1 雲の隙間

1 雲の隙間

神から告げられたリミット……

それを乗り越えて、本当の幸せをつかんだ咲と亮介。


相手を想い、ドキドキするのは、恋人だからではなくて……。

ちょっとした出来事に、不安になるのも、結婚前だからではなくて……。



二人が見上げる、空の上の雲は、なぜか小さな穴が開いていた。








咲が病院で7ヶ月検診を無事終えた頃、亮介は仙台支店の営業部員達と、

新しいツアーについて、会議をしている最中だった。

景気の悪さを世間が嘆く中、生活とは直接関係ない旅行業者も状況は厳しく、

価格設定をどれくらい抑えられるかが焦点になる。


「ホテル側と交渉はしてみたんですけど、どうしてもこれ以上下げるのは無理だと……」


入社4年の太田芳史。人はいいのだが、押しが弱いのが成績に影響する。

亮介から見れば力を出し切れていない部分が不服でもあり、これから営業マンとして

指導していきたいポイントでもあった。


「太田、じゃ、無理です。そうですか……それで終わりか」

「……いえ……でも……」


京都支店で同じ部長職に就く、石原に送ってもらったパンフレットを、

亮介は太田の前に1冊ずつ並べた。

同じように観光に力を入れている京都の宿泊施設は、協会全体で価格を下げ、

企業努力を始めている。


「見てみろ。京都がこれだけ力を入れてるんだぞ。東京からの客が、どっちに向くか……。
この値段で京都へ行けるのなら、京都へ……。そう思わないか? 
松島、青葉城、フルキャストスタジアム。観光地はいろいろあるが、
それだけにあぐらをかいていたら、金額的に安くなっている海外旅行から、客は戻ってこない。
京都はそれにいち早く気がついて、すでにスタートを切ってるんだ」

「……はい」


時計を見るとすでに3時を回り、得意先の女将と大手自動車会社の社員旅行を

仕切る打ち合わせがあったため、亮介はそこで太田との話を切り上げ、車に向かう。


助手席にバッグを放り投げ、運転席に座り、バックミラーに映る自分の顔を見た後、

軽く左肩に触れた。





『華の家』の女将は、いつものように亮介を出迎え、小さな鹿威しのある場所へ案内した。

以前、博多支店に勤務する里塚の仕事で、ピンチを救ってもらったこともある。

人の気持ちを読み、気配りの出来る、亮介が信頼する女将の一人が、この人だった。


「深見さんがこれだけ頻繁に来られるのは、それだけ業界が大変だということでしょうね」

「はい、女将も感じられているとは思いますが、なかなか思った通りにはいかなくて……」

「でしょうね……。何年か前に比べたら、お客様のお財布も、ずいぶん固くなってますし」


大きな旅館には、宿泊施設だけでなく、飲食店や土産物店なども入っている。

それぞれが相乗効果で売り上げをあげていかないと、経営はうまく回らない。


「まずは、来週からお願いしている社員旅行の件と、あとは……」


亮介は胸のポケットに一度手を置いたが、すぐに下へ戻す。

その仕草を不思議そうに見た女将は、軽く笑い首を振った。


「深見さん、遠慮はなしで、言って下さいな」

「……はい」


亮介はそう返事をすると、またポケットに手を伸ばした。





亮介が仙台支店に戻ると、銀行との打ち合わせを終えた支店長の塚田が、席にいた。

軽く頭を下げ書類を置くと、同じタイミングで受話器を置いた社員の軽部妙子が、

申し訳なさそうにこちらを見る。


「深見部長……」

「ん?」


困ったような表情に、何かを感じ取った亮介は、支店長の塚田に背を向けたまま離れ、

軽部の話に耳を傾けた。


「すみません……今、保育園から連絡が入りまして、下の息子が熱を出したので、
引き取りに来て欲しいと……」

「下のお子さんって……ぜんそくの?」

「はい」


軽部は、1年前に離婚をし、子供を二人抱えこの支店で働く女性だ。

亮介が時計を見ると、時刻は4時少し前で、勤務終了まではまだ2時間近くあった。

視線を塚田に向けると、こっちを見ながら書類にサインをし、様子をうかがっているのがわかる。


「軽部、急ぎの仕事がないのなら、青葉第三小学校へ書類を届けてくれるか?」

「……あ、はい」


亮介は自分のデスクに戻り、茶色の封筒を手に取ると、軽部に手渡した。

青葉第三小学校なら、子供達がいる保育園にも距離が近く、書類を置くだけなら、

ほんの4、5分で済むはずだ。どうしたらいいのだろうかと不安げな顔をする軽部に、

隣の席に置いてあったメモを1枚破り、亮介は何やら書き込んでみせる。


「修学旅行のプランニングだ、もう打ち合わせは済んでいるからわかるだろ」



『明日、深見の方から連絡をしますと伝えて』



軽部はそのメモと亮介の顔を交互に見た後、塚田に見えないように『すみません』と口を動かし、

書類を手に持ったまま、営業部を飛び出した。



「深見……」

「はい」


書類から顔をあげた塚田の視線が、亮介を捕らえた。軽部を早退にしないために、

とった行動であることは明らかだったが、亮介はその目にひるむことなく、塚田を見続ける。


「お前の手は何本だ」

「……」

「人助けもいいが、いざ、自分のときになって、使える手がない……
そんな状況にならないよう、気をつけろ」


亮介はその言葉に、軽く頭を下げると、自分のデスクに座り、

処理しないとならないデータを、打ち込み始めた。





その頃、咲のところには、埼玉の営業所で仕事を続けている

親友の宮本利香から電話があった。休憩中なので、少しだけだと言いながら、

1時間近く話している。それでも話し足りないという利香は。しばらく顔を見ていないので、

仙台へ有休を使い遊びに行きたいと言い出した。


「うん、うちはいいけど、秋山さんはいいの?」

「いいのよ、あんな男! 仕事、仕事で、近頃二人で会う時間もあんまりないし、
私のことだってどうでもいいみたいだから」

「……また、そんなこと言って! 亮介さんが秋山さんもそろそろ転勤じゃないかって、
気にしてたのよ。前回みたいに近場にはならないだろうからって。
利香、今度は付いていくんでしょ?」

「さぁ、どうでしょうか!」

「コラ!」


咲が東京西支店にいた頃、同僚として働いていた親友の利香は、同じく先輩だった秋山と、

長い付き合いが続いていた。年齢も咲と一緒の利香にしてみると、

仕事優先でプロポーズをしない秋山に、近頃不満が募り始める。


「そんなことより、咲。そっちはどうなのよ」

「何が?」

「あのねぇ、7ヶ月くらいって、一番危ないらしいわよ」

「……危ない?」


利香は先日買った雑誌の記事について、あれこれ語り出す。


「7ヶ月って言ったら、妊娠も中期から後期でしょ? 女性も男性も気持ちがゆるんで、
浮気をする男が増えるんだって。ちゃんとチェックくらいしてる?」

「チェック?」

「背広の襟とか、カバンの中身とか……」

「エ? そんなこと……」

「人の心配なんていいから、ちゃんと自分のだんなのこと、気にしなさいね!」


咲は電話口に向かって、アカンベーとしながら、受話器を置いた。

亮介に限って浮気などと思いながらも、クリーニングから戻ってきたスーツが、

急に気になり出す。


寝室へ向かい、ハンガーにかけてある疑惑のスーツを、咲はまたじっと見た。


亮介が自分でクリーニング店に出し、自分で引き取ってきたのだが、

いつものスーパー近くの店ではなく、知らない店のタグに、どこか気持ちがひっかかる。


その日も気になって理由をたずねたが、会社の近くで世話になっている店だからとしか、

亮介は教えてくれなかった。


「もう、利香がくだらないこと言うから! どうでもいいことなのに、気になるじゃないの!」


そう言いながら右手で軽くスーツを叩くと、ハンガーのひっかけた部分が少し揺れた。

亮介が社内で、大きな問題を抱えているとは、全く知らない咲だった。



                                 深見家、新メンバー加入まで……あと95日





2 亮介の苦悩 へ……




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コメント

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私もリミットの世界に突入^m^

ももちゃん こんばんは^^

今日は時間があったので、以前からずぅ~と読みたいと思っていたリミットを
最初から、Ⅱも番外編も、全部読んできました~^^
ももちゃんのお話には仕事のできるカッコイイ男性が多々登場しますが…
深見さんは、直斗さんに負けないくらいピカ一だわ~(〃▽〃)

また「リミット」っていう設定が、ほんとに効いていて…^^
最初のお話はファンタジーっぽかったけれど、
Ⅱは「後遺症」っていう部分がとてもリアルで、それに対する咲ちゃんとお母さんの想いに泣けたシーンが
いっぱいありました;;
でも深見さんのドンと広い心に救われ…
幸せな気持ちで読み終えることができました~~。

さて…
Ⅲはどんなリミットなのかな?って…思っていたら
新メンバー加入までのリミットなのね^m^

理想の上司として、さらにバージョンアップしている深見さん。
でも、大きな問題を抱えてるのね~^^;
咲ちゃんは、大きなお腹を抱えて大変だろうけど…
持ち前の頑張り屋さん気質で、どんなふうに彼を支えてくれるのか~楽しみにしています♪

怪しい行動

懐かしい隅っこの数字、今回はお誕生までのリミットネ^^

妻が妊娠中の夫の浮気、よくあるパターン。でも亮介に限って・・・・
ってなんだか雲行き怪しいし、女性に優しい上司の顔がチラチラするし、
咲でなくても心配になる。

増して出だしの
>二人が見上げる、空の上の雲は、なぜか小さな穴が開いていた。
いやーーん不安を煽るわね。

(*^o^)/\(^-^*)

リミットだぁ わ~い!嬉しいです。
ももんたさんありがとうございますm(__)m
某所で、リミットからももんたさんの作品を読むようになったんです。この作品を読んだとき、あまりの詳しい描写に、・・・きっとももんたさんは旅行代理店に勤めていたにちがいないと確信していましたが、その後、スーパー、広告代理店等々確信から、疑問符が増えて言ったものです(^^ゞ

後95日で赤ちゃん誕生ですね。その間の深見家の日常を垣間見るのを楽しみにしています。

ようこそ!

eikoちゃん、こんばんは!
リミットの世界へようこそ(笑)


>また「リミット」っていう設定が、ほんとに効いていて…^^
 最初のお話はファンタジーっぽかったけれど、
 Ⅱは「後遺症」っていう部分がとてもリアルで、
 それに対する咲ちゃんとお母さんの想いに泣けたシーンが
 いっぱいありました;;

うわぁ……すばらしい分析をありがとうございます。
そうなんですよ。あり得ない状況から創り出した話だったので、Ⅱはどうかなと正直思ったのですが、
別の観点から書かせてもらった話です。
今回はⅢ、二人は結婚し、家庭を持っています。

恋愛の中で悩むカップルとは違いますが、それでもドキドキや不安はあるものなので、
その辺をまた楽しみに書いていきたいと思っています。

咲と亮介の日々に、お付き合いよろしくお願いします。

懐かしいでしょ?

yonyonさん、こんばんは!


>懐かしい隅っこの数字、今回はお誕生までのリミットネ^^

うふふ……隅っこの数字がないとね、リミットじゃないので(笑)
さて、よくあるパターン、『妻が妊娠中の浮気』に、亮介もあてはまってしまうのか。それとも?
雲の開いている穴、それはこれからわかりますよ!

業界人

milky-tinkさん、こんばんは!


>この作品を読んだとき、あまりの詳しい描写に、・・・
 きっとももんたさんは旅行代理店に勤めていたにちがいないと
 確信していましたが、その後、スーパー、広告代理店等々
 確信から、疑問符が増えて言ったものです(^^ゞ

あはは……そういってもらえると、嬉しいのですが、
私はどこの業界にも、いたことはありません。
『カニに限りなく近い、カニ風味』であれば(笑)

咲と亮介の日々に、またお付き合い下さい。

のんびりですが……

拍手コメントさん、こんばんは!


>待ってましたよ~早くも次が気になります。。。

ありがとうございます。続きが気になる……。
その気持ちが、連載を支えてくれるので、最後までよろしくお願いします。

乗り越えますよ!

mamanさん、こんばんは!


>でもいろいろもめそうで、
 それをどう乗り越えていくか楽しみだなぁ。 

はい、いろいろと起こらないとね、連載にしている意味がないので。

『雲に開いた穴』

これが、この話のポイントになっています。
1話でも、あちこち、伏線が引かれているので、覚えておいてくださいね。

嬉しいよ~♪

こんばんは!

わ~い!とっても嬉しいよ~~♪

幸せの足音を読みながら、生まれるまで2年でも3年でも待つぞ~!
って思っていたので(爆)
リミットⅢの出発は本当に嬉しいです^^v

幸せな結婚生活を送る二人には
恋人時代のように胸が切なくなるような出来事は起こらないかもしれないけど
だからこそ、これからが二人の絆が本当に試される時なんじゃないかと思います。

社内で大きな問題を抱えている亮介さん、
妊娠中+利香の言葉にちょっぴりナーバスになる咲ちゃん・・・

雲に空いた小さな穴に不安がよぎるけど・・・

きっと二人なら乗り越えてくれるはず!

・・・あと95日・・・幸せなリミットを迎える日を楽しみに
これからの二人を応援しています~♪



これだけは

バウワウさん、こんばんは!
リミットの連載を、喜んでいただけたのなら、嬉しいです。

もうね……終わりでいいかなと思っていたんですけど、出産だけはちゃんと書き上げた方が、
きっと、みなさんの気持ちもスッキリするだろうと。
短編になると、どこらへんにもありそうなもので終わりそうだし、と考えた結果です。

まぁ、ここは私のブログなので、許してもらいましょう(笑)


>社内で大きな問題を抱えている亮介さん、
 妊娠中+利香の言葉にちょっぴりナーバスになる咲ちゃん・・・
 雲に空いた小さな穴に不安がよぎるけど・・・
 きっと二人なら乗り越えてくれるはず!

はい、その通りです。
ちょっとのドキドキを、楽しんでください。

応援、よろしくお願いします

最後の数字

yokanさん、こんばんは!


>いよいよ「リミット」が始まりましたね。
 最後の後何日とう日数にドキドキしちゃうのよ^m^

最後に数字が入る……のが、この作品の特徴なので、
それだけは残しました。

お手柔らかに書いてますよ、yokanさん、だいじょうぶです。
ぜひ、また楽しんでください。
いつも、ありがとう

ご無沙汰…

ちょっと、こちらに来る時間がなくて…
『リミットⅢ』が始まってたのね~
待ちに待った家族誕生まで95日(≧▽≦)ゞ

7ヵ月が一番危ないなんて、利香ったら余計な事を…
亮介は咲しか見てないから、周りの女性なんて
関係ないんだから!
頑張れ~咲!

また、始まったの

Arisa♪さん、こんばんは!


>『リミットⅢ』が始まってたのね~
 待ちに待った家族誕生まで95日(≧▽≦)ゞ

はい、始まってます。
マイペースで行きますので、よかったらまた、つきあってね。

咲と亮介は、周りを巻き込みながら、リミットの日を
迎えていきます。

これから・・・

こんばんは^^

リミットの二人に出会ったから、ももちゃんにもお話できるようになったのよね。
記念すべきお話の続き・・・
(なんと、コメントを残していなかったとは!!)

今日はじっくり追いかけます^^

感じたままを書かせてね~^^

そうだよね

なでしこちゃん、こんばんは!
ずっとコメントつけてくれたんだね。
申し訳ないです。


>リミットの二人に出会ったから、
 ももちゃんにもお話できるようになったのよね。

そうだ、そうでした。Ⅱが終わった時、ブロメをもらって、
驚いたことを思い出したよ(笑)

はい、思ったままを書いてね!