11F 新しいことをするために ②

11F-②


次の日、彩希は仕事の休みを取り、

祖父母が暮らす『老人ホーム あゆみの丘』へ向かった。

以前から話しに出ていた、入所者向けの和菓子教室を開く日だと知ったため、

久しぶりに、祖父、新之助の『和菓子』を食べに行こうと連絡を入れた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」

「いえ」


彩希も新之助を手伝い、食堂の一番隅に座る。

車椅子の女性が、彩希の前に座り、毎回楽しみにしているのだとそう言ってくれた。


「本当ですか?」

「そうなの。江畑さんが作ってくれる日が来ると思うと、
前の日も眠れないのよ、私」


車椅子の女性は、この年になっても、女性は甘いものが好きなのだと笑う。


「あはは……何を言っているんだよ。もう腕も落ちた、落ちた」


新之助は、趣味程度のものでよければ、これからだっていつでも作るよとそう答えた。

車椅子の女性は、どら焼きの皮を少しだけちぎると、

香りがいいわよねと、嬉しそうに話してくれる。

昔の仕事着を得意げに来た新之助は、入居者たちからたくさんの拍手を浴びた。


「彩希、こっちだ」

「うん」


賑わった食堂から、彩希は祖父母の部屋へ向かう。


「どうだ、彩希。お母さんは元気か?」

「うん……前に痛めた腰は、ずいぶんよくなったよ」

「そうか」


新之助はそれならよかったと、椅子に座り、

祖母の『江畑カツノ』は急須にお茶を入れ始める。


「おじいちゃんたち、もう、戻ってくることはないの?」


彩希の言葉に、新之助は首を振る。


「ここで十分だ。同じくらいの友達もたくさんいるし。
佐保さんにもそう説明した。なぁ、カツノ」

「そうよ、彩希。おじいちゃんもおばあちゃんも、お友達がたくさんいて、
本当に楽しいのだから、毎日」

「……うん」


彩希は、湯飲みに入れてもらったお茶を飲む。

新之助は、思い出したと両手を叩き、戸棚を開けた。


「あ……」

「彩希、覚えていたか」

「覚えているに決まっているじゃない。これ」


彩希の前に新之助が出したのは、細長い箱に入った、小さな最中だった。



『夢最中』



和紙に包まれた小さな最中は、

昔から、新之助と交流があった『ひふみや』の商品になる。

元々、店主の『大谷喜助(きすけ)』は庭師だったが、仕事を息子に継がせてから、

かねてよりファンだったという『福々』に顔を出し、

新之助から和菓子作りを教わったという、変わった経歴の持ち主だった。

『ひふみや』の商品は、この『夢最中』のみになっていて、

さらに予約をし、その分を作るというやり方をしているため、

店構えも、通販も存在しない。


「『夢最中』かぁ……懐かしいな」

「だろ。彩希が今日来るって聞いていたから、喜助さんに予約しておいたんだよ。
取りに行くからって言ったのに、1時間くらい前かな、久しぶりに来てくれて。
まぁ、話した、話した」

「そうそう。大谷さんも、そろそろ『夢最中』作りが難しくなったと、
言っていたねぇ」


カツノは家に持ち帰りなさいと、袋に入れてくれる。


「引退なの? 大谷さん」

「来年の5月で、しまいにしようと思っているみたいよ。
腰も痛くて、餡作りが大変になってきたって。そうよね、だって、
おじいちゃんと2つしか違わないもの。目も悪くなったし……」

「へぇ……」


彩希は、最中をひとつ取る。


「おばあちゃん、それなら2つ持って帰るよ、お母さんの分と。
せっかく届けてくれたのに、二人も食べないと」

「いいんだ、いいんだ。彩希が食べなさい」

「でも、5つあるのだから」

「いいんだって」


新之助はそういうと、自分もお茶を一口飲んだ。





『夢最中』

彩希は、小さな袋を抱え、『キセテツ』に揺られた。

祖父母は、新しい『福々』が結局閉店をした1年後、彩希の両親に相談せず、

二人揃って老人ホームに入ることを決めてきた。

それは店も終了し、息子である『江畑晶(あきら)』も職人以外の仕事をし始めたため、

嫁である彩希の母、佐保を楽にしてあげたいという思いからだったのだろうが、

幼い頃から一緒に住んでいた彩希としては、寂しい選択だった。

本来、祖父母と母をつながなければならない父が、

『少し時間が欲しい』と母の佐保宛に手紙を残し、家族の前から姿を消し、

もう3年になろうとしている。

彩希は、父がこの『夢最中』を美味しいと笑っていた姿を、ふと思い出した。





「あら……『夢最中』じゃないの」

「そうなの。おじいちゃんたちが予約してくれたみたい。大谷さんも、
そろそろ作るのが難しくなってきたって聞いて、ちょっと寂しくなった」


彩希はバッグを横に置き、『ひふみや』は来年の5月までだと、付け加える。


「そう……」


『店の期限』は『夢最中』の期限でもあるため、佐保は寂しそうな顔をする。

彩希は、自分が思い出したように、母も父のことを思い出したのだろうかと考えた。


「大切に食べないとね」


佐保は、せっかくだからいただきましょうと、急須にお湯を入れ始める。

彩希は、真っ白な和紙を使った『夢最中』の姿を残しておこうと、

中身を出したものと、まだ、紙に包まれているものを並べ、携帯のカメラに収めていく。



『うまいな、夢最中は……大谷さんの感覚は、本当に鋭いよ』



彩希は、父の声を思い出したこともあえて黙ったまま、『夢最中』を一口食べた。





彩希が休みを取った日も、『KISE』はいつも通りの営業を続けていた。

武やまつばが、クリスマスの準備に忙しい間、

拓也は、春から取り扱うことになった店を、3月で退く店舗の場所に入れ、

全体のバランスを話し合う。


「ここに入るのが一番面倒ではないけれど、隣り合う店舗同士の商品接点がないな」

「はい。洋菓子を見るお客様にしてみたら、同じ島に入っているのは、
見比べるでしょうし」

「うーん……」

「これをこっちに移ってもらうって言うのは、どうなのかな」


エリカは、すでにある店舗に、場所を空けてもらえるよう、

交渉したらどうだと提案する。


「まぁ、それが無難だな」


拓也もそれを了承し、店の場所に、赤い印をつけた。

その午後も仕事に追われ、気付くと時計は夜の8時を回っていた。

年末に向けては、それぞれが売り場で力を入れるため、忙しいのはお互い様だったが、

『チルル』の復活を掲げた拓也としては、その仕事に向かい合えない状態が続いた。



11F-③




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