14F 対等な勝負と握手 ④

14F-④


「いらっしゃいませ」


その日も『KISE』には開店と同時にお客様が入ってきた。

クリスマスが明日ということもあり、洋菓子のブースは特に慌しかった。

いつもの売り場を、竹下たちに任せ、彩希はフォローに回る。

人気のある店には、途中でも商品の追加が入り、

彩希もケースに入れる作業を手伝った。


「ありがとう、助かったわ」

「いえ……」


慌しかった時間が過ぎ、少し余裕が出来始めたため、彩希は各店舗から空箱をあつめ、

それを奥へと運び出す。『リリアーナ』の前には、今日も数名の客が並び、

ベテラン店員は、巧みな話術で、売り上げを伸ばしている。

商品の入れ替えなどはそれなりにあったが、彩希が『KISE』に入った4年の間、

大きな改革など行われないまま、流れていくような日々が続いた。

そこに小さな波を立てた『チルル』は、結局、大手の店から疎まれてしまう。

しばらくは話題にあがっていたが、今は店員たちから忘れられているように思えてくる。



『彩希……こういった店には、本当に美味しいものを売って欲しいな』



父、晶が『木瀬百貨店』の天井を見ながら言ったセリフが、彩希の脳裏に蘇る。

あの、広瀬拓也という人なら、この状況を『変える』ことが出来るのだろうか。

彩希は、売り場全体を見渡しながら、軽く唇をかんだ。





「納得してくれましたか、彼女」

「さぁ……」


その日のランチタイム。拓也はテーブルに座り、食事をした後も、

彩希が来るのを待った。芳樹も食事を済ませたが、

どういう結末を迎えるのかが知りたくて、湯飲みを持ったまま、入り口を気にする。


「『夢最中』は、小豆の風味がしっかりと残る、つぶ餡だったな」

「あれ? 商品、手に入らなかったって」

「彼女にひとつもらってみた。確かに、大谷さんの言うとおり、
あれはネコの手ではなくて、グローブだ。そして、子供の頃に憧れた、
甘いものへの思いが、しっかりと詰まっていて……」

「はい」

「あれだけのものなのに、商売にならなくても、満足だって言うのは、
『憧れ』だからなのか」


拓也は、お菓子という分野が、衣食住という基本から少し外れているだけに難しいと、

あらためてそう思い始める。


「あ……来ましたよ、ほら」


芳樹の声に拓也が顔をあげると、彩希と恵那が揃って姿を見せた。

彩希は恵那に何かを頼むようにすると、列からはずれ、拓也の方に歩いてくる。


「あ、来ました、来ました、来ましたよ」

「うるさいな、お前」


彩希は拓也と芳樹の真ん中に立つ。


「広瀬さん」

「はい」

「『夢最中』の勝負は、確かに言われるとおりだと、そう思いました。
予約をしないと買えないことをわかっていたので、それを伝えるべきでした」


彩希はすみませんと頭を下げる。


「そんなことはいい。で、どうなの」

「ひとつお願いがあります」

「何」


芳樹は左斜めに立つ彩希が、拓也に何を言うのだろうと思いながらも、

ただ、聞いているのは悪いので、湯飲みを持ちお茶を飲む。


「売り場に立てる日を、作ってください」


彩希は、仕事を手伝うことはするが、

『KISE』の売り場に立てる時間も作って欲しいと、そうお願いした。


「お客様と関わる時間を、失いたくありません」


彩希の言葉に、拓也はわかったと頷き、立ち上がる。

そして、右手を前に出した。


「決断してくれて、ありがとう……」


彩希よりも20センチ以上高い拓也が出した手は、すぐに握れる場所にある。

彩希は、その手の前に、おそるおそる自分の右手を出した。

拓也は、すぐにその手を握る。


「あの……」

「絶対にいいものを作りましょう。『KISE』の地下食料品売り場、
菓子部門は、どこにも負けないと言われるように」


今まで、どこかぶつかってばかりいた拓也の、自分に対する前向きな言葉に、

彩希はただ、頷くだけになる。


「頑張ってくださいね」


芳樹も、拓也の嬉しそうな顔を見て立ち上がり、彩希を見る。

彩希は芳樹の言葉にも軽くうなずくと、食事をするのでとその場を離れていった。





彩希が恵那と食事を終え、売り場に戻ろうとすると、

声をかけてきたのはチーフだった。

周りを気にしながら近寄ってくるので、何かよくないことでも起きたのかと、

彩希は恵那と顔を見合わせる。


「どうしましたか」

「江畑さん。いやぁ……驚きましたよ」

「驚いた」

「そうですよ。江畑さん、食料品第3ラインに特別参加だってね」

「あ……エ? あれ?」


彩希は、ほんの30分くらい前の出来事なのに、もう話が回っているのかと、

慌ててしまう。


「10分くらい前に、広瀬さんがここへ来てくれて。この忙しいときに申し訳ないと、
頭を下げてくれたんですよ」

「広瀬さんが……」


やはり拓也からの情報だったかとわかり、彩希はそうですかと返事をする。


「彼女、つまり江畑さんが売り場から抜けたら、大変なのはわかっているけれどって……
いやぁ、僕には関係のない話なのにね。こうして現場の人間を評価して、
一緒に仕事をなんていう人は、なかなかいないからさ、ちょっと鼻高々だったよ」


チーフは、現場で培った知識を生かして、頑張ってくれと声をかけ、

楽しそうに売り場へ出て行く。彩希は、ありがとうございますと頭を下げた。


「嬉しそうだったね、チーフ」

「うん……でも、もう話が回っているとは思わなかった」


彩希の言葉に、恵那は楽しそうに笑い出す。


「どうして笑うの?」

「いや……あたふたしているバタちゃんが、おもしろいなと思って」

「あ、もう、恵那。人ごとだと思って」


彩希は、職場があっちに行った日も、一緒にお昼を食べようねと念を押す。


「はいはい、大丈夫だって」

「……もう、どこか人ごとだ」

「だって、人ごとだもの」


恵那は不満顔の彩希に向かって舌を出し、午後の仕事も頑張ろうと声をかける。

彩希は、これから自分がどうなっていくのか不安になり、

大丈夫だろうかと、ざわつく胸を落ち着かせるために、大きく息を吐いた。






「あら、手伝うことにしたの?」

「うん、結局そうなった。広瀬さんに言いくるめられたというか」

「言いくるめられたって」


その日の夜、彩希は家に戻り佐保に勝負の結果を語った。

佐保は、よく拓也が『ひふみや』を探せたわねと、そう話しだす。


「うん、それは私も思った。簡単なようで難しいと思っていたから。
どういう情報からたどり着いたのかな」

「それは大手『木瀬百貨店』の営業企画の人でしょ。仕事には自信があるって、
そう言っていたっていうし」

「うん」


彩希は、拓也の2つの顔を、その瞬間思い返した。

ひとつは、ハッキリとものを言い、強い意志を現す姿で、

もうひとつは、今日の昼、一緒に頑張ろうと言ってくれたときの、優しい顔になる。


「彩希……」

「何?」

「きめた以上、しっかりと仕事をしなさいね」

「わかっています」


彩希はお茶を飲み干すと、それを流しに持っていく。

先にお風呂に入るからねと声をかけ、2階の部屋へ向かった。





【 ご当地スイーツ紹介 】

各話のタイトルに使用している写真は、各都道府県の有名なお菓子です。
みなさん、味わってみたこと、ありますか?

【14】群馬   焼きまんじゅう  (素饅頭をこんがり焼き、甘辛い味噌ダレを塗りつけたもの)



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コメント

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電車がかわいくて

拍手コメントさん、こんばんは
うわぁ……ごめんなさい、コメントに気付くのが、とても遅くて。

>今回のお話、デパ地下!いいですね~
 ついついウロウロして余計なものまで
 買ってしまいます

わかります、私もウロウロ大好きなんです。
見ているだけでも楽しいし、売っているものも、
特別感、あったりして。


>このお話のトップにある三台の電車・・・
 私鉄の「京阪」「近鉄」「阪急」の特急ですね

お! そうなんですか
私、知らなかったのですが、かわいらしいと思って、使わせていただきました。


>彩希と拓也がどう改革していくのか
 二人の関係はどうなっていくのか
 そして彩希の父はどう関わってくるのか
 などなど、今後が楽しみです

ありがとうございます。
接点を見いだした二人が、どうやって形を変えていくのか
ぜひぜひ、最後まで追い掛けてくださいね。