12F 挑発からの挑戦状 ①

12 挑発からの挑戦状

12F-①


重たい気持ちと、足取りのおかげで、

ほんの数分でたどり着ける場所に、彩希が到着したのは10分後だった。

出来たら扉を叩きたくはなかったが、ここに立ち続けているわけにもいかないため、

覚悟を決めてノックする。

中から声がしたので扉を開けると、そこに座っていたのは拓也とエリカだった。


「あら……」


なぜ彩希が来たのかわからないエリカは、拓也の方を向いたが、

呼んだ本人は、すぐに席を立つ。


「忙しいところ、悪いけれど」


そういうと、彩希を連れて、喫煙所に向かった。

拓也は、自動販売機の前に立ち、彩希に何を飲むかと尋ねる。


「結構です。話があるのなら、すぐに言ってください」


彩希は、これからの時間が、一番売り場の混む時間なので、早く戻りたいとそう言った。

拓也は確かにそうだと納得する。


「とにかく座って」


彩希はとりあえず、拓也との距離を取りながら、ソファーに座った。


「単刀直入に言わせてもらう。しばらく仕事を手伝って欲しい」


拓也は、これから季節イベントがあり、

その後、春くらいから売り場を変えていく案が出ているのだと、そう言った。

もちろん、その中には、『チルル』復活のシナリオもあると言う。


「今までの売り場なら、頭で考えて、行動をしていけばある程度成り立った。
分析するのは嫌いではないし、自分なりの考えも、
間違っていると思ったことはないからね」


拓也が『間違っていると思ったことはない』と言った瞬間、彩希の顔が横に向く。


「何?」

「いえ、確かにそうだろうなと思いました」


自分や冬馬に対して、厳しいことを言う拓也に対して、

嫌みをこめたつもりで、彩希は返事をする。


「これからも、企画の方向性を見失うようなことはないと思っている」


彩希は、拓也から出てくるのが、前向きな言葉だけで、

自慢話のために呼ばれたのだろうかと、そう思い始める。

横を向いた顔は、その斜め上の方に動き、気持ちが抜けていく。


「……がしかし、しかしなんだ」


拓也は、彩希と自分の間にあるソファーの空間を、右手で叩く。

その音に彩希が横を向くと、視線がぶつかった。

彩希は何を言われるのかと、さらに少し右にずれる。


「食料品というのは、特殊だということに気がついた。
仕事については絶対に自信を持ってきたけれど、
味覚という感覚だけは、全く自信がない」


拓也はそういうと、腕を組む。

『自信』という言葉が2回出てきて、あるとないという両極端な言葉が続いた気がしたが、

彩希は、両手を組んだ拓也の表情に、やはり『自信はあるのだろう』と結論づける。


「結局、何を言いたいのか、よくわかりませんが」

「俺の『片腕』いや、『舌』になってもらいたい」

「は?」


彩希は何を言っているのかと、拓也に言った。


「何って、仕事の依頼だ」

「依頼? 意味がわかりません。広瀬さんが仕事に自信を持っているのなら、
ない部分は、他のメンバーに頼めばいいのではないですか。どうして私が」

「君以上に、味を理解できる人材が、うちにいない」

「私は、販売企画の人間ではありません」

「だからこうして頼んでいる」


拓也は、『KISE』をレベルの高い百貨店として成長させるには、

これくらいの改革をしないと、生き残っていけないとそう言いきった。

彩希は『出来ません』と言った後、立ち上がり、その場を去ろうとする。


「それなら聞く。あなたはどうしてあの場所で仕事をしているんだ」


彩希はその一言に足を止めた。

今の発言に心をつかまれたというより、本当に意味がわからなかった。


「どういう意味ですか」

「仕事なら色々とあるだろう。
でも、君は、決して条件のいいと言いきれないこの仕事を続けている。
売り場の商品に興味を持ち、理解し、美味しいと判断したものを客に薦めている。
それは、仕事にやりがいを持っているということだろう」


拓也もソファーから立ち上がり、彩希の前に立つ。


「君を初めて売り場で見たとき、客に尋ねたセリフが印象的だった。
『抹茶味』を探している客に、その『食感』をどう望むのかなど聞いた店員を、
俺は今までみたことがない。もしかしたらうちのレベルが低いだけなのかと思い、
『伊丹屋』の催事にも行ってみた。でも、商品知識を持ち、
客に的確なアドバイスが出来る店員が、それほどいるとは思えなかった」


彩希は、自分のしていたことが、それほど特別だとは思っていなかった。

いつも、あちこちの売り場から呼び止められていることを思い出し、

何気なく、仕事に知識を利用していた。

お客様の要望に答え、満足だという表情を浮かべてもらえると、

それが疲れも全て吹き飛ばしてくれた。


「羊羹の時もそうだ。美味しいとは思ったけれど、売り場に並べることに対して、
君は納得しなかった。それは、客に薦めたいと思えなかったから……そうだろう」


彩希は、販売企画部のメンバーに嫌な顔をされた日のことを思い出す。


「君の『舌』の感覚は、人より優れている。それは間違いない。
販売企画部の仕事ならば、それをいかすことが出来る。
江畑さん、『KISE』の食料品売り場が、今よりもっとよくなって欲しいと
願っているのなら、力を活用すべきだと思うけれど」


彩希が、『KISE』の食料品売り場の店員募集を知り、店に入ったのは、

今から4年前のことになる。

彩希は、短大を卒業してから、小さな金属部品を扱う会社に事務員として入ったが、

その店は経営悪化から2年で統合され、彩希にとっては、

通勤しづらい場所となったため退職してしまった。

すでに『福々』は店を閉め、父、晶は知り合いから紹介された企業で働き始めていたが、

彩希は口には出さなかったものの、強く残っていた思い出を頼るような形で、

この食品売り場で働ける派遣の仕事を選んだ。



彩希の懐かしい思い出。

それは昔、まだ、彩希が中学生になったばかりの頃、

『木瀬百貨店』ではイベントが行われていて、

普段取引をしていない店舗が数店選ばれ、臨時のブースを出すことが許された。

1週間ごとの交代だったが、そこに祖父と父が手がけた『福々』の豆大福や、

どら焼きが並び、お客様の笑顔をたくさん見ることが出来た。

彩希は、綺麗なお菓子が並ぶ中、お客様が見つけてくれた『福々』のブースと、

祖父や父の仕事に誇りを持ち、『選ばれた』という思いに満足感を得ることが出来た。


「江畑さん、あなたがどんなに才能を持っていても、結局、商品を仕入れて、
並べていく権利を持つのは俺たちだ。現場の意見を聞き、
アンケートなどで距離を近づけても、垣根を飛び越えることは出来ない。
だからこそ、今回、君にこうして頼んでいる」


拓也は、自分なら彩希の思いを表現できると、そう言いながら前に立つ。


「俺なら……出来る」


彩希は目の前に立つ、拓也の顔を見る。

拓也の表情は、彩希の視線にも、全く動じていないように思えた。

確かに、いくら『チルル』を復活させて欲しいと意見を出しても、

派遣として売り場に立つ彩希には、それを『願う』ことしか出来ない。

結局は、本部社員たちがどうするのかで、全てが決まってしまう。


「それなら……」


彩希は、突然『チルル』が入らなくなったと嘆いた仕入れの男性、

残念がった客たちの顔を思い出す。


「私が、広瀬さんの言うとおり、この舌を貸すことにしたら、
どんな企画でも成り立つということですか」

「それが必要だと判断すれば、形に変えていける」


拓也は、行動力なら誰にも負けないと、そう言いきった。





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