11F 新しいことをするために ①

11 新しいことをするために

11F-①


「いいのですか、これ」

「私にくださいって、顔に書いてあるぞ」


拓也は、『KISE』に戻ろうとする彩希に、『yuno』の焼き菓子を入れた袋を渡した。

彩希は嬉しそうに受け取り、ありがとうございましたと頭を下げる。


「それとこれ……」


拓也は、ポケットからクシャクシャにしたチケットを出す。

彩希は、そのチケットを見て、表情を変えた。


「河西って男と、まだ懲りずに会ってるのか」


拓也は、昼前に地下の食料品売り場で冬馬を見かけたことを話した。

彩希は、悠馬が来ていたことには全く気付いていなかったので、驚きの声をあげる。


「俺と目が合ったら、コソコソと逃げていった。あのさぁ……」

「よかった……冬馬、仕事やめていないんだ」

「……は?」


彩希は、拓也のよこした、クシャクシャになっているチケットを、

なんとか手で伸ばそうとする。


「君に会いに来たってことだろ」

「わかりません、来ていたことも今聞きましたし、会っていませんから。
でも……大変なのに、仕事、続けているわけだから、よかったと思って」


彩希は、チケットに書いてある、新作のお披露目会がいつなのかと、

日付を見ようとする。

その動きを見た拓也は、彩希に渡したチケットを、素早く奪い取った。


「あ……」

「これは俺が拾った。俺のものだから戻せ」

「今、私に渡しましたよね」

「渡したわけじゃない、見せただけだ」


拓也はそういうと、チケットをポケットに押し込んでしまう。


「返してください。どうして取るんですか」

「人聞きの悪いことを言うな。繰り返すぞ、拾ったのは俺だ、だから俺のものだ」


拓也は、そう言った後、自分で首を振り、大きく息を吐く。

拓也自身、言っているコメントがおかしいことには、きちんと気付いていた。


「江畑さんさぁ……」

「はい」

「本当によかったと思っているの? こんなものを見て、腹が立たないのか。
来るたびに自分を利用して、あれだけ俺に言われても、平気でまた顔を出そうとする、
そのずうずうしさに、イラッと来ないわけ?」


拓也は、どうなのだと彩希の顔を見る。


「顔は出していません。会ってないと今、言いました」

「でも、会ってみようかなと思っただろ、今」

「あ……」


否定しようとした彩希の口が、そのまま閉じる。


「利用されても、まだ会おうとするなんて、なかなかおめでたい女だな……」


拓也のつぶやきを聞き、彩希は『yuno』の袋を戻そうとする。


「これ、いりません」

「どうして」

「いただきたいと、思わなくなくなりましたから」


拓也はそれはチケットと違って渡した物だと言い、受け取らない。

彩希は、行き場のなくした袋を、拓也の足下に置く。


「おい……」

「確かに……こうして、自信満々に毎日仕事をしている広瀬さんからしてみたら、
冬馬は、情けない男かもしれません。私だって、
職業を転々として、定まらない状態。
今、冬馬がしていることが正しいとも思っていません。でも……」


彩希は、学生時代から、いつも憎めない存在だった、冬馬の笑顔を思い出す。


「私が……もがいて苦しみながら、なんとか這い上がろうとしている冬馬を無視したら、
冬馬は、一人になります」


彩希は、拓也の顔を見た。

拓也は、彩希の言い分に、納得がいかないという表情を見せる。


「おめでたくても、なんでも結構です」


彩希はそういうと軽く頭を下げ、販売企画部を出ようとした。


「何度でも言う」


拓也の声が聞こえ、一瞬、彩希の動きが止まる。


「江畑さん、あなたの考えは、間違っている。
親しいからこそ、厳しく接しないとならないときも、あるはずだ」


拓也はそういうと彩希に近づき、もう一度『yuno』の袋を前に出す。


「俺の考えを受け取ろうが、拒否しようがどうでもいいけれど、食べ物にあたるな」


彩希の目の前に、拓也の腕が伸びる。


「これは、仕事をやりきった報酬だろ。『yuno』の焼き菓子に、何か問題があるのか」


彩希は出された袋を見た。

確かに、ここで意地を張ってしまったら、味わってみたいと思った味たちに、

関係のない罪をなすりつけることになる。

彩希は拓也の手から、あらためて袋を受け取ると、軽く頭を下げそのまま部屋を出る。

目の前でエレベーターが止まり、扉が開いたけれど、

あえて左に折れ、彩希は階段を降りる方法を選択した。





「へぇ……それでこれを」

「うん」


その日の仕事が終わり、彩希と恵那は、久しぶりに食事をすることにした。

彩希が『yuno』の袋を持っていたこともあり、

それまでのいきさつを全て語ることになる。

恵那は、ピザをカッターで切り分けながら、話を聞いているとわかるように、

何度か頷く。


「バタちゃんの知り合いだからさ、悪くは思いたくないけれど」

「うん」

「私は、今までの流れを思えば、広瀬さんの言い分、わかるけどね」

「恵那……」


恵那は、ピザを一口食べると、軽く頷く。


「ほら、前の会社のことがわかって、連絡が取れなくなったことも、
新しい仕事だからって、彩希を頼って会いに来たことも、
『甘え』だって言われたら、そうだと思えるもの」


恵那は、自分がもし、友人としてそんな冬馬の行動を知ったら、

距離を取るようになるはずだと、そう言った。

恵那は、お好みでと書かれたタバスコを、自分の分としてとりわけた上に軽くかける。


「距離?」

「そうだよ。逆に、甘やかす人がいたら、その人にますます依存するはず。
あえて厳しく接して、自立をうながすべきでしょう。
ひとりになったらかわいそうだと彩希が助け船出していたら、
それこそ本当に周りからは相手にされなくて、彼は一人になるよ」


彩希は、お手拭きで手を拭きながら、そうなのかなと下を向く。

冬馬がだらしない時間を送っているのは、

突き放さない自分の責任なのだろうかと考え出す。


「それにしても、広瀬さんって、そういうタイプの人なんだ」


恵那は、コーヒーショップに立ち寄って、

冬馬との間に入ってきた話を、この場に戻してくる。


「そういう人って?」

「だってさ、帰り道、店にいるのがバタちゃんだとわかっても、
普通なら無視して帰るよ。何しているのかなと思っても、
誰だって面倒なことに関わりたくないもんね」

「関わってなんて、頼んでいない」


彩希は、自分と冬馬がそこにいたことが『面倒なこと』だと言われているようで、

つい、強めに反論する。


「いや、そうだよ、それは頼んでいない。そうだけれど。
考えたらさ、職場の先輩でも、同僚でもないわけじゃない。それなのに……うん」


恵那は、ピザを食べながら、笑い出す。


「笑わないでよ。結構、きつく言われたのだから」

「ごめん、ごめん。いや、でも……バタちゃんって、そういうところあるもんね。
大丈夫なの? って、つい、声をかけたくなるっていうか」

「私? おかしい?」

「おかしいっていうか、大丈夫かなと心配になるのよ。いい意味で」


恵那は、『かわいい』ところがあるって意味だと、なんとかフォローしようとする。


「いい意味でって……わからない」

「うん、わからないよね。あぁ、でも、説明どうしたらいいのか、
私もわからないから」

「恵那ったら」


恵那は、もう1杯飲もうと、店員に向かって手をあげた。



11F-②




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