14F 対等な勝負と握手 ②

14F-②


思えば、先輩方が表に出ずに、新人に近い自分たちを前に押し出していたのは、

こういったことが起きることを、あらかじめ予想していたからなのだということが、

その時にわかる。



『ウソをついたのですか』



店を閉じてしまって、どうしてくれるのだと、怒りの言葉をぶつけてきた女性もいたし、

何度玄関を叩いても、姿さえ見せずに土地を去ったものもいた。



『あんた……それだけ毎日頑張り続けたら疲れてしまうよ』



『福々』の店主は、ひたすら頭を下げる拓也に、ひとつの『どら焼き』を出してくれた。

店の場所が変わっても、作ることが出来さえすれば、職人でいられさえすれば、

それでいいのだと、そう笑ってくれた。

拓也は、自分が仕事に対して無責任であったことを反省したが、

現実があまりにも狂ってしまっていて、その罪の大きさに、

出されたどら焼きを受け取ることも出来なかった。

かといって、用意周到に仕組まれたものを、全てひっくり返すことなど出きないまま、

拓也は、『三成不動産』を退社した。


大手の会社だから、給料がいいからと就職し、プライベートの時間を優先したため、

自分の担当している仕事に対し、どこか人ごと気分で毎日を送っていた。

もっと、細かく調べて、先輩の指示を鵜呑みにすることなく動いていたら、

事態は違っていたのではないかと、そう考え、ただ、後悔の日々を送り続けた。



あの日、どら焼きをくれた『福々』が、数年後店をたたんだという話を、

風の噂で聞いたとき、拓也は、今度仕事をした場所では、絶対に妥協せず、

自分の意思で動いていこうと、そう決めていた。

たとえ相手が上司であっても、違うことは違うと意見をし、

同僚にうるさがられても、間違っていることは正す。

起きた出来事に、背を向けないようにする、それが拓也の信念になる。


「『福々』か……」


拓也は、当時、『どら焼き』をくれようとした新之助の笑顔を思い出すことは出来たが、

それが彩希の祖父であることまでは、まだ気付いていない。

ホームに入った電車に乗ると、少しセンチメンタルになりながら、

『キセテツ』に揺られ続けた。





トライアル5日目。

彩希は仕事を終えると、新之助に頼んでおいた『ひふみや』に向かい、

『夢最中』を取りに行くことにした。

喜助は、何年ぶりかと笑顔を見せてくれる。


「何年ぶりですかね、私がここに来るのは」

「そうだよな」


丁寧な仕事の末に出来上がった『夢最中』は、代金と引き換えに、

彩希の手に渡る。


「喜助さん。5月でお店をたたまれるのは、本当ですか?」


彩希は、まだまだファンも多いのにもったいないと、そう口にする。

喜助は、自分の舌に自信が持てる間に、やめておきたいと言うと、

予約のノートを持ち出した。


「噂がどこかで流れたのか、わからないけれど、
昨日は『伊丹屋』と『木瀬百貨店』と、両方の男性社員が来てね。
『夢最中』を予約してくれたよ」


喜助の言葉に、彩希はすぐ名前を確認した。

書かれた『栗原純』と『広瀬拓也』の名前は、どちらも彩希が知っている。

純の名前にもなぜなのかという驚きはあったが、

そこは『伊丹屋』の社員だからだと思うだけでとどまり、

彩希の視線は、やはり拓也の名前に向かう。


「喜助さん。この広瀬さんって人、何か言ってませんでした?」

「広瀬さん……あぁ、『木瀬百貨店』さんの人ね。いや、何も言ってなかったよ。
どうしてこんなふうに仕事を続けたのかとは聞かれたけれど」

「そうですか」


彩希は、拓也がこの店までたどり着いたことがわかり、正直驚いた。

ネットなどに出して、店の存在を自慢するような顧客は元々いないし、

予約は、相当な知り合いでない限り、店に来ることが条件のため、

ご近所でもこの普通の家の中に、和菓子を作る店があることを知らない人も多い。


「どこで知ったのかな……広瀬さん」

「何? 彩希ちゃん」

「いえ、すみません、『夢最中』。母が大好きなので、喜びます」


彩希は、この間も祖父母からわけてもらい、また食べたくなったと、そう話す。


「彩希ちゃん。晶から、まだ連絡ないの?」


晶というのは、彩希の父『江畑晶』になる。

彩希は、晶の名前を聞き、表情を変えた。

喜助は、余計なことかもしれないけれどと言いながら、注文のノートを下げる。


「『夢最中』の餡が完成したのはさ、彩希ちゃんのおじいちゃん、
新之助さんの力が大きいけれど、『福々』の豆大福やどら焼きがあったおかげで、
たどりついた気がするんだよ。晶の大胆な発想力も、私には新鮮でね」


喜助は、和菓子のこと、店のことで、よく新之助とぶつかっていたが、

二人の芯は同じ場所にあったはずだと、そう口にする。

彩希も、祖父と父の会話を、幼い頃からよく聞いていた。


「お店が終わってから、どこかに再就職したって、新之助さんからは聞いていたけれど」


彩希の父、晶は移転した店をたたんだあと、

職業安定所で紹介された繊維工場で、仕事をし始めた。

しかし、ある日母宛に『少し時間が欲しい』という書き置きを残し、

家に戻らなくなってしまう。


「晶がいなくなったことを、カツノさんは、
新之助さんの期待に職人として応えられなかったこと、
自分が店を守れず潰してしまったこと、
そういう思いにがんじがらめになったのではないかと言っていたよ」


喜助は、親の気持ちがあるからなと、ぽつりとつぶやく。


「晶もさ、もっと周りに色々と話せばよかったんだ。
新之助さんは、店がなくなったことを晶の責任だとは思っていない。
むしろ、罪をかぶせてしまった気がしているんじゃないかな……」


喜助は、二人ともいい意味でも、悪い意味でも頑固だからと笑う。


「お金……送ってきていたと聞いたけれど」

「はい。お母さんの通帳に、1年間で、何回か入っていたって。
その話は前に聞きました。でも、お母さんやおじいちゃんたちが望んでいるのは、
そういうことじゃないと……」


彩希は『どこで何をしているのか』と、精一杯笑顔を見せようとする。


「彩希ちゃん……」

「お母さんが、かわいそうで」

「そうか……そうだな」

「うん」


喜助が、色々と聞いてしまって申し訳ないと頭を下げたので、

彩希は、私は大丈夫と、明るく言ってみせる。


「彩希ちゃん」

「何?」

「また、いつでもおいで」

「うん……ありがとう」


彩希はそういうと『夢最中』の袋を持ち、喜助の家を出た。

彩希は、『ひふみや』のあるプレハブ小屋を出ると、駅に向かって歩き出す。

今日は早番だったので、サラリーマンが終わる時間より少し早いけれど、

外は、もうすっかり暗くなっていた。

喜助は、『チルル』のオーナー同様、『福々』を知っている数少ない職人だった。

喜助は、祖父新之助の味にほれ込み、通い続けていた結果、

自分も趣味で和菓子作りを始めたこともあり、

誰よりも『福々』がなくなることを、悲しんでくれた。

彩希の父、晶は、新之助同様、和菓子職人になったが、

ほそぼそと小さな店を切り盛りしようとした父親と違い、

新しい文化である『インターネット』や『宅配』なども活用し、

商売の幅を広げていきたいと、常々思っていた。

そのため、普段から経営に関しては新之助とぶつかることも多く、

祖母と母の佐保が間に入り、なんとかバランスを保ちながら、『福々』は成り立っていた。

そこに、土地の持ち主である大家から、立ち退きの話が出てしまい、

それならば、最初から店を移転しやり直そうと思った晶は、

保証金を増やしてもらえるような交渉を、新之助に細かく語らないまま、

大家にし始めた。


が、それはもちろん、元の場所で続けて生きたいという、

新之助の気持ちとは反した考えで、『福々』はまた、分裂しかける状況にまでになる。

当時、高校生だった彩希には、細かい内容は知らされていなかったが、

晶は、昔、1度だけフェアに参加させてもらった『木瀬百貨店』に彩希を連れて行き、

こういった場所に、自分の和菓子を出せる職人になりたいのだと、そう夢を語っていた。



『移転はしない』



結局、新之助の意見が通り、大家と『三成不動産』を信用し、

店を壊し、新しい場所が出来あがるのを待つつもりになっていたが、

その場所は、全店舗に割り振られることなどなく、

もうすでに出来上がっていた台本の中に、『福々』は巻き込まれ、

そして、移転せざるを得なくなってしまった。

元の場所に戻れなかったのは、自分の失敗だと思った新之助は、

新店舗を出すのなら、そこから店は晶に任せるという態度に出たが、

急な出来事に、繕ったような準備しか出来ず、

『福々』は2人の職人の絆を断ち切ったまま、店を終えてしまった。


『不完全燃焼』


新之助と晶。

どちらも気持ちにひっかかりを持ったまま、

『和菓子』から離れた新しい生活を、受け入れざるを得なくなる。

祖父母は、職人を諦め就職を決めた晶と、それを支える佐保に遠慮をし、

『自分たちが身をひく』という姿勢を見せるために、

二人で『あゆみの丘』へ入ってしまった。

しかし、その親の決断に、息子の立場を持つ晶は、

『福々』を中心に出来ていた家族の輪を、壊してしまったことに対する思いと辛さに、

ある日、佐保宛の書き置きを残し、江畑家を出て行ってしまう。



江畑家は、どちらの思いもバラバラなまま、

佐保と彩希の二人になってしまった。



14F-③




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