11F 新しいことをするために ③

11F-③


「乾杯」

「おぉ!」


それから数日後、芳樹たちの同期会が居酒屋で行われた。

それぞれの売り場について、愚痴も仕事模様も語られていく。


「いやぁ……お前の言っていた広瀬さんのしつこさ、わかるようになってきたわ」


武は、クリスマスとバレンタインに関しては、

すでに拓也が来る前から決まっていたことが多いため、あまりチェックをされないが、

春以降のイベントは、簡単に通らないだろうと言い始める。


「今までさ、各店舗の売り上げについては、こっちもチェックをしていたけれど、
その商品ひとつずつに意見を言うことはなかったんだ。まぁ、お任せってことが多くて。
でも、それをやり始めた」

「商品チェックってこと?」

「そう……さらに、『KISE』だけで扱うという商品を、なるべく取り入れて欲しいと、
洋菓子関連には、注文もつけるようになった」


武は、ある程度相手に任せないと、抱えすぎになるのではないかと心配する。

芳樹は、以前、男性衣料品の担当だった拓也が、スーツを購入したお客様に対して、

ワイシャツなどの関連商品を、思い切った割引率で売れるように

設定して欲しいというアイデアを出し、揉めたことを思い出す。


「そういえば、揉めたなと思って。衣料品担当の時も」

「だろ……メーカー側にしたらさ、口うるさいんだよ」

「いや……揉めたけれど、お客様からの評判はすごくよかったんだ。
選べば選ぶほど、得になるってことで。結果的に売り上げが伸びて。
従ってくれなかった企業も、後から取り入れてくれたりして……」


芳樹は、拓也が売り場を去っても、今でも生きているサービスもあるよと、

ビールに口をつける。


「普通はさ、上司の指令があって、初めて取り組むことなんだけど、
広瀬さんの中には、まず客向きの顔があるんだ。儲けとか、慣例とか、
そういうのはどこかに飛んでいくようで」

「それ、飛ばしたらまずいだろ」

「そう、まずいんだよ。でも、それが『商売』の本当の基本じゃないかって、
そういう気もするよ」

「大林」

「まぁ、みんなが広瀬さんだと、店が潰れるだろうけれど」

「あぁ、そうだよ」


芳樹は、武を見る。

武は、つまみに出されたにんじんにマヨネーズをつけ、ポリポリとかじりだす。


「うらやましいな、お前。一緒に仕事が出来て」


武は、芳樹の『広瀬ファンクラブ』ぶりは、本物だとあらためて思い、

作り笑いだけをしてみせた。





「昨日、『リリアーナ』の担当者と話し合いをさせてもらったが、
いい顔はされなかったな」

「そうですか」


拓也は、益子が戻ったことを確認し、すぐに声をかけた。

益子は、『リリアーナ』が昔から何かと口を挟んできたため、

それが当たり前のように思っていると、流れを語る。


「『チルル』という店を、どうしても入れたい理由はどこにあるのかと聞かれて、
まぁ、評判がよかったという話しはしたけれど、なくなったからといって、
売り上げが落ちるような話ではないだろうと、そう言い返してきた」


取り扱っている商品は、当然だが『リリアーナ』の方が多い。

元々、『チルル』の商品は、売り場の隅にあったくらいなので、

確かに、全体の売り上げを変えてしまうほどの、分量を扱うことは出来ない。


「部長」

「うん」

「大きいものが小さいものを飲み込んでしまえばいいという考えは、
捨てなければならないと思います」


拓也は、百貨店という大きな組織に胡坐をかいた結果が、

今の不振ではないかと、益子に話す。


「数が少なくても、お客様に求められているものを売り場に並べていく。
それは、『KISE』ではないと出来ないことです。ご近所のスーパーには出来ません」

「あぁ……私もそう思う」

「売り場を変えていける立場の人間が、きちんと自信を持って送り出せるような商品を、
取り揃えていくことこそが、上昇への一歩になると……」


拓也はそういうと、益子を見る。


「何か、あるのか」


拓也は益子を見たまま、一度頷いた。





カレンダーは12月に入り、『KISE』もすっかりクリスマスモードとなった。

ボーナスを意識して商品を並べる売り場もあるし、

プレゼントを期待して、売り場を整えるところもある。

地下の食料品売り場も、アンケートの意見を取り入れ、

色々と変化を遂げていく。


「あら……これ、時間なの?」

「はい。揚げ物を出す時間を、あらかじめ掲示させていただくことになりました。
その分、作りおきは少ないですが、数を言っていただけたら、すぐに取り掛かります」

「まぁ……」


恵那は、女性客から、それなら30分後に買って帰りたいと注文を受け、

それを用紙に書き込んだ。厨房に立つ店員に見えるよう、紙を貼り付ける。


「それでは、お待ちしております」


惣菜売り場だけではなく、お菓子売り場でも、アンケートからの改革が始まった。

以前は、2種類だけだった包装紙が、5種類に増え、

紙だけだったものが、ビニール素材のものも加わっていく。


「これ、楽ね」

「そうそう。包まなくていいもの」

「うん……若いお客様なんか、ビニールでお願いしますって人もいるしね」


箱詰めするほど堅苦しくしたくはないという客に、

ビニールの袋に入れるだけという包装は、なかなか好評だった。

竹下たちのように、仕事が楽になったという店員も多く、

その喜びの声は、販売企画部の拓也たちにも、届けられた。


「みなさん。これ、バレンタインバージョンです」

「あら、素敵」

「はい。色で選べるように……」


まつばはそういうと、見本の袋をデスクに並べだす。

エリカが、自分ならこの色かなと、あれこれ話しに花が咲いた。





「オリジナルの……ですか」

「そう。各売り場で買ったものを、ひとつにまとめてしまうサービス。
バレンタインで試しにやってみることになった。
まぁ、大きな店舗も決まった商品ならと、今回は受け入れてくれたからね」

「へぇ……画期的ですね」


芳樹は、買った後、自分で袋詰めしてしまうことはあるだろうけれど、

売り場を越えてサービスしてくれるのは、珍しいのではとそう言った。

拓也は『バレンタイン』という期間限定ではないところも、考えていると言い始める。


「最終的には、全ての商品の垣根をなくしたい」

「は? 全てですか」

「あぁ……『KISE』で扱うものとして、壁のないようにしたいんだ」


拓也はそういうと、『A定食』のから揚げを口に入れる。


「で……人を増やすことにした」

「食料品第3ラインにですか」

「計画が上に通るように、スタッフを整えないとならない。
正直、今のメンバーだと、仕事もこれ以上増やすのは難しいし」


拓也はサラダにゴマドレッシングをかける。

芳樹は揚げだし豆腐に箸を入れたが、その箸を戻す。


「あの、広瀬さん」

「……お前はダメだ」

「……まだ何も言っていませんけど」

「話しの流れでわかる。大林はうちにはいれない」


芳樹は、どうしてですかと力を入れる。

武と居酒屋で話をした時、心からもう一度、拓也の下で仕事がしたいと思った芳樹は、

このチャンスは逃すまいと、いつも以上に真剣な顔で言い返した。



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