15F 嫉妬から生まれたこと ①

15 嫉妬から生まれたこと

15F-①


拓也が根回しを素早くしたのは、彩希に後戻りの選択をさせないためだった。

次の日、部長の益子に声をかけ、以前から話をしていた『増員』について提案する。


「江畑……」

「はい。以前、長岡が持ち込んだキューブ型の羊羹、覚えてますか」

「あぁ、あれか……あぁ、あの」


益子も、彩希のことを思い出したのか、右手を『久山坂店』の方に向ける。


「はい。彼女のお菓子に関する知識と、味に関する舌の鋭さは、
これから売り場を改革していくために、欠かせないものだと思っています。
他のメンバーがどれくらいわかるか疑問ですが、少なくとも私は、
自信がありませんので、応援を頼みました」

「自信がない」

「はい。ラインに入って、仕事をしていけばいくほど、味に関して自信が持てません」


拓也は、出来ない自分が無理に意地を通すよりも、

出来る人間を活用するほうが、ためになるはずだと、益子に話す。


「で、本人には」

「なんとかOKをさせました」

「ほぉ」

「ぜひ、許可をお願いします」


拓也の提出した書類を見た益子は、おもしろくなりそうだねと声をかけた。





ランチタイム以外に、この地下通路を通るのは、何度目だろう。

彩希はそう考えながら、2階の食料品ラインへ向かった。

実際に、彩希が机をおき、拓也たちと仕事をするのは年明けからと決まったが、

年内は休みのない『KISE』と違い、本部側の仕事納めは今日だったため、

とりあえず挨拶だけでもと言われ、わかりましたと返事をした。

電車の音がする場所を抜け、彩希がエレベーターを待っているとき、

一足先に、拓也から、他のメンバーには彩希の話が語られた。


「売り場の女性ですか」

「あぁ……名前は……」

「広瀬さん、本気ですか」


武は、今までにそんな例はないという言葉が、自然と前に出たが、

目の前にいる拓也の視線が気になり、すぐに口を閉じる。


「本気に決まっているだろう。仕事だぞ。
だから、部長にも話しをしたし、OKをもらった」


武とまつばは顔を見合わせ、寛太はそうなのかとただうなずく。

拓也の隣に座るエリカは、驚きこそなかったが、どういう仕事をさせるのかと、

拓也に質問する。


「とりあえず、みんなが何をしているのか、彼女にも知ってもらうべきだろう」

「販売員が、同じ仕事をするということですか」

「あぁ……」


まつばがそれはどういうことなのか、拓也に聞きだそうとしたとき、

販売企画部の扉がノックされ、彩希が姿を見せた。

拓也は右手でこっちに来るようにと、合図をする。

彩希は、他のラインの社員たちに、好奇の目を向けられながらも、

まっすぐに拓也のところへ向かう。


「彼女が、今話をした江畑彩希さんだ。
所属は『KISE』の売り場であることには変わりないが、
これからは、この第3ラインの仕事も、手伝ってもらうことになった。
今までの形を壊し、さらにうちの会社が、そして売り場が進歩していくために、
必要な力を持っている人だと、俺は思っている。
もちろん、中心になるのは今までと変わらないメンバーなので、
そこは勘違いのないように」


拓也は自己紹介をしてほしいと、彩希に話す。

彩希は、軽く頭を下げると、視線を前に向けた。

少し驚いたような顔をする武に、自分をじっと見る寛太。

そして、見た目、年齢が一番近そうなまつばは、彩希から明らかに目をそらした。


「江畑彩希と言います。『KISE』の売り場が好きで、仕事をしてきましたが、
今回、広瀬さんから仕事を手伝って欲しいと言われ、はじめはお断りしたのですが、
あの……」


彩希は、一瞬、言っていいのかどうか迷ったが、

参加しようと決めた一番の理由だと思い、胸を張る。


「お客様のために、ここにしかないものを、提供したいという思いに賛同して、
参加させていただくことに決めました。出来ないことだらけですが、どうぞ、
よろしくお願いします」


彩希が頭を下げると、寛太とエリカがすぐに拍手をしてくれた。

武もその様子に気付き、遅れて拍手をする。

まつばは一番最後に、少しだけ手を合わせ、叩いているような仕草をする。


「今日は挨拶だけに来てもらった。年末年始は売り場が忙しいので、
すぐに戻ってもらうけれど、何か質問はある?」


拓也の言葉に、誰も手をあげるものがいなかったため、彩希の挨拶はそこで終了した。

彩希は、拓也と一緒に販売企画部を出る。

扉が閉まると同時に、中のメンバーたちはそれぞれの仕事に向かい動き出した。


「忙しいところを悪かった。こっちのメンバーに会ってもらうのは、今日しかなくて」

「いえ……」


彩希は、一度も目を合わせてくれなかったまつばのことが気になった。

前回、羊羹の味を見たとき、

あまりいいイメージを持ってもらえなかったのかもしれないと、考える。


「広瀬さん」

「何?」

「決めた以上、自分なりに出来ることはするつもりですが……」

「うん」

「本当にこれでよかったのか、まだ」

「悩むより実行。俺はそう思っているので」


拓也はそういうと、年明けには作業机も用意しておくからとそう声をかける。

彩希は、まつばのことを具体的に言い出せないまま、わかりましたと返事をした。





「納得できません!」


その日の仕事終わり、まつばと武、寛太の3人は会社近くの居酒屋に集まった。

まつばは、店に入るとすぐにジョッキのビールを頼み、

乾杯の合図を待たずに飲み、そして酔い始める。


「何が売り場の女性ですか。広瀬さん、どういう考えなのか、全く理解できません」

「長岡さん。ちょっとピッチ速くないですか」


同期の寛太は、大丈夫だろうかと、まつばを心配する。


「クリスマスイベントだの、バレンタインだの、
定例ものに何も意見をしないなと思ったら、こんなことを進めていたんだな、広瀬さん」


武は、新しいことを取り入れようとするのはわかるけれどと、つまみを口に入れる。


「何が彼女の味覚ですか。この第3ラインの仕事って、それだけじゃないでしょう。
企画もあるし、店の選択もしなければならないんですよ。それを、あんな……」


まつばはそこで、言葉を止める。


「学歴が全てだとか、そういうことを言いたいわけじゃないんです。でも、私、
大学時代からこういった業界に入りたくて勉強してきました。やっと念願かなって、
仕事をするようになったのに、どうして契約社員ごときと一緒に、
仕事をしなければならないのか……」

「ごときって……」


寛太は、そこがこだわっている証拠ではないかと思いながら、空のグラスを横に置く。


「だって、悔しいじゃないですか。広瀬さん、私たちを結局、信用していないんですよ。
あの人に負けると思っているんです」


まつばの叫びに、寛太は『そうだろうか』と声を出す。

いつもならあまり意見を言わない寛太の声に、武もすぐに視線を向けた。


「そうですかね……僕は……」

「荒木君は、ボーッとしているから、わからないの!」


まつばの強い言葉に、寛太は意見を言うことなく胸の奥に押し込んでしまう。


「私は絶対に、あんな人の参加、認めません!」


まつばはそういうと、動いている店員に声をかけ、ジョッキのおかわりをした。



15F-②




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