14F 対等な勝負と握手 ①

14 対等な勝負と握手

14F-①


「あの……」

「はい」

「それでは、あらためて取りに来させていただくので、
『夢最中』の予約を、させていただいてもよろしいですか」

「はい、ぜひ。来年の5月で、終わりにする予定ですし」


喜助はそういうと、電話の近くにある、大学ノートを持ってくる。


「5月で終わりというのは、もう作らないということですか」

「はい。私も年を取りましたし。予約分だと言っても、約束は約束です。
体調でも崩して出来なくなると困りますしね」


喜助は鉛筆を持つと、ページを開く。


「『木瀬百貨店』さんは、いつがよろしいですか」

「最短で結構です。それと、私個人で注文させていただきたいので、
会社名ではなく、広瀬でお願いします」

「広瀬さん……はい。かしこまりました。それでは3日後ですね」

「はい」


拓也は、ノートを片付けようとする喜助に、

どうして、こんな形で続けてきたのかと、尋ねてみる。


「どうして……とは」

「あ、すみません、『夢最中』を食べたという知り合いから、
とても美味しかったと聞きまして、予約だけを作るのではなく、
この場所で店を出しても、十分やっていけたのではないかと」

「いや、いや」


喜助は、それは無理ですと、手を振り謙遜する。


「無理ですか」

「はい。私自身、お菓子が……特に和菓子が大好きでね。
まぁ、毎日のようにいくつかの店の和菓子を、買って食べていたんですよ。
そうだな、どら焼き、大福、きんつば、それに団子……」


喜助は、大好きな店の和菓子を買って、お茶を飲んでいる時間が、

忙しい自分の生活に、潤いを与えてくれたと、そう笑顔を見せる。


「潤い……」

「はい。それは商売という枠に入れないからこそ、味わえる思いのような気がして。
味を考え、自分で形を決めて。そう、最初は、『夢最中』も、
本当に親しい人だけにお分けしていたものだったんです。
それがこんなふうに広がってしまって……」


喜助は、今の状態も、十分広がっているとそう話す。


「この『夢最中』は、私の幼い頃の夢が詰められているのです」


喜助は、『夢最中』が昔、小さな新聞記事になったときのものを出してくれた。

白黒の誌面は、もうすっかりセピア色になっているが、

そこには確かに彩希が写真を送ってくれた『夢最中』が載っている。


「この形、実はグローブを意識して作ったのです」


拓也は、この形がネコの手ではなく、グローブだというのは、

子供時代やりたくても出来なかった野球への思いがあるという話を、

梨花から聞いていた。


「幼い頃、野球がしたかったけれど、出来なかったという……」

「あぁ、はいはい。そうです。私たちの子供時代の憧れは、野球や甘いものですからね。
私にとって、この『夢最中』こそ、夢だったのですよ」


喜助は、そのエピソードをどこでお聞きになりましたかと、拓也に尋ねる。


「私に、このお店のことを教えてくれた女性が、人から聞いたと……」

「そうですか」


喜助は、嬉しそうに頷きながら、セピア色の記事を見る。


「形も決めて、皮も決めて。でも、なかなか餡に納得できなくてね」

「はい」

「そんなこの素人の試みに、気持ちよく腕を貸してくれた先生がいました。
私の大好きな和菓子職人のいる店で、そうそう、その人のどら焼きを、
いくつ食べたことか」

「先生……」

「はい」


拓也は、この喜助が味を認めていた店が、どこにあるのか知ってみたくなる。


「その店は、どこですか」

「あぁ……実は、その店はもう無くなってしまいました。
『キセテツ』でも北住の方にあった、『福々』ってところだったのですが」



『福々』



「『福々』……ですか」

「あ……『木瀬百貨店』さん、さすがにご存知ですか。『福々』」

「あ、いえ、あの……」


拓也は、喜助が嬉しそうな態度を取るので、

何を返したらいいのかが、わからなくなる。


「丁寧な仕事をする職人でしたね、新之助さんは……」


喜助の言葉を聞きながら、拓也は数年前の出来事を思い返してしまう。





その出来事が起きたのは、今から8年前だった。

大学を卒業し、就職を決めた拓也にとって、

『三成不動産』で迎える2度目の春のことだった。

古い商店街を取り壊し、駅からその奥へと続く、『ニュータウン計画』。

その建設を一手に引き受けたのが『三成不動産』だった。

大学時代も、将来に特に夢や希望を特に持つことのなかった拓也にとって、

就職先を選ぶ基準は、『給料のよさ』それだけだった。

『三成不動産』は、その条件にピタリと当てはまり、

初任給も友達に比べて、明らかに多かった。

しかし、会社の規模が大きければ大きいほど、もちろん2年目では、

まだ複雑な交渉ごとなどには参加できず、先輩たちのフォローに回る日々になる。

『ニュータウン計画』に組み込まれる商店街、

そのまわりの土地を全て持つ『阿部耕吉』を説得し、

この一大プロジェクトに参加させるという印を押させたことから、

拓也の悲劇が始まった。

商店街には、近所に愛されていた店がたくさんあったが、

土地の持ち主は、全て阿部であり、あくまでも店主たちは『借主』であったことから、

『三成不動産』は、この土地が新しい事業に組み込まれることになったのだと、

各店舗に、説明会を開いた。

こういう機会だからとか、跡取りがいないのでなどの理由で、

立ち退きのお金をもらって商売を辞める人がいる中、

『福々』は、この場所に残って商売を続けたいと訴える店のひとつだった。

『三成不動産』側は、新しい大型マンションの下にあらたな店が

いくつか入ることが出来るので、そこに移ってもらえるという案を出し、

渋りを見せていた店主たちを、動かした。


拓也が先輩から見せてもらっていた完成図にも、確かにテナントが入る場所があり、

説明に問題はなく、また別の形で商売が続くと、そう思っていた。

毎日先輩から書類を受け取り、相手に届ける。

『とにかく任せてください』という言葉を語り、相手を安心させた。

大手に任せておけば、問題など起こらないという思いを浸透させ、

話を進めていたが、空気は突然方向を変え始める。



『話が違いますよね』

『どんな話が違う』

『いえ、テナントが入れると、そう説明しておくように、言われたので』

『あぁ、そうだ』

『それなら』



喜助に頭を下げ『ひふみや』を出た拓也は、

8年前の出来事を思い返しながら、駅に進んだ。

鹿野川の駅に近付くと、賃貸マンションの建設現場を見つける。



『入れる可能性はゼロではないが、みんな入れると思うのは、ずうずうしいだろ』

『いえ、しかし、抽選だとか、そんな話しは取り壊しの前にしていませんよ』



新しく出来るマンションの下には、確かに店舗が入るスペースがあったが、

実際には、入る業者は、すでに『三成不動産』が話をつけていて、

元々、商店街にあった店のスペースなど、10店舗ある中で、2つしかなかった。

それも、以前の賃料よりも、明らかに高くなっていて、

借りたくても簡単には手が出せない状態となる。



『申し訳ありません』



それからの拓也は、『大丈夫』だと言って回った店に向かい、

ただひたすら謝り続けるしかなかった。



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