしているのか、

それは彩希もわかっていた。ネームバリューと職人の格がある『yuno』。

そのお菓子と食べ比べても、何が違うのかわからないくらいの出来、

彩希は、『チルル』の焼き菓子を、そう評価していた。

拓也の『わからない』という表現を、その場は素直に受け入れる。


「わかりました、確かに、ヒントを書いたのは私ですから、今回は手伝います」


彩希の言葉に、拓也の表情が変わった。



10F-④




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